最後の暗黒大陸

それは自分の頭の中だ.いったい何が起こっているのか,今でもよくわからない.自分の考えていることだから,わかっているに決まっているという思い込みから逃れられないと思うだろうか?それは違う。考えてもみたまえ、自分の肝臓に癌ができたなんて、誰がわかるかね。ましてや、あのわけのわからない脳味噌の中で、何が起こっているかなんて、わかるわけがない。だから、自分の頭の中が最後の暗黒大陸と認識するのはとても簡単なことなんだ。自分のことはわからないという謙虚な姿勢だよ。簡単だろ?

だから、自分のことだから、全てわかっているなんて思い込むのは、傲慢極まりないことなんだ。そんなことだから、自分は試験に落ちたからだめな人間だとか、もっと頑張って癌と闘わねばならないとかいった類の、自分の頭の中に生じた不当な自己攻撃性を正当化してしまうんだ。これも、自分の頭の中には、時に悪質な自己攻撃性が発生することを認識できさえすれば、うつ病は回避できる。だから、最後の暗黒大陸の存在を認め、部分的にせよ、光を当て、開墾し、作物を植えて実りを得る作業が必要なのだ。しかし、この開墾作業は決して苦痛ではない。むしろ、今まで暗黒だった部分が次々と解明されていく面白さが感じられる。

暗黒大陸ゆえに、膨大な資源が眠っている。考え、感情、思想、心理・・・・そのごく一部が言語や行動として表出するだけで、大部分は一生眠ったままだ。その掘り起こし作業が、また面白い。掘り起こしの道具はいろいろある。神経言語プログラミング、生物統計、コーチング、認知行動療法・・・と、おどろおどろしい名前が挙がってくるが、どれも人間が太古の昔から使っていた道具に尤もらしい名前をつけただけだ。では、掘り起こしに適した場面はどこか。おそらくあなたが生きている間のあらゆる場面に、掘り起こしの機会があるだろうから、場面については特に意識する必要はないだろう。

ただし、自分が掘り起こしを行っているという自覚がないと、掘り出した宝物に気づかずに、その宝物が掘り出した土の中にまた埋もれてしまうから、気をつけてね。ああ、それから、慌てないことね。下手な鉄砲数打ちゃ当たるとばかり、やたらめったらいろいろなところを堀まくると、やっぱり、せっかく出てきた宝物に気づかないから、一時期、一生懸命掘るのもいいけど、掘り出した土を篩いにかけて、原石を見つけることにも時間をかけてね。えっ、どういうことかって?やだなあ、そこまで教えなくちゃわからないの。仕事以外のことなら、何でもいいの。休む、さぼる、ぼうっとする、仕事と関係のない本を読む、車窓を眺める、お芝居を見る、演奏会に出かける、庭いじりをする・・・・昔から言うでしょう。馬上・枕上・厠上(しじょう)の三上ですよ。

「自らの心を熱心に探せ。その中から命の泉は出ずるからである」-箴言4章23節

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