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真柳誠「漢方修治の妙」『NHK知るを楽しむ 歴史に好奇心(教育テレビ2007年4-5月)』3巻4号140-143頁、2007年4月


漢方修治の妙

真柳 誠
まやなぎ まこと 茨城大学人文学部教授。1950年生まれ。博士(医学)。専攻は中国と日本の医薬学史・医薬文化交流史。中国医学が周囲の国々で受容されて固有の伝統医学が形成された歴史を研究するため、近年は世界に現存する古医籍を実地調査している。主な共編著は『日本版中国本草図録』『和刻漢籍医書集成』など。


修治とは

 修治とは生薬素材に対して医薬的価値を高めるために行なう加工操作のことで、炮炙・炮製とも呼ばれる。つまり修治には生薬素材の採取から調剤までの全過程が含まれるが、一般には採取・洗浄・乾燥以降の加工操作を狭義に修治と呼んでいる。江戸時代に大流行した明代の薬学書『本草綱目』(1592)が修治と表現するので、日本でもそう呼ぶようになったが、現在の中国では一般的に「炮製」という。


歴史

 修治の背景には薬食同源の思想がある。したがって後述のように調理法と相当に類似や共通する操作があり、中国古代より食品加工法の発展と並行して様々な方法が開発されてきたと考えられる。

 古くは中国長沙市の馬王堆より出土した前数世紀の医書『五十二病方』に、「咀」「冶」「淬」「炮」「燔」「熬」などの修治を指示する記載が見える。後漢時代3世紀の書に由来し、今も漢方のバイブルとされる『傷寒論』『金匱要略』には、約70種類の薬物に修治が指示されている。たとえば桂皮という樹皮薬ではコルク層(アラ皮)を除去する「去皮」、甘草には水などで炒める「炙」、麻黄は茎に節があるのでそれを切り去る「去節」などである。のち六朝時代5世紀には修治法を集大成した『雷公炮炙論』が著され、後世に大きな影響を与えた。日本でも曲直瀬道三の『炮炙撮要』(1581)、稲生若水の『炮炙全書』(1689)などの専門書が著されているが、現在は『傷寒論』『金匱要略』の修治指示も一般には多くが省略される傾向にある。


多彩な方法と効果

 現在の中国では各地の伝統的修治法を調査・整理して出版する一方、日本の『薬局方』に該当する『中国薬典』や伝統医薬大学の統一教材『中薬(中国生薬)炮製学』などで、地方でまちまちな修治法に基準設定をはかっている。また後者の『中薬炮製学』では標準的修治法を大別し、各々に具体的方法と効果を解説している。これを簡単に紹介しよう。

 (1) 炒法
 生薬を炒める方法。なにも加えず直接炒める場合と、砂や黄土・伏竜肝(使い古したかまどの底の土)・滑石・米などの固体を加えて炒める場合がある。炒める程度は色づく程度の炒黄、表面がこげる程度の炒焦、大部分を炭化させる炒炭の3段階がある。それらの効果は以下のように説明される。
 ①成分抽出率の向上:種子薬を炒めて種皮を破裂させるなど。
 ②矯臭:麦芽・動物薬などの生臭さを消し、焙じた香ばしさを付加する。
 ③不要な作用の緩和:気力を損なうことがある牽牛子や、胃腸を乾燥させることがある蒼朮などの作用を弱める。
 ④必要な作用の増強:出血を止める生薬では炒炭、下痢を止める生薬は伏竜肝で炒め、それらの作用を増強する。

 (2) 炙法
 酒・酢・塩水・蜂蜜・生姜汁・油脂などの液体を加えて炒め、それらを生薬に浸透あるいは付着させる方法。以下のような効果があるとされる。
 ①薬能の増強ないし改変:酒炙は薬物の血行促進作用を強め、薬効を胸部以上に導く。塩炙は強精や体を潤す作用を強め、薬効を下半身に導く。酢炙は鎮痛、姜炙は鎮吐・鎮咳、蜜炙は気力増加・鎮咳、油炙は強精の作用を付加ないし強める。
 ②主作用・副作用・毒性の緩和:麻黄は発汗作用が強いので、虚弱者に使用する場合は蜜炙する。厚朴は気を下す作用があるので、ノボセのない人に使うときは姜炙する。毒性の強い大戟・甘遂などは酢炙で解毒する。
 ③矯臭・矯味:香気の強い乳香・没薬などは酢炙し、苦味・渋味のある栝楼仁は蜜炙する。

 (3) 煅法
 生薬を炉中で高温に加熱する方法のこと。無機質の場合は次の効果があるとされる。
 ①収斂作用の増強:竜骨・牡蛎・明礬など。
 ②粉砕の便:鉱物薬全般。
 植物の場合は無酸素的にいわゆる「黒焼き」とし、次の効果を求める。
 ③止血作用の増強:本作用のある血余(頭髪)・灯心草を黒焼きとして使用する。
 ④毒性の緩和:乾漆は毒性が強いので、黒焼きで使用する。

 (4) 蒸煮法
 水・酒・甘草煎液・石灰水等で生薬を蒸したり煮たりする方法。以下の効果を求める。
 ①毒性・副作用の緩和:烏頭は猛毒があるので、甘草煎液などでよく煮て解毒した製烏頭を用いる。
 ②薬性・薬能の改変:地黄は体を冷やすので、冷え性の人には酒で煮た熟地黄を使う。何首烏は通便作用があるが、黒大豆の煎液で煮ると通便作用が消えて強壮作用が生じる。
 ③洗浄、非薬用部の除去:真珠を薬用するときは水で煮て洗浄してから粉末とし、モモやアンズの種子を軽く煮てから種皮を除いて生薬の桃仁・杏仁とするなど。

 以上の他にも、点眼薬などに用いる鉱物を微細粉末とする水飛法、消化促進薬などを製造する発酵法、臭気を消す煨法、毒性油を減少させる製霜法などがある。


修治の現代的意義

 上述の各法と効果から分かるように、いまの中国で行われている修治の主な目的は、毒性・副作用の緩和と必要な作用の増強・改変にある。しかしこの対象とされる毒性や副作用に、はたして修治の必要があるかどうか疑わしい生薬もある。たとえばサトイモ科カラスビシャクの塊茎である半夏には強い粘膜刺激性があり、歴代の中国薬物書は有毒と記載してきた。現代の中国でも未修治の半夏はトリカブトの根である附子と同レベルの劇薬とされ、煎剤にも修治した半夏だけを使用する。逆に現代の日本では煎剤に未修治の半夏しか使用しないが、かつて中毒例も副作用例も起きていない。これはサトイモと同様、半夏の粘膜刺激性も煮るだけで消失するためである。

 さらに作用の増強や改変のため、中国医学理論に基づく生薬の気味・帰経・升降浮沈という性質を、修治で変化させるという。しかし、そのようなことが起こりうるのか、現代科学で検証するのはまだ不可能に近い。一方、修治で成分等に物理化学的変化が生じているのも間違いない。事実、伝統的修治法の成分化学的背景が徐々に証明されている。さらに日本で開発された加工附子のごとく、科学研究をふまえた新たな修治法も生まれている。

 漢方は多種多様な生薬成分が一体となって作用することが解明されはじめており、「健康によい食生活」と似た側面がある。薬食同源ともいえる修治法にも、今後は一層の検討が加えられるべきだろう。