優しい神様への返事

関西在住の医学生の方から,神経内科医の臨床実習で,神経変性疾患の研究ばかりに興味があったり,自分のIQ(知能指数)を自慢したり,無茶苦茶な医者が目立ったので,私に愚痴をメールしてくれた.その返事である.

新潟の池田です.お手紙ありがとうございました.愚痴を歓迎します.というか,愚痴を言ってもらえるということは,才気溢れる若い人に頼りにされているということで,名誉なことです.お話の内容はさもありなんということで,日本全国,どこの大学でも起こっていることです.ただ,外部から見たら,大阪特有の建前よりも実利尊重の立場から,少しは時代の先を行っていると思っていたあなたの大学でも,20-30年前の医科歯科と全然違わないのには感心しました.

20-30年間も変わらない点とは,具体的には,十万人に一人いるかいないかの病気を集めるのに血道を上げる,切手収集家もどきの神経内科医,それを取り巻く各科の冷たい目とセクショナリズム,神経を扱う各科の近親憎悪といった点ですね.とくに神経内科では,珍しい病気の遺伝子を見つけて,それをネイチャーかサイエンスに載せるという,本来の診療や教育とは全く異なった仕事が,これまでの流行(もはやすたれつつありますが)であり,大学の中での生き残りの手段だったので,ただでさえ偏った人格の人が多い神経内科でも余計に偏った人が大学の中に残ってしまったのです.

神経内科の医者がすべて常識をわきまえない人間ばかりというわけでは決してありませんが,大学というフィルターが,ある種の偏った人間を集めることになっている様子は容易に想像できます.ただ,そういう大学の現状に愛想を尽かして事足れりとすべきではありません.大学はたくさんの税金がされている教育機関兼医療機関ですから,その組織が機能しなければ,国民の税金が無駄遣いされ,病める人々の苦しみを放置されることになります

あなた方は,学長以下の大学の教職員に教育を施してもらっているのではありません.医学部で学ぶ学生には,教育というサービスのユーザーとして,そのサービスの質を監視し,改善を勧告する義務があります.これは,国民から付託された義務です.特に国立大学の学生の教育には,膨大な税金が投入されているのですから,国民から付託された義務があるのです.

一般の商店の店主が顧客に対してよりよいサービスを提供する義務を負うのと同じように,大学の教職員は,質の良い教育を行う義務があります.そして,あなたがたは,サービスのユーザーとして,教育という商品の内容にコメントをする義務があります.お客様は神様と言われます.買った菓子にカビが生えていたなら,必ず店に文句を言うでしょう.それどころか,最近は原産地や出荷日まで間違っていたら逆さ張り付け百たたきです.なのに教育という商品の質に対して,これほどまでに学生が黙っているのは何故でしょう.何とも優しい神様です.

学生の側から教授会に定期的に教育モニター報告書を出すぐらいでないと,いつまでたってもIQを自慢するような人が大学に残るだけです.教授会の仕返しが怖いなんて思う必要はまったくありません.むしろ教授会の方が学生を恐れているのです.彼らが最も恐れているのは,入局者という補給路を断たれることです.あんどうさんのメールを神経内科の教授が読んだら,真っ青になるでしょう.悪事千里を走るといいます.神経内科の悪評はすでにあなたの大学の学生の間に広まってしまっているわけですから.

私自身は,神経内科医として,何十万人に一人の病気の遺伝子を見つけることだけが仕事ではない,例えば,意識障害患者の血圧を測るだけでも,ネイチャーに載せるよりもインパクトのある仕事ができる,そういう実例を示していって,神経内科医の仕事に対する正しい認識を,神経内科医の間にも,それ以外の人々の間にも,広めようと思っています.

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