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登山中に思わぬ事故に遭遇しても、山中では医療機関への搬送が非常に難しい。登山者は万が一にそなえて現場できる救急処置をぜひ知っておきたい。先日、このような登山者のニーズに合わせた山岳ファーストエイド(入門編)の講習会を開いた(2017年6月25日)。その講習会の最後に受講生から自由に質問を受けた。その中に「登山で靴が濡れたら、靴擦れ(まめ)ができて困りました。どうしたら靴擦れを予防できるのでしょうか?」という質問があった。この機会に改めて靴擦れ発生するメカニズムについて皮膚の解剖学から考察した。

毛細血管を曲げる応力は、皮膚表面に加わる摩擦力に比例する。摩擦力は圧力に摩擦係数を乗じた値(=圧力×摩擦係数)で決まる。摩擦係数を減らせば、同じ圧力が皮膚にかかる条件でも摩擦力を減らせるので、靴擦れは起こらない。靴下を履く大きな理由の一つには、皮膚にかかる摩擦力を減少させる目的がある。靴下を着用すると(1)靴と靴下、(2)靴下と皮膚の2重の滑り面ができるので、素足で靴を履く状態よりも、皮膚に加わる摩擦力が小さくできる。ただし濡れると、靴下がぴったり皮膚に張り付いて、滑らなくなるので、突然大きな摩擦力が皮膚にかかるようになる。その結果靴擦れが起こりやすくなる。綿の靴下は、吸湿性が高いので、日常生活では快適ではあるけれども、濡れてしまうと急激に摩擦係数が増大する性質がある。登山やランニング用の靴下は、濡れても摩擦係数が増大しにくい(肌に密着しにくい)アクリル系やウール素材が使われる。二重にソックスを履く古典的な靴下の装着方法は、(1)靴とアウターソックス、(2)アウターソックスとインナーソックス、(3)インナーソックスと皮膚の3層構造の滑り面を作り出して、摩擦係数を小さくできる。その結果靴擦れ(まめ)を予防する効果が高い。

床擦れ(褥瘡)も靴擦れ(まめ)の発症メカニズムには共通性がある。皮膚に圧力が加わっただけでは発症しない。皮膚を横にずらす応力が長時間作用することが、床擦れ(褥瘡)を起こす要因と考えられる。「すれと摩擦の関係-----日本褥瘡学会」http://www.jspu.org/jpn/event/pdf/13thmeeting_01yoneda.pdf
皮下脂肪組織や筋肉組織には弾力性があるので、皮膚に加わる応力を吸収する能力がある。痩せて四肢骨格筋量の低下(Sarcopenia)した老人は、床擦れ(褥瘡)を起こし易くなる。このような老人の体にピッタリ合う、表面円滑なレオタードを着せることができれば、皮膚に加わる摩擦力が軽減して床擦れ(褥瘡)を軽減できるはずである。一般的なスポーツウエアでは寝たきり老人に脱ぎ着させることは難しいので実用的ではないが、脱着を容易にする工夫をすれば、レオタードは斬新な床擦れ(褥瘡)予防服に変身するだろう。

三浦裕(みうらゆたか)
日本登山医学会認定 国際山岳医
Yutaka Miura, M.D., Ph.D.
Associate Professor at Molecular Neurosciences
Department of Molecular Neurobiology
Graduate School of Medical Sciences
Nagoya City University

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(Last modification  July 3, 2017)