全般性不安性障害(不安神経症)
那覇市立病院 精神科
屋宜盛秀
1。はじめに
不安神経症は総合病院精神科において最も多い疾患である。この疾患は中年以降の女性、特に30代〜40代女性の主婦に多く認められ、症状として睡眠障害と自律神経症状、不安感が多い。育児に追われて忙しかった主婦が、子供が保育園や幼稚園、学校へ入学してほっと一息ついたあとに発症している。50代〜60代の主婦の場合は子供が独立して家族状況が変わったり、高齢に達した親が亡くなった後に発症していることが多い。男女いずれの場合も発症前に身内や知人の死や病気に遭遇して、死に対する過剰な不安をいだいた後に発症している。
この疾患は不安発作がおきると身体症状、特に動悸、呼吸困難、めまいなどが出現するため救急外来や内科外来を受診する。こうした外来では一般的な治療としてマイナートランキライザーの投与が行われているが、それだけでは必ずしも十分な治療とは言えず、中途半端な対応がかえって症状を慢性化させてしまったりする。さらに、不定愁訴といわれている多彩な症状の訴えのため、一般外来では十分な時間をとることもできず対応に困難をきたしている。総合病院に精神科があればこうした患者は精神科へ紹介されている。
2.症状と病型
身体症状として睡眠障害(入眠困難)(62%)が多く、自律神経症状は動悸(49%)、食欲不振(25%)、頭痛(25%)、めまい18%)、呼吸困難(16%)などが多い。精神症状として、不安感(93%)、心気症(45%)、いらだち(26%)が特に多い。(図1、図2)
病型を次のように(1)急性型、(2)亜急性型、(3)慢性型 の三つに分けて治癒率を見てみる。
(1)急性型
発症後2ないし4週以内で急性不安発作と動悸、息苦しさ、めまい等の自律神経興奮症状を伴うもの
(2)亜急性型
発症後4週から6カ月以内で予期不安が何回か繰り返し出現し、不安緊張状態に伴う多彩な自律神経症状と、この身体症状を重大な病気のせいではないかと思い込む心気症を伴うもの
(3)慢性型発症後6カ月以上経過し、漠然とした不安感と、持続的な自律神経症状を伴い、心気症と抑うつ気分を伴うもの
病型別の治癒率をみると急性型ー治癒率77%、亜急性型ー治癒率62%、慢性型ー治癒率36%となっており、急性型、亜急性型が治癒率が高く、慢性型が低い。(図3)
発症後6ヶ月以内の急性型が最も治癒率が高く、発症後6ヶ月以内の亜急性型でも62%と3分の2は治癒している。しかし発症後6ヶ月以上経過した慢性型では36%と治癒率が低い。不安神経症が慢性化するには様々な要因があるが、発症後6ヶ月以内の早期受診と早期治療が予後に大きく影響するため、不安神経症の場合も早期の治療が重要と言える。
3。治療
動悸、めまい、呼吸困難などの自律神経症状は、カテコールアミンの過剰分泌によるものである。急性型、亜急性型の不安神経症の場合は、突発的におきるこうした自律神経症状が心臓や呼吸が止まって死ぬのではないかという不安感を増幅し、さらに予期不安が自律神経を興奮させて緊張をもたらすという悪循環に陥りやすい。こうした悪循環を早期に解消することが慢性化を防ぐためにぜひ必要である。自律神経興奮症状に対してマイナートランキライザーが治療薬として使用される。特に動悸に対してβーblockerの併用が症状の改善をもたらしている。さらに亜急性型、慢性型によくみられる心気症、食欲不振、頭痛などの抑うつ症状に対して抗うつ剤を併用することが症状改善に有効であり、スルピリドなどが用いられる。
不安神経症の本態は自己の死に対する過剰な不安にある。精神的な空白状況の中で、身近な人の病気や死を体験したことが契機になって、自分の死に対して急に不安と恐怖をいだくことが発症につながっている。死の不安に圧倒された人々は病院を訪ねて救いを求めるが、不安発作のためにおきた自律神経症状は器質的変化が認められないため、身体疾患として扱ってもらえず身体的医療の対象となりにくい。しかし、この病気は死を恐れることに原因があること、決して死ぬ病気ではないことを患者に納得させていくことが重要な治療のポイントになる。
このため、最初に受診する一般診療科、特に内科においての初期治療で上記のような治療が行われた時に改善している患者はかなり多いと思われる。身体疾患は存在しないことを説明して本人の死への恐怖感をまず取り除いてあげ、死に対する過剰な不安が今の症状を出現させていることを理解してもらえばよいのである。不安状態から抜け出し、安心感を持つためにも、医者の与える言葉と、薬物による身体症状の改善が治療効果を決定する。このよな内科的な治療が困難な時に私達精神科医の元へと紹介されてくることになる。
患者のおかれた状況が良好な場合、薬物療法による症状の改善と医者による死ぬ病気ではないという保証が与える安心感とで症状は改善する。不安神経症になる患者は本人自身このような自分の死に対する過剰な不安を持っていることの自覚に乏しい。むしろこうした自覚がないからこそ不安神経症になると言えるのである。そのために本人が全く自覚できていない心の部分があることを気づかせるだけでも有効な治療になりうる。この自己の死に対するこだわりを克服し、自己の外の世界へ本人の興味と関心を向けることができるようになった時にはじめて不安から開放されるのである。
慢性化した不安神経症の場合は、上記のような精神療法に加え患者のおかれた背景にまで注目し、本人のみならず本人を取り囲む家族を含めた関係者に対する病気への理解を深めることが私達精神科医に課された役目である。ここまでの作業を行うことにより、慢性化した不安神経症に対する治療が進展していくものと思われる。
参考文献
高橋徹:不安神経症,金原出版:1988