英国の歯科診療事情

英国の歯科医師の腕は日本とくらべて特に悪いわけではない.卒後教育も公的なシステムが整備されている.しかし,英国での歯科診療は在留邦人にとって大きな盲点である.というのは,

1.NHSでは医療は無料なのに対して,歯科治療ではNHSでもなんと8割が患者負担(ただし,低所得者,小児,妊婦を除く).たとえ急に歯が痛くなってもNHSでは緊急には診てもらえない(*下記注2参照).

2.海外駐在員保険など,在留邦人用の保険でも歯科診療の費用はカバーされない

したがって,日本にいる間に歯はすべて治しておくというのが鉄則である.そんなこと言われたってもう間に合わないという人のために,以下,英国の歯科診療について述べる.

1.歯科診療は民間保険で
NHSでも患者負担が8割というのでは,とてもじゃないけどNHSだけでは歯医者にかかれない.だから患者側は民間保険(プライベート)に加入することで自衛する.標準的なメニューの保険料でも月々十数ポンドと決して安くはないが,歯のリスクが多い人は加入すれば元がとれる.プライベート歯科保険での大手はDenplan,Bupa.一方,歯が丈夫(あるいは丈夫でなくても行きたくない)人はプライベートには加入しないという選択をすることになる.

2.治療内容の選択
またNHSでは治療内容(使用する材料や治療法の選択)の制限がきついので,いきおい,治療の結果も不満足になりやすい.プライベートの場合も制限なしというわけではないが,治療開始前に患者の診察をして,必要な治療の見積もりを出し,その見積もりをもとに患者と保険会社の間の話し合いで治療内容,治療費を決めるので,歯科医師と患者の了解のもとで,(金はかかるが)より適切な治療が行われるようになっている.

ただし,矯正治療(歯並びを直す)はプライベートでも保険の対象外となっていることが多いので,契約の内容をよく検討すること.

池田英治,須田英明.英国における卒後歯科医学教育事情ー卒後歯科医学教育機構についてー日歯教誌12:243-248,1997.

*ただし,急性の感染で本当に切迫したような時は緊急,無償でで診てくれる場合もある.下記は英国留学経験のある歯科医の経験談である.

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英国滞在中に別の邦人から,娘(高校生)が智歯(親知らず)周囲炎で顎角から頸部に急性症状がでたのでGPにすぐ行くのがいいか?受診の最善の方法は?と,夜間に電話で尋ねられたことがありました.研究室にBristol大学の卒業生の大学院生がいたので尋ねると,「何の予約も無しにBristol大学歯科病院の初診受付に行って状況を話せば対応してくれる.」とのことなので,英文で症状説明をした手紙をその娘さんに渡して翌日受診したら,対処療法だけでOKで事無きを得ました.さらに,たとえ抜歯を含めた継続治療が必要でもその応対した英人歯科医師がfollowしてくれると言われたそうです.ですから,歯学部病院,あるいは歯学部を持たない大学でもその代理機関(地区の歯科医師会のもつ病院,歯科をもつ大病院)では日本人でも(このケースでは無償で)診察してくれることがあるようです.
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一方,2007年には,次のような厳しい事情が報道されている.
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英国、ペンチで抜歯など「自宅歯科」する人も=調査
2007年10月17日10時4分配信 ロイター

 [ロンドン 16日 ロイター] 英国の調査で、同国の歯科医療システムの使いにくさのため、自分でペンチを使って歯を抜いたり、強力瞬間接着剤で歯冠をくっつけたりしている人がいる現状が明らかになった。
 イングランド全域で5200人を対象にした調査報告によると、患者の約6%がちょっとした「自宅歯科」をやり始めたと答えた。国営の医療制度であるナショナル・ヘルス・サービス(NHS)を利用できる歯科医が見つからないため全く歯科にかかってないという人が10%、自己負担で民間の歯科医にかかったという人は25%だった。中には「ペンチを使って自分で14本の歯を抜かなければならなかった」とした回答者もいた。
 調査では歯科医750人にも質問をしたが、NHSを利用する患者はもう受け入れていないと答えた人が45%となった。
 英国歯科医師会(BDA)は、歯科医が行った治療に応じて報酬を得るのではなく、一定の収入を保証される同システムに大きな欠陥がある点が示されたと指摘。
 一方政府は、NHSの歯科医療の利用に問題があることは認識しているが、今回の調査報告は状況の全容を映し出してはいないとしている。
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