ドクターG本番前

NHKの番組総合診療医ドクターGの収録前,「自分だけが診断が外れて,全国の視聴者の前で恥をかくんじゃないだろうか」と研修医は全員緊張している.その緊張がポジティブな方向に向かうように,素敵な番組になるように,私がかけるおまじないは次の通りである.

1.病名を当てようと思うな=病名を当てることのリスクに備えよ: 臨床は病名当てゲームではない.病名が当たったと思うと緊張感が切れる.そこに隙ができて、重症度や合併病態や見逃しリスクが高まる.裏を返せば,たとえ病名は当たらなくても,緊張感を持って患 者さんにとって最も重大な問題には対処することができて、その後に病名を突き止めることができる.

実際に私は厚労省に勤めている時に,霞ヶ関から出前した都内の病院で,外来ウォークインで呼吸 停止した20代女性のコンサルテーションを受け,ベッドサイドで重症筋無力症と診断したことがある.周囲は驚いていたが,私は神経内科医ならば誰でもで きることをしただけで,本当に偉いのは,外来ウォークインでの呼吸停止に迅速に対応して、退院,社会復帰まで持っていた,その病院のチーム である.

2.他人と病名が同じだからと安心するな. 1のリスクは個々のレベルで起きるが,これが3人一緒になると,思考停止が誘発され,3人共通の見逃しが生じる.2013年の放送では,全員初めから重症 筋無力症の病名は当たったが,その安心感で発熱をスルーしてしまったため,嚥下障害,誤嚥,肺炎,そして外来での突然の呼吸停止のリスクを見逃した.

3.違うことを恐れるな:上記の裏返し.たとえ診断名が同じでも,重症度,合併症,緊急度,治療法の選択,予後,鑑別すべき疾患,3人とも互いに違っている点はいくらでもある.そこに,3人共通の見逃しを避けるネタがある.

4.対話=相手の考えから学ぶことを忘れるな.収録中は他の研修と話し合うことはできない.しかし,ゲスト,司会,私とのやりとりで,お互いの頭の中がどんなふうになっているかはお互いにすぐわかる.

5.いつも通りにやるのが最善策: 「自分は神ではない」これは誰にも反論を許さない主張だ。自分は特別の時に特別のことができると妄想してしまうのは、自分が神であるという思い込みから発 生する。そこでこの傲慢な思い込みを潰せば、後は簡単だ。状況がいかに特別でも、自分は神ではないから、いつも通りにしかできない→(もう一歩踏み出し て)いつも通りにやればいい→(さらにもう一歩踏み出して)特別の時にいつも通りにできるって、すげえぜ。

以上ができれば,3人力を合わせて患者さんが抱えている重大な問題は何かを見逃すリスクを最小化できる.自分は一人ではない.3人で力を合わせて患者さんを救う.それがわかれば,緊張感などどこかへ吹っ飛んで行ってしまう.

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