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真柳誠「薬性論の検討(第5報)  宋以前の薬効記載における経絡表現と帰経・引経説の萌芽」
(日本東洋医学会第47回学術総会、1996年5月11-12日、横浜)『日本東洋医学雑誌』46巻6号98頁

宋以前の薬効記載における経絡表現と帰経・引経説の萌芽

真柳誠(東京/北里研究所東洋医学総合研究所・医史学研究部)

[緒言]帰経・引経説の概念が解剖書等の影響で金代に形成された過程、その基底に唐以前からの臓腑用薬があることはすでに報告した。今回はもう一つの要素である経絡との関係を史的に検討した。

[方法・結果]北宋以前の文献より、薬物自身が経絡に作用する帰経的記載と、他薬の効果を特定部位や経絡に作用させる引経的記載を調査した。

  帰経的記載は以下のものがあった。1-2C『神農本草経』大棗:助十二経。3-5C『名医別録』甘草:通経脈。713-41『食療本草』胡桃:通経脈、乳腐:益十二経脈、緑豆:行十二経脈。907-25『海薬本草』阿勒勃:通経絡。1058『本草図経』瞿麦:通心経、蘇葉:通心経。11C末『史載之方』某処方:宜行其腎経、清涼之薬:解利肺経。1116『本草衍義』天竹黄:涼心経。1154前『本事方』真珠母:入肝経。このように漢〜唐・五代までは漠然とした経絡への作用表現だったが、11世紀中頃より臓腑とむすびついた具体的経絡への作用表現が出現している。

  引経的記載は以下のものがあった。『神農本草経』菌桂:為諸薬先聘通使。『名医別録』桂:宣導百薬、白附子:行薬勢、酒:行薬勢。5-6C『雷公炮炙論』緑蛇:令引薬。937-57『食性本草』薄荷:能引諸薬入栄衛、酒:引石薬気入四肢。『本草衍義』沢瀉:引接桂附等帰就腎経、桑白皮:接  蛸就腎経。『本事方』椒:引帰経、粥:引風湿之薬径入脾経。1178『楊氏家蔵方』酒:引薬入経絡。このように漢代〜唐・五代までは他薬の効果を身体に行き届かせる表現だったが、12世紀初頃より臓腑とむすびついた具体的経絡への作用表現が出現している。

[考察]萌芽的表現が11世紀中頃から急に帰経・引経的表現へ変化した背景に、当時の校正医書局が印刷普及させた本草・仲景医書・『素問』等を統合的に理解しようとした時代風潮が窺われる。

[総括]帰経・引経説の萌芽的表現は漢代からあり、先駆的表現は11世紀中頃以降出現した。