スウェーデン日記
No.17 白川博士のノーベル賞受賞記念講演
2000/12/08
会場はストックホルム大学のAula Magnaという大講堂
内部も木目が非常に美しいホールです。
白川博士は、初めはずいぶんと緊張されていたようで、ちょっと声がうわずっていましたし、英語も決して流暢というわけではありませんでした。それにもかかわらず、講演の内容は、私のような専門外の人間にもそれなりに分かるようなもので、OHPを使いながら丁寧に解説をされていました。日本の新聞記事によると、白川博士は授賞式以上にこの記念講演が今回のイベントのなかでもっとも重要と考えていたそうで、終わった後は、100点満点で50点の出来、と評価していたとのことです。日本の新聞は、このことを自分自身に辛口の評価を付けた、と書いていましたが、実際の講演を聞いた人間の視点からすると、本人にしてみれば、もっとうまくやれたはず、という思いがあったのかもしれません。
私が注目していた点は、最初にポリアセチレンの薄膜ができたときのエピソードです。日本では、一緒に実験していた大学院生が触媒の量を千倍に間違えてしまい、その偶然の発見が今回の受賞につながった、と報じられていました。この大学院生というのは、韓国からの留学生だったのですが、日本のテレビでこの研究者のインタビューを放映していたのを見たところ、自分は間違えたのではない、いろいろと試行錯誤していたのだ、と話していました。韓国では、この研究者がノーベル賞受賞者に含まれなかったことに対して、異論が上がっていたようです。
白川博士は、この辺の経緯について、以下のように述べました。まず、最初の謝辞で、当時の研究室の人たちの名前をあげたときに、この韓国人の留学生について、最初にポリアセチレンの薄膜ができた時の偶然に立ち会う幸運を分かち合った人物、と紹介しました。つぎに、この千倍量の触媒については、ミリモル単位をモル単位と間違えたのは確かなのだが、どうしてそのようなことが起こったのかわからない、私が彼に量を伝えるときに間違えたのか、それとも彼がノートを見間違えたのか、よく覚えていない、と述べました。この韓国人の留学生が試行錯誤していたかどうかについても、述べませんでした。
率直なところ、この辺の経緯の説明は、いまひとつ歯切れが悪かったように私は感じました。しかし、今となっては、この韓国人の留学生が自主的に千倍量の触媒を入れたのか、それとも彼が誤って千倍量の触媒を入れたのか、真相は不明です。
一般的な話をすれば、残念なことではありますが、科学者の世界では、功績の奪い合いは、けっして珍しいことではありません。けれども、今回の講演を聞いていてよく分かったのは、白川博士のノーベル賞受賞は、けっしてこの偶然の発見に対してではなかった、ということです。この偶然の発見を見逃さず、その真の意味を追求し、アメリカに留学して今回の2人の共同受賞者とともに、実際に電気を通すプラスチックの開発に成功したことに対して、ノーベル賞が贈られたのです。
偶然は、すべての人の前を通り過ぎます。しばしば、そのような偶然は、重要な転機だったりします。しかし、その偶然をきちっと捕まえて、それを大きく発展させることに成功できるのは、ごく一部の人です。これは科学者に対して特に言えることですが、どのような職業の人に対しても言えることかもしれません。
そう言う意味で、今回、白川博士の講演を聞いて、私にはいろいろと学ぶところがありました。
演壇の飾り付けにも格調の高さを感じます。
はじめは緊張されていたものの、なかなか良い講演でした。
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