評論家は無理

たとえかけらでも自尊心のある医者が,絶対にやりたくない商売が医学評論家である.

私は臓器移植には携わっていないので,臓器移植の実務が全くわからない.それゆえコメントすることはできないのだが,親しくさせていただいている,報道の分野で働いている方から依頼されたので,できる範囲で答えたのが下記である.どう見てもいつもの二条河原の調子ではない.やはり自分は医学評論家にはなれないと悟って,改めて安堵している次第である.

> 1.現在の日本における臓器移植に何か大きな問題点があると考えますか?

医療サービスに完全なものはありません.とくに臓器移植のような生まれて間も
ない治療には必ず大きな問題点があるものです.数多くの問題点は,1)既存の
治療と共通するもの,2)臓器移植に特異的なもの,の二つにわけて考えるとわ
かりやすくなります.それぞれに例を挙げると,1)外科医養成に付き纏う悩
み:高度な技術やチームワークを必要とする手術ほど,例数が限られているた
め,外科医を育てにくいことや,一人の患者の診療に膨大な費用と労力がかかる
こと等,2)については,サービスの原資となる材料,つまり臓器の不足.とい
った問題があげられます.これらがすべてではありません.

> 2.問題が多いとされている臨床現場での脳死判定については?

これは,私自身が脳死判定の実務に携わっていないのでわかりません.想像や伝
聞だけで物を言いたくないので.

> 3.ご自身やご家族を含めて私的な立場から臓器移植には賛成・反対ですか?

この”私的な立場”という意味がよくわかりません.私という人間は一人しかい
ませんし,私は医者で,臓器移植は医療ですから,私という一人の医者の意見し
かありません.その意見は次のようです:

医者である私にとって,賛成も反対もありません.顧客である患者からその要請
があればサービスをすべきかするべきではないか.するとしたらサービス内容は
どうするのか.そこに全身全霊を集中して考えるだけです.それが嫌なら医者を
やめて評論家で飯を食っています.現実世界に生きる私には,臓器移植に反対と
か賛成とか,評論家じみた見解を述べる余地は全くありません.それはちょうど
坊主が葬式に賛成か反対かを言うことに意味がないのと同じこと,職業軍人がど
うやって効率的に”敵”を殺すかだけを考えるのと同じ事です.彼が人殺しが嫌
になったなら銃殺刑覚悟で敵前逃亡するだけです.

> 4.欧米並に進まない臓器提供の理由は何であるとお考えですか?

実務に携わっていない私はひどく不勉強で,申し訳ありませんが責任あるコメン
トができません.おそらくこれにも複数の要因があり,しかもそれがお互いに複
雑に絡み合っているので,メールや電話で手短にコメントできるものではないで
しょう.ちょっと考えても,個人のレベル,国民性のレベル,臓器移植を推進す
る団体の動向(職能団体と関係のないNPOの存在の有無,レシピエントやその
家族を中心とする患者団体の活動,医者中心の学会の動き)移植医療をビジネス
チャンスと捉える人々の動き,行政の姿勢といったキーワードがどんどん出てき
て,それだけでも一冊の本が出来上がってしまうでしょう.
複数の人から無責任なコメントをたくさんもらうより,実務に携わっている一人
の人に時間を割いてもらって1時間ぐらいインタビューする方が実りが多いと思
います.

> 5.インドやフィリッピンで行なわれている臓器売買についてはどう思いますか?
メディアの報道内容から憶測した倫理的な側面からのコメントを期待されている
のかもしれませんが,実情を全く知らないので,コメントのしようがありませ
ん.ただ,数多く流布している倫理的なコメントをする人々は,より重大な事
実,すなわちこれらの国々の貧困を軽減するために,自分は何かできるのかとい
う自問を全くしていないようだと感じます.

> 6.現在、議論されている15才未満の小児が臓器提供を可能にする法改正をどう思い
> ますか?
これについても,評論家的なコメントはできませんね.法律を作るのなら,臓器
移植禁止でも全面解禁でもどちらでもいいから,私が仕事がしやすいような法律
を作ってくれ.ただそれだけです.これも,なるべく操作が簡単で故障しにくい
機関銃を作ってくれと願う兵隊の気持ちと同じですね.私はお国から賜った医師
免許を保持して,お国が決めた法律を遵守してはじめて商売ができる稼業ですか
ら,自分が仕事をしやすい(臓器移植ができなくなっても,できても)法律を作
ってくれと願うだけです.
 
> 7.その他に臓器移植に関するご意見があれば。
臓器移植に関するというわけではありませんが,医療を題材にしたテレビドラマ
の質の悪さに辟易している者として一言:
テレビ番組製作現場の人々が,視聴者に受ける番組はこうでなくてはならないと
いう先入観念にとらわれて過ぎているので,番組が陳腐化,かつ現実離れ(人前
でどなったり,人を殴ったり,果ては人前で煙草を吸う医者!!)したものにな
っています.もっと現場をじっくり時間をかけて見てください.現場を理解する
のに時間はかかりますが,制作費はかかりません.まっとうな現場のまっとうな
人にまっとうな話を通せば,現場を見て理解する機会を喜んで提供してくれま
す.お金がなくても時間をかけて現場を回れば,いい作品が作れるものです.

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