キーワード:全身麻酔、外科的侵襲、未承認治療法、臨床研究、GCP、研究倫理、IC/IA informed consent/assent、有害事象・副作用
筋弛緩剤中毒と誤診された5例中、脳性麻痺の4歳男児例は、てんかん発作でした。そのてんかん発作は、全身麻酔下での外科的侵襲を伴う未承認治療法の有害事象です。この男児は、Functional electrical stimulation (FES)と呼ばれる未承認治療法の被験者として、2000年11月13日に全身麻酔下で右上下肢に合計15本の電極を埋め込む手術を受け、術後に、てんかん発作を起こしました
当時の担当医自身が、診断は「てんかんと痰詰まり」と診療録に記載しています。私が診療録を検討した結果では、痰詰まりの有無に関しては不明ですが、てんかんの診断は確実です。さらに男児には、もともと脳性麻痺・右片麻痺があり、MRIでも左大脳半球中大脳動脈領域に古い脳梗塞があることが判明しており、同年7月にもてんかん発作の既往がありました。さらに全身麻酔がてんかん誘発のリスクとなることはよく知られているところです。(*)
FESは、麻痺した手足の皮下に埋め込んだ複数の電極に電気刺激を加えることによって、その手足を動かそうとする治療法で、FDAではその一部が承認されていますが、日本では治験さえ行われていません。
FESを用いた臨床研究は、当時の科学技術庁(→のちにJST)と宮城県が共同で出資した「地域結集型研究事業」(下記参考資料)でした。この事業には、1998年から2003年までの6年間に、JSTから16億円、宮城県から17億円、合計33億円が投入されていました。
JSTの報告書と4歳男児例の診療録から、FES臨床研究には次のような問題があったことがわかります。
1.そもそも対照群を設定した研究プロトコールが存在しなかった。
2.その結果有効性・安全性を科学的に検証できなかった。
3.脳性麻痺の4歳男児例が何のチェック機構もなく組み入れられてしまった事例に見られるように、組み入れ基準、除外基準も設定されていなかった。
4.倫理審査委員会がプロトコール審査を行っていた記録がない。
5.同意能力のない4歳の小児を組み入れていた。
6.同意書(この場合には保護者が同意したのでinformed assent)そのものは文書だが、全身麻酔・外科的侵襲を加える治療法だったにもかかわらず被験者に対する説明は全て口頭だった。(同意書に「口頭で説明」と明記)
7.安全性のモニタリングを行う組織や手順が不明
8.脳性麻痺の4歳男児例のような、重大な安全性の問題を起こっても、モニタリング組織への報告も、因果関係の考察も、再発防止策も何ら行われなかった。
なお、4歳男児例の診療録は、この臨床研究が混合診療として行われていたことを示しています。この事実を保険審査当局にどう説明していたのかまでは明らかではありません。
*Benish SM, Cascino GD, Warner ME, Worrell
GA, Wass CT. Effect of general anesthesia in patients with epilepsy: a
population-based study. Epilepsy Behav. 2010 Jan;17(1):87-9.
全身麻酔がてんかんを誘発する原因は様々です。1.全身麻酔薬そのものが脳に刺激的に働いててんかんを誘発する。2.全身麻酔薬と抗てんかん薬との相互作用で、抗てんかん薬の有効性が低下する。3.全市麻酔薬そのものにはたとえてんかんを抑制する可能性(たとえば笑気ガス)があったとしても、その全身麻酔薬の投与終了後に反動現象(リバウンド)として、てんかんが起こる 等です。
参考資料
平成10年度事業開始 宮城県 「生体機能再建・生活支援技術 機能的電気刺激システムを中核とする最先端リハ・福祉システムの構築と新産業の創出(その1)」
平成10年度事業開始 宮城県 「生体機能再建・生活支援技術 機能的電気刺激システムを中核とする最先端リハ・福祉システムの構築と新産業の創出(その2)」