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中国本草の渡来・受容年表−16世紀以前
554.2医博士の奈率王有陵(陵はりっしんべんの字) 陀と採薬師の施徳潘量豊・固徳丁有陀が百済より来る(日本書紀)
562.8 呉人・智(知)聡が 「内外典・薬(本草?)書・明堂図等百六十四巻」 を持参(新撰姓氏録)
602.10百済僧・勧勒が「方術之書」などを持参(日本書紀)
701 大宝律令(医疾令)で医生・薬園生のテキストに「本草」(『本草集注』)を指定(これを833年成の『令義解』が「新修本草二十巻」と注するのは、833年段階で『新修』が正規テキストのため)
703 頃 藤原宮跡出土木簡に「本草集注 上巻」の記述、また薬名万葉仮名ではなく人参・西(細)・久(苦)参などの漢名かつ呉音で記し、本草知識の半島経由を示唆(丸山、2007)
731.7.17田辺史(真人)が『新修本草』を書写(旧仁和寺本巻15奥書)
733『出雲国風土記』に産出薬を多数記録
734「法隆寺伽藍流記資材帳」に沈香・青木香・丁字・白檀など香薬11種を記録。その一部は東京国立博物館に現存し、パフラビー文字・ソグド文字の刻字・焼印があり、産地−南海交易路−中国−日本のルートを示唆
739.12.10勃海国王・欽茂の使、珍蒙が入京し、人参30斤ほかを進上(続日本紀、日本正史に人参の初出
748.6.10正倉院文書写章疏目録に「新修本草廿巻」の記録(大日本古文書・巻3)
756.6.21聖武天皇崩御の77忌に孝謙天皇・光明皇后が東大寺盧舎那仏に60種の薬物を献上(種々薬帳)し、その一部は正倉院に現存
757.11.9 諸国医師レベル低下し医生テキストに「本草」(『本草集注』)『大(太)素』『甲乙』『脈経』、針生に『素問』『針経』『明堂』『脈决(訣)』を指定の勅(続日本紀)
787.5.15典薬寮が『新修本草』の採用を上奏(続日本紀)
799.2.21 和気広世が大学にて『新撰薬経(新修本草)』『大(太)素』等を講義(日本後紀)
820.12.25針生のテキストに『新修本草』などを指定(日本紀略)
831『秘府略』巻864に『呉普本草』『本草集注』を引用
834.12.19空海が上奏文に『太素』『本草』を記す(続日本後紀)
891-97頃 『日本国見在書目録』に本草書約28種ほか中国医書多数を記録
898-901昌住『新撰字経』に『新修本草』を利用
918頃深根輔仁『本草和名』に約23種の本草書など計70余の中国書を引用
927『延喜式』に「新修本草三百十日」の修学規定を記録
922-31頃源順『和名抄』に『食療本草』など中国本草約17種ほか中国医書多数を引用
984『医心方』巻1と30に『神農食経』など約14種の中国本草書を引用
991.2.29具平親王『弘決外典抄』に「神農本草(集注)三巻、新修本草二十巻」を引用
1002惟宗允亮『政事要略』に『新修本草』を引用
1047頃 惟宗俊通『香字抄』に『開宝重定本草』を引用
1145 兼意『香要抄』『薬種抄』に『重広補注神農本草并図経』を引用
1159前藤原通憲入道書目録に『大観本草』など7医書を記録
1184蓮基『長生療養方』に『大観本草』を引用
1214(1211)栄西『喫茶養生記』に『桐君録』「新渡医書」(『大観本草』)など本草9書を引用
1236『浄土三部経音義集』に『大観本草』『(本草?)和名抄』を引用
1240普門院蔵書目録に宋より帰朝の弁円が持参の本草書4種ほかを記録
1267『馬医絵巻』に写実的薬草図17種
1284惟宗具俊『本草色葉抄』に『大観本草』ほか新渡宋医書17種を引用
1284頃惟宗具俊『医談抄』に本草の名物議論
1293惟宗時俊『医家千字文注』に本草の名物議論(『大観本草』『本草衍義』を引用)
1304梶原性全『頓医抄』巻47〜49本草篇(底本は『新修本草』『大観本草』)
1315梶原性全『万安方』巻59〜62本草篇(底本は『新修本草』『大観本草』)
1362-68有林『福田方』巻1・11に本草篇(底本は主に『大観本草』『和剤局方』?)
1379-81『康頼本草』に『政和本草』+『本草衍義』を引用(晦明軒本?)
1454前『類集文字抄』の薬名に古音でルビ
1454飯尾永祥『撮壌集』(辞書中の本草多くは『和名抄』『下学集』による)
1456竹田昭慶『延寿類要』に本草篇(底本は主に『政和本草』+『本草衍義』、『医心方』巻30
1477桃源『史記抄』に『禅本草』『(禅)炮炙論』を引用
1489一条兼良『尺素往来』(渡来薬名を挙げる)
1491 『桂川地蔵記』に応永二三年(一四一六)からの京・桂地蔵の霊験と参拝を題材に、門前の薬湯売りの口上として多種の薬材名、および『神農本草経』→『本草集注』→『新修本草』→『嘉祐本草』→『開宝本草』(ここは誤認)→『(大観)証類本草』の歴史を述べる
1491
高橋英全(因)『太一続稿』(竜大本。和名・起源・修治・効能等の口訣。主に『証類』を抜粋し、また引用の『湯液本草』は『東垣十書』本の初版(1399-1424) ないし2版(1484)か)
1498後?田代三喜『三喜回翁医書』に本草篇(伝統本草から乖離、元〜明流)
1508坂浄運『続添鴻宝秘要抄』巻7に本草篇(『大観本草』?の抜粋)
1533前
月舟寿桂は『史記』扁倉伝(米沢本)の書き込みに『湯液本草』(熊宗立本?)を引用。月舟寿桂が『本草序例』を講義?
1548山科言綱手写『薬種調味抄』(修治の書。龍門文庫蔵。和気家流か?)
1556無名氏写『秘伝薬性』(性・和名・簡明主治など。宮内庁書陵部蔵。『外科新明集』に付録)
1562.10曲直瀬道三『本草異名記(付 製剤記)』成立(刊行は江戸前期に整版で1回のみ)
1566.8.13曲直瀬道三『日用薬性能毒』(『証類本草』『湯液本草』『本草衍義』『本草集要』等を底本)
1567
杉江斉喜三『薬種いろは抄』(865漢薬名音のイロハ順、和名・修治。『証類本草』『湯液本草』『本草衍義』を底本)
室町末期写本『(本草)和名抄』(川瀬一馬氏蔵。多く『本草和名』による。成立は1236前か。康頼本草系もある)
1573この年焼き討ちの一乗谷・朝倉氏遺跡から出土の焼片は、明・熊氏梅隠堂版(1508)『東垣十書』所収『湯液本草』の日本写本
1577.6.24曲直瀬道三『薬性直伝』
1580曲直瀬道三『能毒(書)』跋(1633・43・45・49刊)
1581曲直瀬道三『炮炙撮要』
1582曲直瀬道三が『証類本草(序例)』を講義
1593阿佐井野承瑞『薬性草木名鑑』(多くは『本草和名』による。絵付)
1596如庵宗乾『〔証類〕本草序例』(復刻:1609、1612、1616、1620-4回、1639-2回、1644、1801、不詳年-2回)
1597和刻『湯液本草』刊(『東垣十書本。復刻:1615-23、1624-43、1658、1659-88)