鎌状赤血球症/ヘモグロビンS |
鎌状赤血球症/ヘモグロビンSは代表的な異常ヘモグロビン症で、β鎖の6番目のアミノ酸がグルタミン酸からバリンに変わっている変異です。いわゆる黒人に多い遺伝的疾患です。後で述べますようにマラリア感染症との関連があり、本来生存に不利な変異が、マラリア感染症のため生存に有利に働いたため、高い変異頻度となったと考えられています。
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鎌状赤血球症そのものは常染色体優性遺伝形式をとります。しかし臨床上問題となるような重篤な症状を呈するのは、ホモ接合体が主ですので、臨床症状の表現形としては常染色体劣性遺伝のように見えてしまいます。
地理的分布には、はっきりした傾向があり、変異遺伝子保有率は西アフリカでは5-20%で、中央アフリカの一部の人種では40%にのぼります。また米国の黒人の9%にも遺伝子変異が認められるとの報告があります。中央アジアや中東、インド、トルコ、ギリシャなどにも変異遺伝子は認められます。
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酸素が結合している状態のヘモグロビンSは、ヘモグロビンAと同じように水に対する可溶性が一応保たれていますが、酸素と結合していないモグロビンSは、可溶性が低下し偽結晶化したゲルのような状態となり、螺旋状に重合した長いフィラメント様の構造を形成します。このフィラメント様構造は可逆的に元に戻ることはできます。またこのフィラメント様構造形成には、同時に存在する他のヘモグロビンの量などに影響されます(HbFの存在下ではHbAの存在下よりも高いHbS濃度が必要で、HbC存在下ではより低いHbS濃度でもゲル化すると言われています)。
ヘテロの鎌状赤血球症では赤血球のHbS濃度が低くいため、生体内で鎌状を形成することは稀で、特殊な状況でのみ赤血球の鎌状化が起こります。
これに対してホモの鎌状赤血球症では動脈血酸素分圧が45mmHg以下になると、容易に鎌状赤血球が形成されます。特にアシドーシスや脱水、高体温などあるときに容易に形成されます。赤血球の鎌状化は暫くは可逆的ですが、一定時間を経ると赤血球の膜変化を起こし非可逆的に鎌状を呈するようになります。変形した鎌状赤血球は、赤血球としての可塑性が低下したり、また凝集を起こしたりするので、毛細血管の閉塞と梗塞を惹起することになります。この結果局所循環不全に伴う局所の低酸素血症からアシドーシスが惹起され、さらなる赤血球の鎌状化という悪循環を引き起こすことになります。また鎌状赤血球は脆弱なので、網内系組織によって容易に破壊され、溶血を呈します。
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重症の鎌状赤血球症(ホモ接合体)の患者では、酸素分圧が低い部位で赤血球は鎌状に変形し、毛細血管の閉塞による梗塞が生じるます。さらに局所循環不全により炎症が生じ血栓形成が増悪します。また鎌状赤血球は脆弱であるため、循環血流の機械的損傷により溶血が惹起されます。代償性の骨髄造血亢進が長期にわたると、骨変形が生じる場合があります。
またクリーゼと呼ばれる急性増悪がが間欠的に生じます。原因不明の場合が多いのですが、発熱やウイルス感染症が契機となる場合もあります。血管閉塞クリーゼ(疼痛発作)が最も多く、虚血による組織の低酸素が病態の主要な要因です。骨のほか、脾臓や肺、また腎臓に起こります。肺の微小血管閉塞に起因する急性胸部症候群も合併します。慢性的な脾臓損傷のため肺炎球菌およびSalmonella属細菌(サルモネラ[Salmonella]骨髄炎を含む)に対する易感染性が高まり、時に感染症は死に至ることがあります。
一方、軽症の鎌状赤血球症(ヘテロ接合体)の患者では、溶血も血栓症も合併しませんが、慢性腎臓病や肺塞栓症のリスクが高いと言われています。 |
末梢血液像で特徴的な三日月状の赤血球を認めます
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根本的な治療法はありません。疼痛に対する対症療法や輸血、並びに感染症に対する治療などを行います。造血幹細胞移植は根治療法ですが、リスクを考慮すると適応症例は限られています。
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熱帯熱マラリア原虫による悪性マラリアは、ホモやヘテロの鎌状赤血球症患者ではこれらの赤血球変異がない正常人より頻度が低い事がわかっています。ヘモグロビンSをもった赤血球で酵素分圧が低い場合、ヘモグロビン凝集のため熱帯熱マラリア原虫の増殖が弱まるためと考えられています。
鎌状赤血球症は、1910年にHerrichが鎌状の赤血球の変形を発見したのち、1949年にPaulingとItanoがヘモグロビンSが電気泳動で正常とは異なる泳動パターンを示すことを発見しており、1957年にIngramがヘモグロビンSがアミノ酸一残機の変異であることを証明したという歴史を持つ疾患で、分子生物学的に初めて原因が明らかにされた疾患です。
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