ブレインバンク自立案の検討に関する海外取材報告
村山繁雄
東京都健康長寿医療センター神経内科・
バイオリソースセンター・高齢者ブレインバンク(神経病理)
国際アルツハイマー病会議(2017年7月16日〜20日、ロンドン)、ブラジルサンパウロ大学先端神経科学国際シンポジウム(8月27日〜9月5日、サンパウロ)、国際神経学会(9月16日〜21日、京都)で行った、調査結果を報告する。
国際アルツハイマー会議では国立長寿医療研究センター特任研究員として年次報告を行った。それに合わせ、次期国際神経病理学会長で、機関誌Brain PathologyのEditor in ChiefであるLove教授、Queen Square Brain Bank責任者でNeuropathology and Applied NeurobiologyのEditor in ChiefであるHolton教授から情報を得た。
Love教授によれば、英国ブレインバンクは研究者が市民立法として起案・制定したHuman Tissue Actによる国家管理を受けている。研究コホートのコンセンサスの元、2016年4月より組織片一片当たり25ポンドでの請求をし、取り扱い費、輸送費を加えるかたちをとっている。議員・研究者よりなる監査委員会が、黒字が出ていないことを監視する。ブレインバンクの永続性を担保するためとの説明であった。なおNPOとPOで差は設けていないとのことである。
Holton教授とはMichael J Fox財団研究費の元、パーキンソン病の早期病変に関わる共同研究を、後述するHalliday教授を主任研究者として行っている。彼女によれば、MRC研究費の占める割合は少ないが、ブレインバンクの永続性の担保はリソースに委託いただいた提供者への義務であり、研究社会全体でそれを支える義務があるとの明確な主張であった。リソースの蒐集・運用・管理費を使用者に一部負担してもらう意図で、リソースを売るという視点ではないことを強調されていた。
次にコホート・生体試料支援プラットフォーム海外調査費の援助を一部受け、ブラジルサンパウロ大学ブレインバンク先端神経科学シンポジウムで発表し(写真1、2)、取材を行った。
同バンクは行政解剖年間13,000件をベースにし、ブラジル日系人剖検例が含まれていることより、環境が老化に与える比較病理共同研究を、同神経内科長橋准教授と行っていることに関わる成果発表である。
サンパウロ大学ブレインバンクについては多民族間老年性変化の比較GWAS研究(NIH funded)の比重が大きく、PIであるRush大学Benett教授の意向が大きく反映されていた。しかしRush大学が行うReligious Order Study、Rush Longitudinal Study of Aging and Dementiaとも、高学歴のCaucasian Whiteを対象としていること、サンパウロ大学ブレインバンクの場合、死亡診断書を医師が書けない、すなわち生前に医療を受けていない方の行政解剖である点で、inclusion biasの調整には一般死亡統計との調整が必要との私の意見を述べた。この点を我々も痛感しており、現在日系社会への献脳登録同意を推進することで、バイアスの解消の試みをはじめたところである。
今回長橋博士はオランダと共同研究を行っており、欧州で最も国際貢献が大きいオランダブレインバンク責任者Huitinga教授に取材が出来た。オランダではブレインバンクの維持のため研究者が管理・運用費を負担することは当然とされていること、POの使用に関しては、ブレインバンク登録同意書に、根治療法解明のため必要と文書同意を取っているとのことであった。
本邦においては、ドイツブレインネットを主宰していたミュンヘン大学故クレッチマー教授が、POが死後脳リソースを用いる場合、大学に寄付講座を作り、そこで行うことが原則という意見が、日本神経病理学会を支配してきた。しかし、ドイツブレインネット自体は10年継続研究であったが、業績が出ないということで5年目に半額となり、10年目に継続が打ち切られることになった。問題なのは、ドイツの研究者自体がNIH funded Brain Bankの脳の提供を受けることを選択したことである。Huitinga博士はKretchmer博士とは対立していたとのことで、POの援助は永続性の面で重要で、オープンにすること、登録時文書同意を得ておくことで問題ないとの主張は説得力がある。来年度私が事務局長を務める国際神経病理学会(東京)ブレインバンクシンポジウムへの参加を快諾いただいた。
続いて9月中旬に国際神経学会が秋篠宮殿下を開会式にお招きし、京都国際会議場で開かれた。私は国立長寿医療研究センター特任研究員として、高齢者バイオバンク・ブレインバンクプロジェクト報告を行った。その折りにオーストラリア神経科学会会長で、シドニーパーキンソン病ブレインバンクを主宰するHalliday教授に取材した。研究者への課金は、ドライアイス代と運送費のみとのことであり、現在コホート・生体試料支援プラットフォームでコンセンサスを得ている方法と近い考えであった。
米国NIH fundedブレインバンクの場合、CEOのcounter signがあれば、企業研究者は自由にブレインバンクリソースを使用出来る。パテントに関しては、NIH、Brain Bank間で比率が検討される。NIH fundedブレインバンクは学術審査、倫理審査が通れば国際社会にオープンであることになっているが、本邦研究者の場合学術審査をクリアすることが極めて難しい状況にある。
米国Sun City Body Donation Program主宰Beach医師は、リソース提供申込みに対し、最初は小数のフリーサンプルを提供し、うまく行きそうな場合は共同研究者として研究費を要求している。企業研究者の場合は維持費の支払いを上乗せするとのことである。Beach医師も来年国際神経病理学会に参加いただく予定である。ブレインバンクの永続性のための国際シンポジウムで討論出来ればと考えている。
今回三つの国際会議を通じ、ブレインバンクの永続性の担保に各国の取り組みを知ることが出来た。競争的研究費にのみ依存するのには限界あり、研究者社会全体が支える視点が必要であること、企業への提供についてはコンセンサスを構築していくことが重要である。私は次期日本神経病理学会理事長に選出されており、これを学会の最重要テーマの一つとして、今後さらに努力していく所存である。ご指導・ご鞭撻の程、よろしくお願いします。