真柳誠「書籍紹介 小林健二・宮川浩也編『素問・霊枢総索引』」
『日本医史学雑誌』40巻2号245-247頁、1994
『素問」と『霊枢』が中国系伝統医学のもっとも重要な古典であることは言うまでもない。古くは後漢ころから医学の典拠とされ、その一宇一句は現在もことあるごとに取り挙げられる。まさしくバイブルといえよう。それゆえ中国文化圏のみならず、今は欧米でも読まれており、各種研究は厖大な量に達している。
ただし、両書には困った問題が少なくない。ルーツは紀元前に遡るため、難解な語句に富むこと。著者も一人や一流派ではなく、しかもかなり長い期間にわたっていること。少なくとも数段階以上を経て出版物となったが、写本時代の原本は一つも現存していないこと。初版本もすでになく、のちの良質とは認め難い翻刻本による研究が大多数であること。などなど……。
しかし両書にあたって調べたり、読まねばならないことは実に多い。ともかく医用語の古い用例の宝庫なので、必見の書である。先日も「虚弱」の表現のルーツさがしを依頼され、『素問』にその早い用例があり、虚は気の、弱は身体の衰えであることを知った。医療方法・思想のルーツ的記述も多い。
こうしたとき原本や解説書をめくっても、その文字量ゆえ完璧はとうてい期しがたい。頼るは工具書となる。両書の語句索引はこれまでもなくはなかった。早くは幕末に山田業広が『医経声類』を著しており、ここ十数年になって日本・中国から編集方針を異にした索引書や辞典が出ている。しかし完璧性や使用底本の善本性等で、いずれにも不安を覚えずにはいられなかった。
このたび出版された当索引は、その多くの問題をクリアしている。『素問』『霊枢』ともに底本は現存書中、最善の版本を使用すること。その全経文をコンピュータ処理し、一字索引としたこと。当該字の前後の経文も示し、その所在を巻・丁、丁のウラ・オモテ第幾行まで示したこと。親文字を音訓と画数の三とおりで検索できること。コンピュータ出力により印字していること。これらにより典拠文字の信頼性、検索の完全性、誤植の排除、利便性が達成された。いずれにおいても、従前の工具書をはるかに凌駕したと評してよい。じっさい私もしばしば利用し、実に重宝している。幾度となく舌もまいた。
ただ漢字の専門家からすれば、まだ問題もあろう。コンピュータ出力のためJIS漢字を使用せざるを得ず、その複雑な問題をかぶってしまった。それでJIS漢字以外の外字を含め、正字と略字で同じカンムリやヘンでも形や画数の異なる二種が混在する場合もある。あるいは原本に忠実にコンピュータ入力しているため、その誤刻、己・已・巳や搏・傳などの無区別を踏襲している。これらは注意しておかねばならない。
音訓索引にも若干の難点がみられるが、いずれにしても本書の利便性・完璧性をいささかも損なうものではない。欲をいえばピンインによる親字索引も付けてほしかった。『素問』『霊枢』の利用者・読者が圧倒的に多い中国でも、本索引が使用されるべきだからである。しかし、そこまで良くなると海賊出版や盗作される可能性もありえよう。無責任にいえば、それはそれでいいことかも知れないが。
ともあれ労力をいとわず本索引を完成させた編者の先見性と熱意は、ただものではない。おかげで『素問』『霊枢』も、十倍は楽に楽しく使用できるようになった。こんな果実を人々に公開してよいのか、とも思うほどである。安直な利用者ではあるが、当索引の完成と出版を心から喜びたい。
(真柳 誠)
〔日本内経医学会、一九九三年、B五判、九一四頁、定価三五○○○円〕