心身症

市立豊中病院 精神科  宮川 真一

1)心身症とは -名称をめぐる混乱-

現在、心身症という用語は、いろいろな意味に用いられて混乱が生じている。

おおまかにいって、こころとからだに関連のある状態の病気を意味しているが、どんな病気にもこころの要素(病気についての不安・苦しみなど)はあるので、もっとも広い意味ではすべての病気が心身症であるともいえる。狭い意味では、心の状態からひきおこされた体の病気のことである。したがって、典型的な心身症とは、「胃・十二指腸潰瘍」「気管支喘息」「アトピー性皮膚炎」などのからだの病気であって、その発症や経過に心理的・社会的な因子が深く関わっているものをいう。つまり、「心身症」というのは病名ではなく、そのような状態のことを指す用語であることに注意する必要がある。

さらに、混乱に拍車をかけているのが心身症をめぐる医療体制の問題である。

心身症はからだとこころの両面から診療する必要があるわけであるが、からだを担当する各科がこころの診療もあわせて行う場合(心療内科など)と、こころを担当する精神科がからだの面にも配慮しながら診療をすすめていく場合があって、どちらが優れているともいえない。しかしながら、心身症の患者さんは自分のこころの問題に気づいていないことが多いため、まずからだを担当する各科に受診するのであるが、そこでは必ずしもこころに配慮した適切な医療をうけられず、延々とからだの治療だけを続けて治らないでいるという状況が一方にある。他方では、こころの問題に気づいたとしても、今なお残る偏見に妨げられて精神科を受診しにくいという事情がある。そのため、これまで精神科には心身症の患者さんがあまり訪れる機会がなく、精神科医も心身症の診療に積極的でなかったきらいもあった。しかし、総合病院にはからだを担当する各科とともに精神科も設置されているので、各科の診療と並行してこころの診療も受けることができる。

なお、1996年から「心療内科」という科名も法的に認められ、その名を標榜する施設も増加しているが、今のところだれでも名乗ることができる科名であるため、その内実は玉石混交である。本来の「心療内科」は精神科に比べて残念ながらまだはるかに少ないのだが、むしろユーザー側からは「かかりやすい精神科」とうけとられて本来は精神科で診療すべき患者さんが増加していたり、医療供給側もそれに迎合して精神科であるのに「心療内科」を名乗らざるをえないという新たな問題も生じている。

 

2)どのような心身症があるか

代表的な心身症の例をあげる。もとより、これらのすべてが心身症であるということではない。

循環器系  本態性高血圧症 起立性調節障害 不整脈

呼吸器系  気管支喘息 過換気症候群 神経性咳嗽

消化器系  消化性潰瘍 過敏性腸症候群 潰瘍性大腸炎 慢性膵炎 

内分泌代謝系  甲状腺機能亢進症 糖尿病 単純性肥満症

神経系  偏頭痛 筋緊張性頭痛 自律神経失調症

筋骨格系  慢性関節リウマチ 筋痛症 痙性斜頚 書痙 チック

皮膚系  慢性蕁麻疹 アトピー性皮膚炎 円形脱毛症 皮膚掻痒症 抜毛症

耳鼻科領域  メニエール症候群 咽喉頭異常感症 アレルギー性鼻炎 眩暈症 耳鳴

眼科領域  緑内障 眼精疲労 

泌尿器科領域  夜尿症 過敏性膀胱 インポテンツ

産婦人科領域  月経異常 月経困難症 不妊症 更年期障害 

小児科領域  起立性調節障害 周期性嘔吐症 

外科領域  腸管癒着症 ダンピング症候群 ポリサージャリ−

口腔科領域  舌痛症 顎関節症 口臭症

 

3)心身症はなぜおこる -ストレスと心身相関-

心身症のメカニズムはまだ完全に解明されていない。これまでの心理学と脳生理学の研究成果からは、心身症の発症はこころとからだが脳を介して以下のように関連(心身相関)しているためと考えられている。

@現実のストレス過剰によって起こる心身症

心理・社会的なストレスが生体に加わると、情報は脳に伝わってこころの反応とともに自律神経・内分泌・免疫系によるからだの調節が起こる(ストレス反応)。ストレスが強すぎたり、長すぎるような場合には、この調節が限界を超えてしまい、バランスが崩れた状態になってしまう。いじめにあって腹痛で登校できなくなったり、長年の嫁姑の争いで体調を崩す場合など。

Aもともとストレスの伝わり方が異常なため起こる心身症

ストレスがかかったときに本来起こるべきこころの反応がおこらなかったり、ストレスを感じることができなかったりするために適切な対処ができず、バランスが崩れてしまう。こころとからだの関係がバラバラになっている状態であるが、本人はストレスに気づかないため修正ができない。幼少時からの不適切な養育や行動の積み重ねによっても起こるといわれている。残業を重ねて過労死するまで気づかない場合や、食べるということがわからなくなってしまう摂食障害など。

 

4)心身症の診断

こころとからだがどのように関連しているかが診断のポイントであり、心身両面の病歴をきく問診がもっとも重要な診断方法である。問診では発症してから現在に至るまでのからだの症状の経過とともに、それまでの生活史や発症前後の状況、気持ち、病気に対するとらえ方、対処の仕方、周囲の反応、さらにそれによって症状がどう変化したかを時間を追って整理し、その中で患者さん本人が心身の関連に気づくことが必要である。さらに身体検査、心理検査をおこなって他の病気でないことを確認する。実際にはある程度からだの症状とこころの状態に関連がある見込みがあれば、次に述べる治療を試みてみて、さらにその結果で心身相関への気づきを深めていくといった段階的な診断と治療の繰り返しが心身症の診療プロセスである。

 

5)心身症の治療

からだとこころの両面に対し、そのときの状態に見合った治療を選択する必要がある。

@からだから治す

からだとこころの症状に対する薬の治療(対症療法)

ストレス状態を緩和するためのリラクゼーション(自律訓練法など)

不適切な行動・生活パターンを修正(行動療法・森田療法など)

Aこころから治す

こころの状態を整理する(カウンセリング)

こころの動きを理解する(精神分析・認知療法など)

人間関係のパターンに気づく(交流分析・家族療法など)

上記の方法を組み合わせて行いながら、得られた気づきをもとにこれまでのライフスタイル、ストレスに対する対処の仕方をより無理のないものに変えていく作業を続け、症状が改善するとともに心身の状態に早く気づいて適切に対処できるようになれば治療を終了する。


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