顧客満足

医療・福祉はサービス業だ.患者や利用者はお客様という意識が職員に足りない,とそんなご意見をあちこちで承る.しかし,本当にサービス業なんだろうか.

私が7年目の時だ.内科医として頭と体の両方が最もよく動く時期だ.そういう時期に,原因不明の脳炎になった二人の子持ちの28才の女性を全身全霊を傾けて治療した.しかし治療の甲斐なく発症後10日足らずで亡くなった.

私は治療の責任者として,脳炎の原因を突き止めなくてはならなかった.そして誤診や治療方針の間違いがあったならそれを明らかにしなくてはならなかった.だから,号泣して目を真っ赤に泣きはらした旦那さんに,私は死後1時間足らずで解剖をお願いして承諾書に署名をもらった.一方,病院は死亡退院の会計窓口でばっちり治療費をいただいた.これが我々の”サービス”の本質だ.それは極端な例で,そうでない例の方が多いはずだというのは医療の現場を知らない人の誤解だ.そんな人が,医療はサービス業だ,なんてのたもうても,私は決して信用しない.

電気屋ならば,コンピュータが動かないだけで客から怒鳴り込まれることも覚悟しなければならない.それが客商売だ.本来ならば私なんぞはお客様の恨みを買って,何十回となく縛り首にされているはずだ.でも私はぴんぴんしている.代わりに私の名前が書かれた何十体のわら人形は釘だらけになっているかもしれないが.

我らが業界では,自信を持って提供するサービスが,顧客満足につながって繁盛するとは必ずしも限らない.いやむしろ期待はずれだったり,裏目に出るなんてことの方がはるかに多い.その証拠に,本当に病気で苦しんでいる人が,加持祈祷やイカサマ薬に走るじゃないか. 

インフォームドコンセントなんて情けない言葉にも,サービス提供のむずかしさがよく現れている.つまり,あなたの受けるサービスはこんなに欠陥があるんだってお客を脅かすわけだ.普通の商売人の感覚では許されないことが義務づけられる世界なのだ.こんな説明でお客が納得するだろうか.まっとうな感覚を持った人間なら,医者の言う説明と同意なんて,人を愚弄する言葉だと思うだろう.

外の分野から我々の業界へ様々な人々が入ってきて,サービスの品質管理,事故の危機管理といった,我々の業界で非常に遅れている側面で貢献してくれることは素晴らしい.そこから利潤の生まれることもあるだろう.ただ,親方日の丸で競争がなくてさぼっているから非効率的であって,職員の意識を改革し,良いサービスを提供しさえすればお客様の笑顔が見られるはずだ,なんてお目出たい幻想を抱いている人間に,わかった風なことを言ってもらいたくない.医療や福祉はサービス業なんて上等なものではない.敢えて言えば切った張ったの取引だ.商品内容を明らかにした上で,商品を提供する側と受け取る側が対等の立場で行う取引だ.天井がはげ落ちるトンネルや根元から折れる鉄柱みたいに,あんまり自慢できた商品じゃないんだがね.

メディカル二条河原へ