ベトナム医学を代表する書は18世紀の黎有{日+卓}(海上懶翁)『医宗心領』全64巻で、その19世紀刊本には「板留北寧省慈山府武江縣大壮社同人寺」などと記される。本書を調査していた時、ちょうどDINH KHAC Thuan氏が閲覧室に来ていたので場所をたずねると、北寧(バクニン)はハノイの東60キロくらいで遠くないという。また、そこはベトナム楮紙の名産地とのこと。ただ『医宗心領』の版木がまだ同人寺にあるのか、同人寺自体も現存するかは分からないので、バクニンの知人に調べてもらうとのことだった。その数週間後、まだ版木が現存するらしいと分かり、一緒に調査することになった。
9月11日の金曜午後、研究所の車を出してもらい1時間半ほどでバクニン市に着き、文物管理局?の知人と版木が保管される完成間近のバクニン博物館に行った。左写真の右から館長・文物管理局員・DINH KHAC氏。右写真は北爆の米軍爆弾で、裏口前に無造作に置いてあったのには驚く。DINH KHAC氏が最近、影印出版したバクニン省の地誌を館長が購入したばかりだったためか、すぐに版木の調査許可書を書いていただけた。
版木は厳重に施錠された部屋に仏像などともに保管されていた。現存はおそらく1400枚ほどで、約2800葉になる。『医宗心領』は未刊部分がどうも計8巻ほどあり、刊行されたのは約4000葉なので、その2/3ほどが現存することになる。なお一部に仏典の版木もあった。
これら版木は1866-1885年にかけて刻板されたので百数十年前の物となり、ひび割れや虫損もなく、写真左のように良好な状態だった。版木は中国の2倍ほど厚く、一般の日本版よりやや厚い程度。また表面と裏面の文字を上下逆方向に彫板する点が日中と異なっていた。この版木で博物館は写真右のように試し刷りもしていた。まだ本格的に研究されていないので、今後の進展を期待したい。この簡単な調査の後、当版木を元々所蔵しており、まだ市内に現存する同人寺にも行ってみた。