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「元気」「丼」についての反省と訂正

−附:台湾に定着している日本語彙管見−




 01年07月31日朝食と01年8月3日夕食の記事に、相当に問題のあることが分かった。よって深く反省し、訂正することにしたい。

 まず7月31日朝食の記事ではモスバーガーの宣伝コピー、「元気の出る朝食」の元気を問題にした。こんな中国語本来の意味から外れた日本語の意味で使うのはおかしい、と。これを読んだ台湾知人の某女史からクレームがついた。日本語の元気の意味では国語(大陸式中国語)だけでなく、台湾語(福建語系のミンナン語)でも普通に使い古くから定着している。だから今更問題にされても困るのだ、という。

 それで、はたと誤解に気づいた。私はこの垂れ幕を出しているモスバーガーが日本資本なので、あえて注目をひくため「元気」の語彙を使用している、と判断していた。しかし、そうではなかったのだ。100年以上前から50年続いた日本の植民地統治、さらに日本語を台湾人に国語として強制教育した結果、元気の語彙は日本の意味で台湾語に定着していたのである。その歴史背景があって、モスバーガーはごく自然に元気の語彙を使っているのだし、それを台湾人も自然に理解している。

 日本統治のせいで使っている言葉を、これは本来の中国語ではなく変だ、と日本人の私が指弾するのはまったくお門違いだった。さかのぼれば台湾中国語を混乱させたのは、かつての日本支配が原因ということにもなる。とんだ誤解を書いてしまい、ごめんなさい、と陳謝するしかない。

 また8月3日夕食の記事では、セブンイレブンが使っている和製漢字の「丼」を取り上げた。こんな日本文字をセブンイレブンは台湾人にどう読ませ、どう理解させるつもりなのだろうか、と。これも私の杞憂に過ぎなかった。

 ただし、これはどうもアブナイ、と書いている時から気になっていた。そこで、ある店で小姐二人に丼の字を書き、どう発音する?と尋ねてみた。すかさず「dong(ドン)」だと答え、アクセントはと訊くと4声(ドが高音、ンが低音)だろうという。この字と日本の発音は、若者まで疑問もなく浸透していたのである。さらにだめ押しで、お世話になっている歴史語言研究所の李建民氏にも質問してみた。彼は即座に日本製の漢字だよといい、台湾でも「ドン」と読み、どんぶり物を指すことを説明してくれた。

 セブンイレブンが広告効果をねらい、意図的に丼の文字を使っているのではなかったのだ。日本語「どんぶり」としての「丼」は、はるか昔から台湾語となって広く深く定着していたのだった。台湾のことを書くなら、台湾人によくよく質問してからでないとアブナイ、と深く肝に銘じた次第である。

 とは言うものの、台湾で日々見聞きする言葉には、大陸で使われておらず、しかも元は和製漢語の語彙らしいと推測されるものがあまりにも多い。むろん大多数は中国式に発音するのだが。それらは日本統治時代ばかりでなく、民国政府が台湾に来てから現代までも、連綿と受動的・能動的に浸透し続けてきたのだろう。

 今われわれは日本語の中で、米語を中心とした大量の外来語を無意識に使用している。日本語が台湾語に影響を与えた経緯と深刻さをもし無視できるなら、日本と台湾の外来語情況は現象的に全く同類だろう。明治以降、日本語に定着した中国語でも、ラーメン・ギョウザ・マーボードーフなど数多い。また、湯たんぽ(タンポは湯婆の中国音)、バイタン(白湯)スープのように、中国音の意味を日本人が理解できないため、蛇足として湯やスープを付けてしまった言葉まである。

 ともあれ言語は文化であり、文化は育んだ風土から別地域に移動すると、現地文化の影響で必ず変容する。寄席字体の「元気の出るハンバーガー」も、弁当型の「鰻魚丼」も、その一例といっていい。当現象をとやかく言うのは、やはり無責任なお門違いだったと深く反省している。

 なお私は去年と合わせ、もう5ヶ月近く台北に滞在したことになる。そこで少しは中国語を操る日本人として、この間に見聞した和製漢語や日本語由来らしき語彙・表現等を、雑多で順不同だが以下に列記してみた。なお、それらを大陸中国語でどう言うかは、おおむね割愛した。しかし、いずれも台北という一地域で、私の狭い管見に入ったものに過ぎない。誤認・誤解も多々あろうが、何卒ご寛容願いたい。
 

附〔台北所見日本語関連語彙・表現・物品等〕

 料理(どこでも。大陸中国語なら〜〜菜という)
 野菜(ジュースの商品名。大陸語なら蔬菜)
 冷蔵庫(カゴメトマトジュース缶の保存法に。大陸語は氷箱)
 牛乳(商品名。大陸語は牛{女+乃})
 便利(コンビニ店の名。大陸語は方便)
 不便(チラシで。大陸語は不方便)
 {口+毎}(音はハイ、名を呼ばれたとき。どうも大陸にぴったりする表現はないように思う)
 {口+納}(音はヨ、語気助詞、「美味しいよ!」は「ハオチー、ヨ!」)
 超〜〜(どこでも、「超可愛」などという)
 少女(テレビ・雑誌で)
 援助交際(テレビで)
 失楽園(テレビ番組)
 オジサン・オバサン(漢字表記は失念。バラエティー番組で)
 芸人(タレントのことらしい。テレビで)
 学校の怪談(2000年10月28日のテレビニュース。男子校の卒業旅行で、トイレの鏡に長髪の「女鬼」を皆が見てパニック。家に帰っても見える。皆で道士の施術(これを放映)を受けて治ったという話)
 服装(剣道の服装で道具一式を持った台湾人女子高生数人を地下鉄駅で見かけ、目を疑った。またセーラー服を、日本ファッションとして着る女の子と母親がいて腰を抜かした)
 唐手(空手道場の看板で)
 日本製品のテレビコマーシャルで日本語が氾濫している。
 再会(さよならの意味で、日常会話で。大陸式の再見より一般的)
 連絡(どこでも。大陸語は連係)
 元気(モスバーガーの広告に)
 人気(雑誌で)
 景気・不景気(テレビで)
 坪(不動産の広告など。台湾の畳は小さめ)
 軽井沢(販売マンションの名)
 宅急便・宅配便(どこでも)
 住宅(看板で)
 民宿(広告、雑誌で)
 〜〜建設(社名)
 〜〜證券(社名)
 〜〜物流(社名)
 〜〜製薬(社名)
 〜〜不動産(店名)
 〜〜電器(店名)
 〜〜屋(店名)
 〜〜の〜〜(「の」を中国語「的」の代わりに。店名・広告など。「的」の草書体は「の」に似る)
 〜〜用(営業用・住宅用など、広告看板などで)
 卓球(中央研究院の卓球施設で)
 洋酒(どこでも)
 洋食(レストランの広告、案内)
 洋服(店の看板で、少ない)
 薬局(西薬の店に多い。中薬は薬房・薬行らしい)
 漢薬(商品の説明文で、大陸語なら中薬のはず)
 字幕(広告看板で)
 看板(高速道路で)
 道路(テレビ、町中で)
 消防銓(道路脇の消防銓にそう書いてある。消防関連は大体同じ。ただし消火器は滅火器という)
 土石流(台風のテレビニュースで。1993年の台風災害から定着した、とテレビで)
 現場(テレビニュースで)
 場所(テレビや日常会話で)
 託児所(看板で、〜〜「所」や停車「場」の用例が日本並みに多い)
 幼稚園(多い、大陸中国語「幼児園」の看板は見かけない)
 中学(多い)
 高校(多い)
 中古(店の看板)
 陶芸(店の看板)
 融資(店の看板)
 直営店(店の看板)
 量販店(店の看板、広告)
 水族館(金魚・熱帯魚の店名)
 社交舞(社交ダンスの広告看板)
 名店街(ビル内の表示)
 教会・企業・急診(これ中国語?、日本語?、町中で)
 展示(中国語なら展覧の場合に、町中で)
 禁止進入(進入禁止の道路標識で)
 地名(汐止、松山、高雄など)
 木炭(こうしか言わないみたい)
 石油(どこでも)
 日本式字体(落語・相撲の字体を日本関連の店名などに使う)

日本的食品等
 便当(弁当。どこでも)
 味噌(味噌湯も。どこでも。一杯10元前後。鰹節が浮いていて甘口、具は豆腐が多い。台湾製インスタントみそ汁もある)
 甜不辣(音はティエンブラー。天ぷらではなく、練り物・おでん種に近い)
 関東煮(ほとんどオデン。スープは別売りで料金を取られる)
 寿司(巻きずしが多く、カラフルで甘い。ニギリは軍艦巻きが多く、肉類を載せるのが多い)
 たこ焼き(なんと呼ぶか不明。油を大量に使用。ウズラ卵だけでたこ焼き的にしたものもある)
 大阪焼(巨大なカステラのように焼き、四角く切って販売)
 ラーメン(拉麺というが、かなり違う)
 うどん(干麺も生麺も烏龍麺という。北京では生麺を烏龍麺という)
 しゃぶしゃぶ(広告看板「日式{サンズイ+刷}{サンズイ+刷}鍋」の字にルビで。日本式しゃぶしゃぶ屋はどこでもあるが、すでに台湾化していて相当に違う料理)
 もち(文字は不明だが、つきたてのを「モチ(に近い発音)」と言って露天で売っていた)
 納姆内(ラムネ、看板で)
 寒天(料理番組の杏仁豆腐の作り方で)
 先が細い日本式ハシが多い

おまけ:浸透している企業
 自動車(タクシーの8割は日本製とか)、ヤマハ(山葉)、日立、東芝、ブリジストン、セブンイレブン、ニコマート、クロネコヤマト、ペリカン便、ワコール、ヤクルト(おばさんもいる、容器の似た類似品は無数)

 *セブンイレブンもニコマートも日本式の「御弁当(の文字で)」を売り物にし、各種おにぎり・手巻き寿司があり、焼きうどん(大阪式と名うつ)・イカ焼き・おでん(関東煮)大タコ足煮も売り物。