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自閉症児の母親…深見憲さんの話を聞いて

NHKラジオラジオ深夜便「明日へのことば」---親しか見いだせない 子どもの潜在能力---

この子の予後がよくなるように育てる
2010年7月20日午前4時5分、ラジオの話で目覚めた。
深見憲さまの話は本当に迫力があった。その息子の深見ひろし君は生まれて1歳になる前からレコードでベートーベン聞き入って喜んでいたそうだ。その真剣な様子は尋常ではないと思った。音楽を聴かせていれば手がかからないいい子だった。3歳児健診の際に看護婦さんに指摘されて専門書を集めて読んで「言葉が遅い。異常に鋭い感覚がある。こだわりが強い。」という3つの特徴が当てはまる自閉症であることに初めて気付いた。ただし専門書には「成人後の予後が悪い」と書いてあるだけで、幼い子供をどのように育てたら改善できるのか?何も書いてない無責任なものだった。夫婦二人で、意を決して、専門書などは信じないで、二人だけでこの子の予後がよくなるように育てる約束をした。

納得させる努力
しかし、具体的にどう育てたらよいのか分からない。病院で巡り会った素晴らしい先生から、この子の特性を生かしてプラス思考で人生を作りだしましょう、と言われた言葉が励みになった。養護学校の趣意にも合致しないので入学させることを諦めた。自閉症の子は新しい行動を起こすことは非常にむずかしいので、新しい行動を起こす前に「お約束がきちんとできたら、お休みには、大好きなお父さんと遊んでもらおうね。」と納得させる努力を繰り返しながら、少しずつ新しい行動を学習させることに成功した。

大好きなレコード
自閉症は一般に言語能力が低いと言われていている。しかし、ひろし君は中村メイコのお話のレコードは大好きで毎日聞き続けてすべて覚えてしまう素晴らしい言語理解力があった。しかし、それでも相談所の専門家から「レコードの言葉ばかり聴かせていては、他人との会話訓練ができないので、レコードをすべて隠しなさい」と助言された。そこである日、専門家の助言を信じてレコードをすべて隠してみたところ、朝起きて異常を感じたひろし君はレコードが皆消えているのに気がついた。その瞬間から大声で泣き叫び大粒の涙を流した。号泣はいつまでも止まらないように思えた。しかし母親も父親も姉も、専門家の言うことなのだからと、皆で我慢して見守っていた。かなり長い時間泣いていたが、突然にパタット泣き止んで虚脱状態になってしまった。まるで死んでしまったように動かなくなった。それを見ていた父親は、倉庫に走っていって、隠したレコードを取り出して泣きながら戻ってきた。「御免ね、御免ね。ひろし。ひろしの本当に好きな事をして、好きなだけ楽しもう。一生おとうさんと、おかあさん一緒に楽しく生きていこう!」と父親はひろしをギューと抱きかかえて泣いたそうだ。

我慢、我慢、我慢が大切
ひろし君が大好きだったお父さんは、当時は大分大学の経済学部教員だった。その大好きなお父さんが44歳の時に突然脳出血で倒れた。完全失語症と右完全麻痺状態になり、医者からは寝たきりの植物状態で余命は数年ぐらいだろうと言われた。その事件で家族は経済基盤を失って地獄のような貧困生活になるはずだったが、貧困ではあるが、ひろし君が母親を手伝って父親の介護をする素晴らしい生活が始まった。衣服の着脱から下の世話まで半身不随患者の介護は重労働だが、ひろし君が毎日大活躍して父親を介護した。かつて父親から、ひろし君は「我慢、我慢、我慢が大切」と言われて育てられてきたが、今度はひろし君が「我慢、我慢、我慢が大切」と父親に言い聞かせながら介護をする。父親の存命中に、ひろし君は、完全予約制のお菓子屋さんの店主になる。その開店に立ち会った父親は、何も話せないにもかかわらず事情を正確に理解して、顔を真っ赤にして喜んだそうだ。ひろし君に18年間も介護してもらう幸せを感じながら、享年62歳で亡くなった。

こだわりお菓子屋さん
お客さんが出入りする通常のお菓子屋さんには、突然見知らぬ客が店に入ってくるような状況があり、人とのコミュニケーションが下手な自閉症患者が対応することは非常に難しいことを予想して、完全予約制にしたそうだ。たった1種類のクッキーと1種類のフルーツケーキだけのレパートリーに限定して、厳選された材料で作るこだわりお菓子屋さんである。製品はすべて顔の分かる予約者だけに直接お届けする。自閉症患者は他人とのコミュニケーションが下手だとされているけれども,築かれた人間関係は強固ですばらしく信頼性が高い。

他人を裏切らない誠実さ
人間は、刻々と変化する状況を判断して適応する臨機応変に生きる能力がある。小さな状況変化でも重要な意味がある場合もある。雑音として無視するべき変化もある。通常は瞬時にその価値判断をしながら、微小な変化はいい加減に無視して気楽に生きている。しかし自閉症患者はあらゆる微小な変化に、大きな意味を見出して恐怖感すら抱いてしまう。恐怖感から逃げるためには、自己防衛的に自閉的になるのだろう。ひろし君の場合には、バスの中に眼鏡をかけた人が一人新しく加わるような変化にも恐怖感を抱いて、奇声を発してそのバスに乗れなくなってしまうことがあったそうだ。多くの自閉症の子供らは、小さな変化に執着して、円滑に通常の仕事を処理できないと言われている。しかし、ひろし君の場合には、この自閉症の欠点と思われる執着心を有効に活用することで素晴らしい仕事をこなしている。お菓子作りに必要な計量は極めて厳密でいい加減さがない。毎日の介護も手抜きなく誠実に仕事をする。どんな面倒な作業も、いっさい手を抜かずに、飽きる事なく継続的できる性質は、職人業としてのお菓子作りや、苦労の多い介護の献身的な仕事に役立っている。自閉症の特性として一般にはネガティブと思われていた性質を、忍耐力や他人を裏切らない誠実な性質に昇華できることに感激しました。

家族みんなの幸せ
母親や父親によって潜在能力を引き出してもらったひろし君は幸せだ。その幸せはひろし君だけのものではなく、家族みんなの幸せの礎になっているように感じた。脳卒中を起こした父親も、ひろし君の献身的な介護を受けながら、この世の幸せを感じながら晩年の18年を過ごしたことだろう。深見憲さまは「親しか見いだせない 子どもの潜在能力」を引き出すことに成功した素晴らしい母親だと思いました。

三浦 裕
名古屋市立大学医学部分子医学研究所分子神経生物学(生体制御部門)准教授


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(Last modification, July 21, 2010)