カルジオリピン
【カルジオリピンとは】
カルジオリピン
 
 
カルジオリピンはミトコンドリアに特異的なリン脂質で、1分子中に2つのリン酸基と4分子の脂肪酸がアシル結合しているという独特の構造をしています。細胞膜には存在しません。2分子のフォスファチジルグリセロール(PG)が連結した構造ですので、別名がジフォスファチジルグリセロールとも呼ばれます。細胞全体の総リン脂質の4-5%含まれていますが、ウシの心臓などでは含有量が高く、後で述べるように血清梅毒検査のSTS法の抗原プローブとしてウシ心臓のカルジオリピンが用いられています。哺乳動物の心臓の細胞に多く存在するリン脂質として発見されたため、「心臓の(cardio)脂質(lipin)」と命名されました。
哺乳類の場合、カルジオリピンを構成する脂肪酸は、炭素数18の脂肪酸、特にリノール酸が多く、オレイン酸などもあります。また脳のカルジオリピンには炭素数20のアラキドン酸やエイコサペンタエン酸が多く存在すると言われています。また炭素数22のドコサヘキサエン酸も存在する場合もあります。
カルジオリピンは疎水性かつ負電荷を帯びた特徴的な構造を保ち、さまざまな蛋白質と結合することができます。中でもシトクロームc酸化酵素や ATP合成酵素などエネルギー代謝に関わる蛋白質と結合しその活性を高めることは古くから知られています。またカルジオリピンは、頭部が比較的小さい円錐形の構造をとるために,脂質二重膜内層で凝集すると膜の湾曲に関与すると考えられ、ミトコンドリア内膜の折り畳み構造であるクリステ(cristae)の構造の維持に重要な働きをすると考えられています。このひだ構造のため、体積あたりの脂質の表面積が増大し、反応の場の面積が増大するので、効率の良い化学反応(好気呼吸によるエネルギー産生)が進行します。カルジオリピンの合成に関与するアシルトランスフェラーゼの一つであるTafazzinの欠損症であるBarth症候群では、ミトコンドリア内膜に存在するCLの含量が低下し、クリステの構造異常が認められます。Barth症候群では心筋症,好中球減少,ミオパチー,成長障害,3-メチルグルタコンサン尿症を特徴とします。
ミトコンドリアはアポトーシスに深く関与していますが、アポトーシス誘導因子などアポトーシス実行因子がカルジオリピンと結合しているなど、カルジオリピンはアポトーシスにも関与しています。

【カルジオリピンと血清梅毒反応】
梅毒の検査であるSTS法(Serologic Test for Syphilis)では、古くからカルジオリピンを抗原エピトープとして使用されてきています。過去には梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum、梅毒スピロヘーター)の培養が困難であったため、梅毒トレポネーマそのものを抗原プローブとして使用するのが困難でした。このため梅毒感染後に起こる周辺組織の破壊に伴い生成されるカルジオリピンに対する抗体を検出することで、梅毒感染を特定するという方法が開発されました。STSは一種の自己抗体と考えることができます。STS法ではウシ心臓のカルジオリピンを抗原プローブとして使用しています。STS法は感度は優れていますが、特異度に問題があります。
STS法に対してTreponema pallidumを抗原エピトープに用いた検査法がTP法です。この方法は特異度は高い一方、感度がやや低いと言われています。この二つの検査が乖離した場合でSTS法が陽性で、TP法が陰性の場合を「生物学的偽陽性反応(biological false negative; BFP)と呼び、後述の抗リン脂質抗体症候群やその他の自己免疫疾患などで認められる場合がある現象です。

【カルジオリピンと抗リン脂質抗体症候群】
抗リン脂質抗体症候群(antiphospholipid syndrome; APS)は、リン脂質に対する抗体、もしくはリン脂質に結合した蛋白質に対する抗体が産生され、動脈系並びに静脈系の血栓症や血小板減少、腎機能低下、習慣性流産などが認められる自己免疫性疾患です。後天性の血栓素因として最も重要なものの一つです。全身性ループスエリテマトーデス(SLE)などの膠原病及び関連疾患に合併する場合もありますが、他の自己免疫性疾患が存在しない、いわゆる原発性と呼ばれる場合もあります。
APSは抗体が病態形成の中心を引き起こす自己免疫性疾患ですが、原因となる抗体は大別して、リン脂質依存性の凝固反応に影響を与える抗体であるループスアンチコアグラントと、カルジオリピンもしくはカルジオリピンに結合した蛋白質に対する抗体である抗カルジオリピン抗体に分けることができます。さらに抗カルジオリピン抗体はβ2-glycoprotein I(β2-GPI)依存性抗カルジオリピン抗体とβ2-GPI非依存性抗カルジオリピン抗体に分類されます。β2-GPIは5つのドメインからなる血漿蛋白質です。その生理学的な作用は十分には判明していません。通常closed formと呼ばれる5つのドメインが環状に閉じた構造で存在していますが、陰性荷電などの表面上ではopen formと呼ばれる直鎖状の構造を呈します。その結果、closed formでは内側に隠れいていた抗原エピトープが露出されることになります。β2-GPI依存性抗カルジオリピン抗体はこの新たに露出した抗原エピトープを認識する抗体です。この意味では「β2-GPI依存性」の「抗カルジオリピン抗体」と呼ぶより「カルジオリピン依存性」の「抗β2-GPI抗体」と呼ぶべきなのかもしれません。事実現在の測定法ではカルジオリピンの代わりに、活性化したプレートを陰性荷電の代わりとしてβ2-GPIをopen formにし、β2-GPI依存性抗カルジオリピン抗体を測定している試薬もあります。
一方β2-GPI非依存性抗カルジオリピン抗体はその名が示す通り、β2-GPIとは関連のないカルジオリピンに対する抗体ですが、β2-GPI依存性抗カルジオリピン抗体と同じようにカルジオリピンに結合した蛋白質に対する抗体も含みます。また梅毒に関連したカルジオリピンに対する抗体は、抗カルジオリピン抗体とは呼びません。