占い師と医者の間

占い師と医者の面接には本質的な共通点がある。つまり、顧客が自身が求めている答え、そして実は顧客自身が知っている答えに気付かせる作業だという点.

順風満帆の人や,(占い師にも医者にも)絶望している人は来ない.医者のところに来るのも,占い師のところに来るのも、迷っている人だ.彼らは答えを求めている.では,誰が答えを知っているか?それは彼ら自身に他ならない.医者も占い師も彼ら以上に知っているわけがない.

医者,占い師がやることは,顧客から,回答を引き出す,気付かせることだ.ただし,顧客は,医者や占い師の権威に対して対価を支払うから,顧客から答えを教えてもらったことがばれてはいけない.だから,あたかも権威からのご託宣のような形で回答を呈示する.そのための道具が,医者の場合には,10億円を超える3.0テスラのMRIであり,易者の場合には,筮竹というわけだ.このように,医者と占い師の仕事の本質は全く同じであり,その差は,ご託宣として回答を呈示するために使う小道具の差に過ぎない.

答えは顧客が知っているわけだから,医師でも占い師でも,パターナリスティックに答えを与えるのはアマチュアである。勝手に決めた答えを顧客に押しつけるわけだから、はずれる可能性が極めて高い。一方,一流は顧客自身に答えを言わせる。だから必然的に顧客の納得が得られる。それを顧客の立場から言わせると、”よく当たる”となる。顧客本人が引き出した答えなのだから,当たるのは当たり前なのだが,当人がそれと気付かないようにして料金をいただくのがプロである.

では,顧客自身から答えを聞き出す作業はどのように行なわれるのか?簡単である.医者の方が露骨にやる.病歴(言語で聞き出す)と診察(非言語性のメッセージを引き出す)が典型例だ.これなら当たるのは,それこそ”当たり前”だ.逆に,病歴と診察をおろそかにして10億円プレーヤーに頼ると,とんでもないはずれくじを引くリスクが増大する.このことは私のHPやDVDで度々主張しているから,よくわかってもらえるだろう.

雑誌の占い欄に見られるように,必ずしも直接面談できない占い師の方が,医者よりもよほど困難な仕事をしていると言えよう.では占い師は,その困難な仕事に際して,どのような戦略を採っているのか?私は占い師の経験がないので,公表されている資料から推測するのみだが:

1)占いの判断の中に、複数の選択肢をしのばせておいて,その中から顧客が好きなように選べるようにしておく.

2)表現型が一つしかない場合でも、その表現型に対する解釈はいろいろある,その中から顧客が好む解釈モデルを自由に選んでもらう形をとる(例えば,コップの中に半分透明な液体が入っている図を呈示して、まだ”半分も残っている”と表現するのか、”もう半分しか残っていない”と表現するのか、”誰かが半分飲んでしまった”と疑わせるのか、”何週間かかって蒸発したのか”と推測させるのか ”中に入っているのは水なのか、アルコールなのか”と判断させるとかいった具合)

医療面接でも,解釈モデルを聞き出すことが大切だが,占いでも,こうやって複数の選択肢を示しておけば,顧客が自分が納得できる資材を選択して,過去の出来事の説明し,将来の指針を組み立てることができる.

3)”運が向かないと思ってもこつこつ努力すれば運が向いてくる.運が向いてきたら調子に乗らずに慎重に”といったような全天候型の助言を心がける.←この手の助言は医者もよくやるが,医者の方が稚拙な戦略を取る.つまり,酒を飲むなタバコを吸うな食事を節制しろ適度な運動をしろ,睡眠時間は充分に取れ.そうやってがんじがらめに患者を縛って,こんなに親切に助言したのに,病気が悪くなったら,助言が守れないあん
たが悪い.と顧客の責任にする.

ある占い師は,自分の判断を非常に「教育的」に使っていて、運が強いときは自分が努力して運を生かすときであり、悪い運が巡ってきているときは辛抱して我慢すること、のように話しているとのこと。

このあたりがプロなんだろう.腕のいい占い師は顧客に適切な行動指針を処方できるってことだ。私もようやく,ここ2-3年,外来で,適切
な行動指針を呈示することの大切さを身にしみて感じている.

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