第15回国際視野研究会写真1

はじめに
 21世紀に入り、最初の国際視野学会(International Perimetric Society:IPS)は、イングランド中央に位置するストラトフォード・アポン・エイボンにおいて、6月27日から29日までの3日間の日程で開催された。今回が第15回で、ホストはウエールズのCardiff大学のJohn Wild教授であった。

 ストラトフォード・アポン・エイボンは、William Shakespeareの生誕の町として有名な観光地である。中世の雰囲気を醸し出す旧市街の中心にはShakespeareの生家が保存されている。また、旧市街の中央を流れるアストン川の川岸にはロイヤル・シェークスピア・シアターがあり、Shakespeareの戯曲が定期的に上演され、多くの観客が訪れている。町並みは白壁に黒い木材を縦横に貼ったハーフ・ティンパートと呼ばれる外壁で統一されている。

 IPSは、アストン川を挟みロイヤル・シェークスピア・シアターの対岸に位置するストラトフォード・モート・ハウスで開催された。

 日本からは直行便でロンドンのヒースロー空港に到着後、ヒースロー・エクスプレスに乗り、ロンドン市内のパディントン駅へ移動。そこからイングランドの野山を車窓から眺めながらストラトフォード・アポン・エイボンまで約2時間半の列車の旅となる。


IPSの特徴
 本学会の特徴は、臨床面から視野の実践にたずさわるMDと、視野を基礎的な面からとらえているPhDが、一つの会場でじっくり議論を重ねることにある。欧米では、病院の眼科部門にvisual science(視科学)のセクションがあるため、PhDも眼科疾患に造詣が深く、日本的な基礎と臨床という垣根がない。そのために、この学会では多角的に幅広い討論ができる。羨ましい限りである。

 国際学会では発表や質疑応答はすべて英語が原則であり、IPSも同様である。しかし、視野学の発展や新しい視野計の開発に携わった偉大な先人たちは、すべて欧州の出身であり、参加者の多くは英語をSecond Languageとしているため、遠く東洋から参加している日本人のたどたどしい英語にも極めて寛容なところが、2番目の特徴である。

 ちなみに、ゴールドマン量的視野計のH Goldmannとオクトパス動視野計のF. Frankhauserはスイス、ハンフリー自動視野計のA. Heijiはスウェーデンの出身である。

 今回、私は「正常眼庄緑内障の乳頭形態と視野および眼庄との関係」について発表したが、私の発表したセッションの座長は米国のKentucky大学のMillsとドイツのHumburg大学のDannheim教授で、お二人とも、私も含め、英語を母国語としない演者に対してのみならず、一般の聴衆に対しても、ゆっくりとかみ砕いた質疑応答をされていたのが印象的であった。

 第3の特徴は、一般口演のみならず学術展示も壇上でpresentationを行ない、質疑応答がある。どこかの国際学会のようにポスターを貼ったら直ぐに会場から姿をくらまし、後はバカンスという人もいるが、「そうは問屋がおろさない」というのがIPSである。


トピックス
 今回は、オランダのAmsterdam大学のEric Grave教授の特別講演「I come to praise Perimetry」で幕が切って落とされた。

 Grave教授は、緑内障視野病期分類の「Aulhorn分類Grave変法」では有名な方で、東京医科大学の古野史郎先生(現・古野眼科医院)や鈴村弘隆先生(現・東京都立大塚病院医長)らは、その門下生である。それだけに、数多くの来日経験を持つ知日派でもあり、長身で大変にユーモアに溢れた人柄は知られている。

 講演は、IPSの歴史について第1回から現在に至るまでを、開催国の代表的な音楽をBGMとして流しながら解説されたものであったが、まさに圧巻であった。

 特別講演に引き続き、3日間で一般口演と学術展示を合わせて79題の演題が発表された。その内容は、新しい視野検査のプログラムの紹介、スクリーニング検査と閾値検査との感度特異度の比較に始まり、画像解析と視野検査結果との対応、そしてFrequency Doubling Technology(FDT)やShort-Wavelength Automated Perimetry(SWAP)など、現在、注目されている網膜神経節細胞の形態別と機能別検査法、緑内障のみならず神経眼科や黄斑部疾患と視野変化についての報告など、盛りだくさんの研究成果が発表された。

 緑内障を専門にする立場から受けた本学会の印象は、HRT、OCT、GDX、SLOなどの乳頭や網膜の最新の画像解析装置であっても、その検査結果の評価は、すべて視野変化の有無が基準となっていること、換言すれば、緑内障性視野変化を如何に早期に確実に診断するかが、緑内障臨床の進歩発展に最重要課題であることを再認識させられた。

 今回のIPSには、本学会のVice-Presidentをされている日本緑内障学会理事長の北澤克明先生を筆頭に、近畿大学の松本長太・助教授、奥山幸子講師らのグループ、滋賀医科大学の可児一孝教授、西田保裕講師らのグループ、東京医科大学霞ヶ浦病院の尾さこ雅博助教授らのグループ、多治見市民病院の岩瀬愛子部長、そして日本大学の私と、中神尚子、忍田太紀の約20名が日本から参加し、合計6題の発表を行なった。
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西田保裕先生(滋賀医科大学)と岩瀬愛子先生
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学会入口にて
左より、有村英子先生、高田園子先生(近畿大学)、岩瀬愛子先生(多治見市民病院)
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Amsterdam大学のEric Grave教授の特別講演

ソシアル・プログラム
 日本国内での学会の多くは、複数の会場を使い、朝から夕方までプログラム通りにたくさんの演題を消化していくことが一般的であるのに対し、海外の学会は、学会期間中に講演のない時間帯を設けて、参加者の親睦を深めるためにホストが心を込めて準備されたソシアル・プログラムが用意されている。

 今回は、学会初日の夕方には、1088年に築城され、約1000年の歴史を持つ古城、ウォーリック・キャッスルの見学とディナーがあった。ガイドブックによれば、この城はバラ園が有名とのことであったが、到着が夕暮れ時であったためにバラ園見学は省略。正面ゲートでわれわれIPS一行を出迎えてくれたのは、中世の甲胄を身に着け、馬に跨った案内人であった。そこで、この案内人によるウォーリック・キャッスルの歴史を拝聴した後、分厚い石垣で囲まれた城内に入城。ワイングラスを片手に中庭をしばし散策し、いよいよ本丸に入った。観光通路は狭く、両脇に中世の人々の暮らしを蝋人形と録音テープで紹介し、さらに奥に進むと、歴代の城主が愛用した甲胄や刀剣が展示されていた。城内の各部屋を一回りした後、ようやくThe Greatest Hall(大広間)に到着。中世の衣装を身に着けた歌手たちの室内コーラスを聞きながらのディナータイムとなった。

 学会2日目は、午後からブレナム宮殿へのバスツアーがあった。ストラトフォード・アポン・エイボンから約1時間余のバスの車窓から、なだらかな丘陵が広がる田園風景や森を眺めていると、元英国首相Winston Leonard Spencer Churchillの生家であり、17世紀から現在まで続く英国貴族Winston Churchill家が所有するブレナム宮殿の正門前に到着した。正門から見る宮殿の建物は、さながら東京赤坂の迎賓館であった。観光ガイドの説明によれば、もともと英国王室の狩猟の地であった一帯を、オランダとの戦いに功績があったJohn Churchill侯爵が拝領し、1704年に現存の宮殿が建築されたとのことであった。Churchill家はその後、同じ英国貴族のSpencer家と縁組し、Spencer Churchill家となったが、このSpencer家は故Diana王妃の実家である。観光ガイドの案内で宮殿の中を見学後、庭園の散策となった。宮殿を取り囲むように、Formal Garden、Italian Garden、Water Terrace(噴水公園)などがあり、さらに庭園の向こうには英国貴族たちが狩猟を楽しんだ林が延々と続いていた
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ブレナム宮殿のTea Roomで
日本大学グループと岩瀬愛子先生
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可児一考教授(滋賀医科大学)御一家
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IPSの最大派閥の一つである近畿大学の視野グループ
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Spencer Churchill元英国首相の生家であるブレナム宮殿
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ウォーリック・キャッスルで学会一行を案内する騎士

IPSバンケット
 最終日の晩は、今回もIPS恒例の伝統的なバンケットが催された。この最終日のバンケットでは毎回、参加者が国別に分かれて、おのおのが歌やプロ顔負けのパフォーマンスを繰り返し深夜まで歌い合う。日本勢の激しいパフォーマンスは、すでにIPSの名物になっており、会場の期待度も最高潮となった。

 今回は、イギリスと日本の国旗をマントに仕立てた近畿大学の岩垣厚志先生の指揮のもと、『さくら・さくら』『幸せなら手をたたこう』の2曲を全員で合唱した。次に、今回はワールドカップ真っ最中ということもあり、日本からサッカーゴールとボールを持ち込んで壇上でのミニワールドカップ大会となった。会長のJohn Wild先生に地元のイングランドのユニホームを着ていただき、ゴールキーパーの近畿大学の橋本茂樹先生との対決となった。「ニッポン、チャチャチャ!!」「イングランド、チャチャチャ!!」の大声援の中、John Wild先生は軽いフェイントで華麗なゴールを決めて、拍手喝采となった。最後は会場が一体となって「IPS、チャチャチャ!!」の大合唱で幕を閉じた。
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学会長のJohn Wild教授がゴールを決め、ガッツ・ポーズ!
バンケットで日本チームはワールドカップ大会を演出した

おわりに
 IPSバンケットの前のbusiness meetingにおいて、北澤克明先生がvice-presidentを辞せられ、その後任に岩瀬愛子先生。また私が新たにboard memberに選出され、既に選任されている可児一孝先生、松本長太先生を含めて4名が日本からのIPS役員となった。

 また、次回のIPSは2004年にスペインのバルセロナで開催されることが決定した。地中海に面する風光明媚の地であり、名所旧跡も多い町での開催は、今から大変楽しみである。ぜひ、日本から多くの先生方に参加していただき、本学会がより盛大となることを願ってやまない。

千寿製薬発行(銀海)2002年 177号