配偶者の急病

以下はEdinburgh在住の企業駐在員Sさんの手記である.ふだん健康な奥さんの急病で,子供の世話,危機的状態における言葉の障害の増幅といった難問に戸惑う様子が率直に描かれている.この体験談への私のコメントは下記

目次
6月2日:夜の急病と救急外来受診
6月3日:入院とその後
池田コメント

6月2日(火)18時頃に家内より会社に電話があり至急帰って来てくれとのこ.18時40分に帰宅すると家内がベッドの上で苦しんでいました。 19時頃 我が家のGP(注General Practitioner.かかりつけ医.必ず各家庭であらかじめ決まっている)に電話をしましたが既に診療時間を過ぎていた為電話はそのまま緊急センターらしきところに転送されました。注1) 家内が倒れてしまい、かなりひどい腹痛を訴えていると説明したところ 以下の質問がありました。

1.患者の名前
2.患者の年齢
3.住所
4.電話番号
5.GP(オフィス)の名前
6.ホームドクターの名前

私はGPの名前は覚えていましたが,ホームドクターの名前を覚えていなくて答えられませんでした。 しかし、センターのコンピュータに我が家のデータが登録されているらしく 相手からホームドクターの名前を教えてもらいました。 その後、電話を切らずに待っていると、今度は家の近所(車で2分)にある Western General Hospital注2)に電話が転送され、至急来院するよう 指示がありました。

本当はすぐにでも病院に行きたかったのですが 我が家には2歳と3歳の騒がしい子供がいます。 この二人を連れて病院に行くにはあまりにも無理がありましたので 息子が幼稚園で一緒の日本人宅にすぐ電話をし、事情を説明してから 家内と子供を車にのせて、友人宅へ預けに行きました。 結局Western General Hospitalに着いたのは20時00分ごろになって しまいました。

無事ついたのは良かったのですが、あまりにも大きい病院のため 入り口が分からず、緊急患者用の入り口ではないところに入ってしまい 建物の中で途方にくれてしまいました。苦しむ家内を椅子に座らせて困っていると、他の患者さんが あまりにも苦しむ家内に見かねて、警備の方を呼んできてくれました。 警備の方も家内の様子を見て、すぐに車椅子を持って来てくれて 迷路のようなビルの中を家内の乗っている車椅子を押しながら 救急患者用の施設まで連れていってくれました。 この時はあせっていたのと動揺していたので警備の方に簡単なお礼しか言えませんでしたが、この警備の方と警備の方を呼んでくれた 患者さんには本当に感謝するのと同時にスコットランド人がとても好きになってしましました。

緊急患者用の受け付けでは、女医さんが私たちの到着を 待っていてくれたようで、到着後すぐに診察を開始してくれました。 診察が開始されるまでのわずかの時間に会社で翻訳をやってくれている女性の自宅(エディンバラ)に電話をして 事情を説明したところ10分で病院まで来てくれると言ってくれました。 彼女のご主人はスコットランド人の医者で、彼は現在日本に住んでいます。 通訳の女性が到着するまで、私のたどたどしい英語と電子英和和英辞書を 駆使して、女医さんと会話をしておりました。

その際聞かれたことは(覚えているだけ。順不同) (注3

1.どこが痛いのか
2.どのように痛いのか
3.下痢はしているか(血は混ざっていたか)
4.下痢は一日何回か
5.熱はあるのか
6.寒気、頭痛はあるのか
7.以前に同じ症状になったことがあるのか
8.家内のこれまでの病歴
9.家内の両親の病歴
10.薬に対するアレルギーはあるか
11.妊娠している可能性があるかどうか
12.避妊法はどうしているか
13.生理は何日間隔か
14.生理は問題ないか
15.一番最近の生理はいつか

こちらの病院のベッドには日本のような毛布がなく 簡単なタオルケット程度のものだったため家内はかなり寒さを訴えていました。(池田注:スコットランドでは6月初旬でも朝晩の冷え込みが厳しい) 診断の結果ウィルスによる腹痛だろうということで 鎮痛剤をくれました。

ここで通訳の女性が ぶ厚い医学辞書を持参して到着し、 また同じような質問を今度は通訳を通して行われました。 あまりにも家内が痛がるので、もらった鎮痛剤をその場で飲ませました。 しかし、なかなか痛みが和らぎませんので、通訳の女性が もっと精密検査をして欲しいと女医さんに言ってくれました。 同時に家内が背中も痛がっていることを告げると、女医さんは 背中も痛いとなると別の病気かもしれない

と言ってました。そこで、女医さんがRoyal Infirmary Hospitalへ紹介状を書いてくれ それを持ってRoyal Infirmary Hospitalへ行きました。 この際、救急車を呼ぶか自分の車で運ぶか聞かれましたが Royal Infirmary Hospitalの場所を知ってましたので 自分の車で運びました。また、Royal Infirmary Hospitalが大変混雑しているようなので しばらく待たされるかもしれないとも言われました。

途中、自宅に寄り厚手の毛布とホカロン、5月8日にロンドン日本人医療センター で受けた診断結果を持ってRoyal Infirmary Hospitalへ向かいました。 予想通り病院はかなり混雑していて入り口周辺には救急車が何台も 駐車してました。

とりあえず家内を救急治療室へ入れ、待合い室で待っていました。 2時間後、看護婦さんが待合い室にやってきて家内のところに来るように言われ ましたので、全ての検査が終わって診断結果を言われるものとばかり思っていまし た。

しかし、尿検査と採血しか終わっておらず、医者もまだ来ていませんでした。 この2時間はいったい何だったのでしょうか? 30分後やっと医者(注4)が来て、最初の病院で聞かれた内容と同じ質問を受け また、採血を4本分やりました。

最初の病院で飲んだ鎮痛剤が切れてきたのか、家内がまた苦しみ始めたので この医者が鎮痛剤を注射すると言ってきました。 かなり強いので少し気分が悪くなるかもしれないと忠告を受けたとうり 注射を打ったと同時に家内がフラッとしてしましました。 確かに痛みは無くなったようですが、家内がフラフラすると訴えていました。 後で聞くとモルヒネを打ったようです。

その他に色々と検査をしなくてはならないので、一般病棟に入院させると言われ 一般病棟に移されるのを待っていましたが、1時間たっても何も音沙汰がないので いつになったら一般病棟に移して貰えるのか聞くとすぐ移すとのこと。 更に30分待っていたら、今度は別の女医さんが来て、また診察を始めました。 最初の医者は当直の専門外の医者で、今度の女医さんは内科か外科か婦人科の専門の医者だったようです。 一通り診察すると直ぐに一般病棟に移すと言われました。 待つこと1時間 男性が来てベッドを移動してくれましが 移動先は何故かレントゲン室?

この時点ですでに午前3時。レントゲンを撮り終わった時点で、通訳の女性と私は帰宅しました。 途中友人宅にあずけていた子供達を引き取りにいきましたが、 当然眠っていると思っていた子供達は私が来るのをずっと待っていたようです。 かわいそうなことをしてしまいました。 

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6月3日(水)
8時30分に検査が始まるということなので通訳の女性のみ病院に行ってもらい、私は家で子供達の 面倒を見ていました。午後になって子供達を友人宅に預け、病院に行ってみると 今回の腹痛の原因が見つからないとのこと。 何人もの医者が家内の寝ているベッドの側に来て 話し合っていたそうですが結局原因は不明だったそうです。 医者達は背中が痛いということで、膵臓と胆嚢を疑い、特に痛みが激しかったので 胆石を疑ったようですが、超音波検査では何も見つかりませんでした。 結局、この日も退院できませんでした。

この日は4回注射を打たれたようです。2回は痛み止め2回は長いことベッドに寝ていると血が薄くなるのでそれを防ぐための注射? だったそうです。 

6月4日(木)
原因が分からないまま、鎮痛剤とGPへの手紙をもらって 12時に退院。
家内の感想。初日に何時間も待たされたのには困ったがその後の対応は日本より良かった。
これだけ検査や注射をしてもらって無料とはすごい(注5)。
税金が高いのもうなずける。
食事も美味しいし、おやつの時間もあって良かった。 驚いたのは、夕食後のお茶の時間にスコッチの用意もあったこと。夜、眠れない人用なのかもしれないが、病院でスコッチとは・・・さすがスコットランド!

今回、突然入院してしまい色々な人に助けてもらって申し訳なかったが 同時に私は一人ではないんだということが実感できた。 通訳の女性、子供を夜中まで預かってくれた友人宅 子供達の為に夕食を作って来てくれた社長夫人、 そして、Scotland-MLの皆さんに心からお礼を言いたい。

また、入院をしてしまったが海外で入院するなんて体験は とても貴重なことなんだから良かったかも。(オイオイ・・) 海外での入院が克服できれば、もう恐い物は無い。

今回の家内の入院での教訓。

1.ホームドクターの名前は覚えておくこと。
2.緊急連絡網を用意しておき、いつでも持ち歩けるようにしておくこと。
3.小銭をたくさん用意しておくこと。(病院内では携帯電話が使用できないので公衆電話以外使えない)
4.医学専門英和和英辞書を備えておくこと。
5.子供を預けられる友人を最低2家族もっていること。  (一件目が留守の場合も考える)
6.痛みは我慢せず大げさなくらい痛みを訴える。  (我慢してしまうと診察を後回しにされるおそれがある)
7.入院時は厚手の毛布を持参する。
8.緊急時は遠慮をせずに友人、知人の助けをかりる。  (お礼は後からいくらでもできる)
9.診察を長い時間待たされたら、遠慮せずに早く診てくれるよう  訴える。(何も言わないとどんどん後回しにされる)

(手記はここまで)

池田の注:

注1:交通事故で重傷を負ったような救急でないかぎり,急病の場合でも,まずGPに連絡してその指示を仰ぐのが英国でのシステム.→戻る

注2:エジンバラの基幹病院の一つ→戻る

注3:病歴聴取(問診)では,ある一定の万国共通なメニューがある.ここでの問診もそのルールに従っている.項目3,4は細菌性の下痢症,とくに日本でも有名な病原性大腸菌感染症を念頭に置いている.1996-97年にO157はスコットランドでも猛威をふるった.11-15の項目は子宮外妊娠に関する項目である.妊娠可能な年齢の女性の腹痛では,子宮外妊娠が最も恐ろしい病気で,医者はまずこれを除外してかかる.→戻る

注4:Royal Infirmary Hospitalで最初に診察した医者は研修医,レジデントクラスの医者で,最初に診察と検査を行い,上級医の判断を仰ぐ.→戻る

注5:英国ではNHS (National Health Service)という国民皆保険の仕組みに外国人も加入するので,このような救急の場合でも医療はただである.→戻る

池田総合コメント
この文章で見る限り,エジンバラでの救急体制や医者の対応の仕方は日本と大きな変わりはない.ただ,やはり三次救急の病院はどこも混雑していて,重症度や自覚症状の強さを素早く判断して効率的に患者の振り分けている(実はこれが一番むずかしいのだが)とは言えないようだ.特に日本人の場合,声を大きくしてうるさく言わないとどんどん後回しにされ重症化するという危険が常にある.外国にいるという気後れと,ふだんおとなしく列を作って待つという日常生活からいきなり態度をがらりと変えるむずかしさが,救急外来での自己主張をさらに困難にさせる.

Sさんの奥さんの場合には二次救急と思われるWestern General Hospitalで,問診と診察で生命に危険な状態ではないと判断し,経口薬のみで帰宅させようとしたが,症状が強く続くので,医者自身も不安になっていたところ,通訳の女性が紹介,転送を主張してくれたので,医者も渡りに船と三次救急へ紹介してくれた.医者に対しても患者に対してもアシスト1ポイントである.

言葉の障害は,日常生活とかけ離れた場面,専門用語の使用といった要素で増幅される.この問題に対しては,医学辞書,英語問診問答集などを救急袋のような形で用意しておいて,いざというとき持参できるようにしておくのも一案だろう.

三次救急であるRoyal Infirmary Hospitalの対応は,妊娠可能な女性の腹痛患者を2時間以上も放っておくという点で,非常にまずい.二次救急で子宮外妊娠その他の緊急を要する疾患を完全には除外できておらず,手遅れで外来で死亡することも十分あり得る.

入院以降の検査,退院の経過は日本の場合と特に変わらない.

Sさん自身の手記にある教訓は,救急外来経験者の手になるものとして非常に重要である.

スコットランドに着いてから:目次へ