組織プラスミノゲンアクチベータ(t-PA)
【組織プラスミノゲンアクチベータ(t-PA)と活性化機構】
組織プラスミノゲンアクチベータ(t-PA)はプラスミノゲンを活性化する線溶系の開始因子です。分子量はおよそ70KDaの一本鎖の糖蛋白で、フィブリンに対する高い親和性があるセリンプロテアーゼの一種です。血栓形成による虚血などの刺激によって血管内皮細胞などから一本鎖t-PA(single chain t-PA; sct-PA)として産生されますが、プラスミンなどによって限定分解されると、軽鎖と重鎖からなる二本鎖t-PA(two chain t-PA; tct-PA)になります。tct-PAは十分な酵素活性を持っていますが,他のセリンプロテアーゼと異なりプロエンザイムであるsct-PAでも、tct-PAの約10分の1の活性を持っています(これは凝固線溶系のセリンプロテアーゼとしてはかなりユニークな特徴です)。t-PAには2つのクリングルドメインがあり、その中の第2クリングルドメインにフィブリン/フィブリノゲンとの結合に重要なリジン結合部位(lysine binding site;LBS)があります(第1クリングルドメインにもLBS構造はありますが、機能はない様です)。このLBSを介してフィブリンに結合すると、sct-PAの立体構造は変化し,tct-PAと同程度の酵素活性を示します。sct-PAはフィブリノゲンとも結合するため、流血中でもtct-PAはフィブリノゲンと結合しPA活性を惹起できますが、流血中では基質であるプラスミノゲンがclosed formをとっており、活性化されにくい状態ですので、流血中での線溶活性化は限定的です。

【t-PAによるプラスミノゲン活性化】
酵素学的な意味でのt-PAの基質であるプラスミノゲンも5つのクリングルドメインに5つのLBS(第1クリングルドメインに2カ所、第2、第3、及び第4クリングルドメインにそれぞれ1カ所)があります。この中で第1クリングルドメインにあるLBSがリジンに対する親和性が高く、フィブリン上のリジン残基と結合します。フィブリンと結合すると、t-PAの作用部位が内側に隠れているclosed formと呼ばれる状態から、作用部位が露出するopen formと呼ばれる状態にプラスミノゲンの立体構造が変化します。この結果、フィブリンと結合したsct-PAによってフィブリン表面状でプラスミノゲンプラスミンへと活性化されます。さらに生成したプラスミンによってsct-PAは活性化されtct-PAとなるため、プラスミン生成は促進されます(一種のポジティブフィードバックです)。一方、流血中ではclosed formのプラスミノゲンが主な状態ですので、上で述べたようにsct-PAが流血中に存在しフィブリノゲンと結合することで十分な酵素活性を発揮している場合や、血栓表面で生成されたtct-PAが流血中に遊離した場合でも、流血中でのプラスミン生成は限定的です。

【t-PAの不活化機構】
セリンプロテアーゼであるt-PAは、セリンプロテアーゼインヒビターであるplasminogen activator inhibitor (PAI)によって阻害されます。PAIにはPAI-1とPAI-2がありますが、特にPAI-1がいわゆる線溶抑制因子としては重要です。PAI-1は血管内皮細胞から産生され、特に炎症反応が存在すると産生が増加します。敗血症などでは増加することが知られていますが、敗血症以外の炎症性の病態では上昇します。PAI-1はS-S結合が無いこともあり、構造的に不安定で、活性を持たないlatent体に移行し、血液中の半減期は数分です(ビトロネクチンと結合すると安定性が増しますが、それでも数時間です)。活性をもつPAI-1の半減期は短いものの、速やかにt-PAと複合体(t-PA-PAI-1複合体)を形成し、t-PAのプロテアーゼ活性を失活させます。

【t-PAとAnnexinA2】
アネキシンA2は、いわゆるアネキシンファミリーに属する蛋白質の一つで、細胞内外に存在します。アネキシン蛋白の特徴であるアネキシンリピートと呼ばれる4個のα-へリックス構造の折り畳みを持ち、カルシウムイオンとリン脂質に結合します。膜貫通領域はありません。リン脂質の中でもホスファチジルセリンホスファチジルエタノールアミンホスファチジルイノシトールなど、脂質二重膜の細胞質側に多く存在する脂質に結合します。これらのリン脂質は通常は細胞外側(細胞表面)には多くはありません。細胞内では膜輸送や細胞骨格の足場タンパクとして機能していると考えられています。一方、細胞膜外側に多く存在するホスファチジルコリンスフィンゴミエリンとは結合しません。
細胞外では細胞表面においてS100A10(分子量11-kDa)とヘテロ四量体を形成します。このヘテロ四量体はt-PAとプラスミノゲンの結合部位となり、t-PAのプラスミン生成を10-100倍増強します。また細胞表面で生成されたプラスミンは、α2-アンチプラスミンが固相化されているフィブリン表面とは異なり、α2-アンチプラスミンによる阻害を受けにくいと考えられています。
急性前骨髄性白血病(acute promyelocytic leukemia; APL)では、このアネキシンA2の発現が亢進し細胞外のアネキシンA2・S100A10ヘテロ四量体量が増加することで著しい線溶系の活性化を呈すると考えられています。APLによる線溶活性化はあくまでもt-PAによる線溶活性化ですので、本質は二次線溶に属し、治療の基本は抗凝固療法となります。