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真柳誠「韓国現存古医籍の特徴」、第106回日本医史学会総会(紙上発表)、東京・北里大学薬学部、2005年6月25・26日、
『日本医史学雑誌』51巻2号326-327頁、2005年6月
韓国現存古医籍の特徴
On the Characteristics of Extant Medical Classics in Korea
真柳 誠(茨城大学人文学部)
〇三年と〇四年に計六〇日ほどソウルにて古医籍を調査した。訪書したのは韓国で古典籍蔵書が最大の奎章閣と国立中央図書館である。両機関に次いで古医籍蔵書が多いのは製薬会社の韓独医薬史料室だが、現在は書籍担当者がいないため調査をあきらめた。
奎章閣は李氏朝鮮時代の宮廷蔵書を保管・公開・研究する機関で、ソウル大学に附設される。前身はソウルの景福宮に正祖が一七七六年に建てた李朝蔵書閣で、公文書保管所・図書館・学問所としての機関だった。一九一〇年からの日本統治で朝鮮総督府の所管、一九二四年の京城帝国大学建校で附属奎章閣となり、一九四五年にソウル大学附属とされた。
蔵書目録は『奎章閣図書韓国本総合目録』と『同中国本総合目録』がある。両目録の医家類著録書を調査したが、古典籍に該当しない書は割愛した。また医家類以外に分類されていても、明らかな医薬書や医薬関連記述の多い書も調査対象とし、全てを完了した。それらは『韓国本目録』で一三八点、『中国本目録』で九二点に及んだが、一部の中国書は両目録に重複して著録される。なお奎章閣はその来歴ゆえ日本書が明治~昭和時代を含めて一三〇点と少なく、うち医薬書は『医心方』卷二二の昭和複製本一点のみだった。
注目されたのは奎中1742の(明)王鳴鶴『軍中医薬』〔光海君時〕訓錬都監活字本一冊一八葉で、三木栄『朝鮮医書誌』に未著録かつ中国で散佚した書。道家類に分類される615.135-So56s.-v.1の著者未詳『素問句読俗解』〔一九--〕木活字本一冊(零本)は『三木誌』『韓医薬書攷』に未著録、さらに現存唯一の朝鮮作中国医学古典注釈書だった(のち中央図書館に『黄帝内経素問大要』一九〇六木活字本を見いだした)。
韓国国立中央図書館の前身は一九二三年設立の朝鮮総督府図書館。当時は神田でも購書したため、和刻本や日本古典籍の蔵書が多い。一九四五年以降は日本統治時代の他機関蔵書も移管され、現在も古典籍を積極的に購入している。目録では『韓国国立中央図書館東洋古書目録』四・五・六および『同外国古書目録(中国・日本篇)Ⅲ』に古医籍が著録されるが、最近の収蔵書は載らない。
一方、全蔵書のデータベースが完成していて個々に検索できるが、分類では検索できないため蔵書数が分からない。調査時に古医籍を三六八点まで検索し、一〇五点を閲覧したので、韓日中の古医籍蔵書は五〇〇点を超えるだろう。注目された書は古貴7651-5の李希憲監校『黄帝内経素問』光海君七年(一六一五)木活字本九冊で、『三木誌』に未著録かつ現存唯一の朝鮮版中国医学古典である(当版本は鶴見大学図書館にも所蔵される)。
これら調査結果と他機関の蔵書目録より、李朝末期までに著された韓国医籍は『三木誌』『韓医薬書攷』に未著録書も含め、三〇〇種ほどが現存すると推知された。医書出版は李朝初期に多いが、韓国医籍の数が日本書や中国書の各一万種ほどよりはるかに少ないのは、李朝時代に商業出版が殆どなかったことによろう。それらの大多数は臨床医学書で、基礎医学の内経系医書では『素問』注釈書が一点だけ現存し、仲景医書・中国本草など古典研究書は一点も見当たらなかった(のち中央図書館に『仲景張先生傷寒纂要』『傷寒摠法』、および『本草綱目』の附方を抜粋・病門編纂した『本草方』を見いだした)。
一方、韓国に現存する中国医書は漢代以降の全時代に及ぶが、大部分は明清代の書である。中国刊本はほとんどが清版・民国版で、それ以前の版本はきわめて少ない。朝鮮版中国医書も多くはなく、大部分は明医書の復刻で、古典は『素問』の復刻が一種あるのみ。それ以外の内経系医書や仲景医書・本草書など復刻書は一点も見当たらなかった。出版回数の多かった朝鮮版中国医書は明代の医学全書で、同様の流行は日本やベトナムにもあって興味深い。他方、法医学書『洗冤録』の研究書が多く復刻されており、中国・日本・ベトナムにない傾向といえる。
本報告は平成十六年度文部科学省科学研究費特定領域研究(二)「東アジアにおける医薬書の流通と相互影響」による。