生理学女性研究者の会(WPJ)のこと

水村 和枝 名古屋大学環境医学研究所神経性調節分野教授

 10年とちょっと前のことです。私の先生の主催で痛みについての日米セミナーが開かれ、そこで講演させていただけることになりました。ところが、準備をするときに最初の言葉でつまづいてしまいました。「Good afternoon, ladies and gentlemen」と講演原稿に書いたのですが、ふと、私以外に会場に女性がいるかしら、と思ったのです。30人ほどの小規模なセミナーで、参加予定者は教授等のポジションの人の多い集まりでした。予定される参加者には一人女性がいましたが、その人が参加されるかどうか不明でした。もしその人が来なかったら」Good afternoon, gentlemen」と言うのだろうか、なんだか変な感じだ、といろいろ迷いました。英語による講演には不慣れでアドリブが効くほど余裕がありませんでしたので、決まり文句だから良いだろうと心を決めて練習し、その通り話しました。幸いなことにアメリカからの参加者の奥さんも聞きに来られていたので、何とか女性が複数になってこの最初の言葉でも間違いではなくなりました。

 今では会を開いてもここまで女性の参加者が少ないことはありませんが(私の研究室に女性が多いこともあります)、生理学研究者の中で女性はまだ少数派です。数が少ないこと以外にも理由(人的交流、情報を得ることの重要性の認識不足)があったと思います、女性の生理学研究者間の個人的交流は少なかったようで、私もほとんど他の女性研究者と面識がありませんでした。それが変化して、私が多くの女性研究者と親しく話をするようになったのは、生理学女性研究者の会(WPJ)に参加するようになってからです。この会は、女性研究者の交流を盛んにし、研究内容・地位のレベルアップを図ろうと、半場道子、菅原美子、小野寺加代子という三人の女性生理学研究者の呼びかけで三年前にできました。現在では若い人から現役を退かれた方まで、60人以上の会員(女性の生理学会員の約5分の1)が集っています。私個人は結婚・出産・育児ということもなかったのでその点での困難はなく、外的には非常にスムースな経歴です。女性であるがゆえの形に残るような不利益を受けたことはほとんどありませんでしたから、この会に参加する必要などないと思われるかもしれません。

 しかし、自分の内部、考え方、対人関係において、恐らくかなりの女性が経験しているであろうような問題を場面場面で感じ、本を読み漁っていました。また、他の女性が、研究熱心であるにも拘わらず悪い研究条件で非常に苦労しているのを見たり、ひどい言い方をされているのを目の当たりにして、怒りを禁じ得なかったこともありました。WPJで、私は同性の研究者間で話しあえる楽しさを知り、このような会がもっと前からあったらいろいろ悩まないですんだかも知れないと思っています。また、私自身は経験していない女性研究者を取り巻く外的な問題をより具体的に知るようになりました。そして、時間的・社会的制約から女性研究者には人脈、情報が欠けているので積極的に求めていく努力が必要であること、人生の長いスパンで研究生活を考えて、たとえば「結婚か研究か「といったようなall or noneの発想をやめること、等など、多くの先輩たちからの有用な助言も聞くことができました。いま私は、医学生や若い研究者を育て、研究室をまとめていく立場にあります。WPJの活動で得た女性研究者を取り巻く問題の認識と多くの助言を参考に、女性研究者も十分能力を発揮出来るような環境をWPJと一緒に作りだす努力をしたいと思っています。そして、いろいろな会合で、もっと沢山の女性研究者と出会えることを楽しみにしています。