溝口 昌子 聖マリアンナ医科大学皮膚科教授
第十一回国際女性技術者、科学者会議が日本で開催されることを知り、大変喜んでいる。しかし、医療部門が設けられたのが、今回初めてと伺い意外な気がした。「男医」という言葉が使われず、「女医」という言葉はよく使われることからも私共女性医師が多くの問題を抱えていることはお察しいただけると思う。今回の医療部門の運営委員として、世界的に業績が知られる優秀な研究者であり、臨床医であり、妻であり、母である濵中すみ子氏が加わっているのは嬉しいことである。
数だけを取り上げれば、現在は女性医師の黄金時代と言えるかもしれない。女性医師の数は年々増え、日本には平成8年の調査では32259人の女性医師がおり、全医師数の十三・四%を占めている。30代に限れば28.6%で、女子学生の増加から今後さらに増えると予想される。しかしながら、開業医、勤務医を含め、フルタイムで働いていない人も多い。そのためもあり、男性医師に比べて収入も低い。また学問の世界でも教授になる女性は少なく、行政面で高い地位を占める女性医師も少ないのが現状である。
女子医学生の数は年々増え、平成六年の調査では30%を越えている。他の職種に比べ、男女差別が少なく、収入も高いことが数が増えた理由と考えられる方もあるかもしれないが、同年のアンケート調査では「医学を選んだ理由」では、男子が「家業をつく」という回答が31%と圧倒的で、女子も17%はいるが、学問的興味で医学を志す学生が53%で男子の43%より10%も上回っている。つまり、技術を要する科学である医学そのものに興味を持って入学している訳である。女子医学生は全体的に向学心があり、留年者も少ない。しかしながら、女子医学生は必ずしも歓迎されていない。他大学の教授(会員男性)との会合で、女子医学生の増加が話題となると、増加をなげく声が圧倒的に多い。その理由は卒業後の定着率が悪い、ようやく育ててこれからという時に育児のため止めてしまう、突然の妊娠とそれに続く出産で休むことが多いなどである。従って、当然のことながら、卒業後に医師となって専門の科を選ぶ時も、歓迎されない。昔のように「女性医師の入局お断り」という所はないが、現在でもあまり沢山入局して欲しくないと思われている。
管理職の立場から言うと女性医師はuncountableな人員なのである。関連病院や分院への出向の人員として数えられないのである。
しかし私の管理職としての経験からいえば、優秀で、真面目で、仕事をまかせられる若い医師は女性の方が多い。しかし医師の仕事は九時から五時という八時間労働とは程遠い。朝はやくから時には深夜に及ぶ。重症患者がいれば何日も家に帰れないこともある。おまけに修業中ということで極めて低賃金である。医師一人育てるのに必要な税金(私立大学も補助を受けている)を考えれば、医師免許証を持ちながら働かないのは許されないとの声もあるが、保育施設も充分でない現在の体制であれば止めたくなくても、継続が不可能ということも多い。親が近くにいて育児を肩代わりしてくれるのでなければとても続けられない。優秀な女性医師に止められたショックは大きいが、幸いなことにほとんどの人は開業して育児をしながら医師として地域医療に貢献している。現在管理職に就いている女性医師は、仕事を続けたいという本人の強い意志があってのことであるが、育児をする環境に恵まれていた者が多い。
以前、後輩の女性医師に「将来指導者になりたいと考えているのなら、女性であることが一つのハンディキャップなのだから、それ以外、ハンディキャップを持たないようにした方がよい」と進言したことがある。つまり博士号、留学、業績などは少なくとも男性医師と同じにしておく必要があると言ったのである。しかし最近の若い女性医師をみると、この様な進言をする気になれない。熱心な人が多いが、いい加減な人もいて、様々である。つまり多様さでは男性医師に近づいてきたと言える。
歯をくいしばって頑張って「だから女はだめだ」と言われない様に働いた私より先輩の女性医師がみたらあきれるような人もいる。しかしプライベートな時間を大切にし、余裕をもって仕事をするという最近の若い人の姿勢は仕事を継続する上に必要なことと、逆に学ぶ面も多い。いずれにしろ時には深夜も安心して預けられる保育面での充実を行い、優秀な人材が挫折しないようにすることが急務である。
女性が技術的なこと科学的なことに不得手であるという一般論は過去のものとなり、女性一人一人の個性をみる時代に近づきつつあると考えている。近い将来、女性が女性である特性を生かしながら、余裕を持って楽しみながら仕事ができる環境が整えば、技術・科学はこれまでとは異なった調和のとれた発達をするような気がする。