対立構造の解消

医者はとかくマスコミ関係者を毛嫌いする.自分の悪口を言う人間を嫌うのは,自然な感情である.しかし,いつまでも毛嫌いしていては,医者を取り巻く環境は決して改善しない.マスコミは極めて迅速に,幅広く情報を伝達する強力な力を持っている.そのマスコミが正しい情報を発信するのを助けることは,結局,自分自身と,患者さんの両方を助けることになる.あなたが毛嫌いしているから,マスコミは怪しげな情報源にしかアクセスできずに,結果的にとんでもない内容の記事や番組がつくられる.だから,粗悪な番組,間違った記事の責任の比重は,むしろマスコミを拒否する側の方に高い.

マスコミはとにかく商品としての情報がほしい.だから,進んで情報をくれる人のところに飛んでいく.しかも,金を出してモニター世帯を探し出し,買収しようとするほど,視聴率競争は激しい.製作時間も限られる.怖い顔をしてノーコメントの奴なんかに食い下がっている暇はないのだ.

ほとんどのマスコミ関係者は医療現場をよく知らない.変な先入観を持っている人もいるだろう.しかし,あなたの外来に来てくれる患者さんも医療現場をよくしらない.その患者さんと関係を築き上げていくのがあなたの仕事だ.だったら,その患者さんに絶大な影響力を持っているマスコミに対して,仏頂面してノーコメントは,あなたが普段目指している目標とは全く反対の行為ではないのか?

相手も人である.こちらが誠意を持って対応すれば,話を聞いてくれる.ましてや相手はこちらの話が聞きたいのだ.そして,話を聞いてもらえば,彼らは正しい情報を広めてくれる.その効果は絶大で,あなたが毎日,風邪に抗生物質は要らない,解熱剤の乱用は危険だと,何百回も繰り返していたのが,新聞記事一つで嘘のように説明が不要になってしまうことだってある.結局,自分も患者さんも得をする.

下記は,(前にも紹介したが)箭内 昇が日経のサイトに連載しているコラムからの抜粋である.左前になった高利貸しの社外取締役さえ,これだけの覚悟を持ってやっている.ましてや命のやり取りの現場にいるあなたが,どうしてこれだけの覚悟ができないのだろうか.

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社外取締役とマスコミ

 「そんなことなら、社外取締役を降りる」もう5カ月前になるが、りそなの社外取締役に内定して初めての勉強会で、筆者は当時の広報部に噛み付いた。「見解がバラバラだと都合が悪いので、マスコミから取材があったときはすべて広報に回してください。」と注文をつけたからだ。

 筆者は長いマスコミとの付き合いで、企業にとってのマスコミの重要性を実感している。前向きであれ後ろ向きであれ、企業の実態やポリシーを世の中に理解してもらうのに、マスコミ抜きでは考えられない。

 そのためには広報担当だけでなく、トップ以下の役職員が責任感、使命感、情熱を持って自分の会社を積極的にアピールすることが重要だ。ただし、どうすればアピールできるか、何がタブーか、記者との信頼関係を築くにはどうすればよいかなどマスコミ対応のノウハウは必要であり、誰でもできるわけではない。

 もちろん、りそなのような委員会設置会社の取締役は株主の代理人として経営陣を監視する立場なので、マスコミ対応の守備範囲やスタンスも経営陣とはおのずから異なる。個別の経営マターや業務執行については、原則としてコメントすべきでないだろう。

 だが、株主の代理人として、銀行の現状や問題点についてどんな姿勢で臨んでいるのかを語ってもよいはずだ。ましてりそなの大株主は国民である。

 筆者は就任前から、マスコミの取材を拒んだことがない。「夜討ち」も追い返したことはない。中には的外れな質問を繰り返す不勉強な記者もいるが、その後ろには国民がいると思えば丁重に解説する。

 この日経ネットのコラム掲載についても、「リスキーだから止めたほうがよい。株主総会で揚げ足を取られるかもしれないぞ」と忠告してくれる友人もいる。

 だが、そんなことは覚悟の上だ。筆者はりそな再生の一翼を担ったときから、個人の利害は捨てている。それが天命だと思ったからだ。このコラムも自分の考えや行動を公にすることで自ら退路を断つという決意で書いている。

 ありがたくもあり、わずらわしくもあり、油断のならない相手、それがマスコミだ。

 りそなにとってマスコミとの新しい信頼関係を築くことも大事な再生作業のひとつであることは確かだろう。
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このように報道機関と良好な関係を保つことは,医療機関にとって,決して損なことではなく,むしろ利益になる.とくに社会的なパニックをきたすような事件が発生した時は,普段からMedia relationを重んじる態度が物を言う。たとえば,2004年初頭で,新型インフルエンザやBSEが問題となった時,CDCは,Press Kitと称して報道関係者向けにわかりやすい解説書をウェブサイト上で手早く用意した。日本の国立感染症センターも迅速に適切な情報公開を行った.このような迅速な動きは,あらかじめ非常事態を想定した準備を入念に行って初めて可能となる.

医療機関の場合,事故が起こってから慌てて報道発表するのではなく,報道関係者と普段から懇談会などを開いて意見を聴く姿勢が必要。そういう姿勢が,報道機関の中の良貨を育てることになる。医療関係者にまともな人がいるのとまったく同じように、報道関係者にも、霞ヶ関の役人にさえもまっとうな人がいる。組織のアウトカムが悪化していると思ったら,良識ある人々を組織の中で孤立させずに応援することが必要。良貨は組織内でしばしば悪貨から陰湿な攻撃を受ける。この陰湿な攻撃が続くと、良貨の心の中では孤立感と無力感が先にたつばかりで、希望とやりがいを見失ってしまう。良貨にとって、外部の第3者でもいい、お客様でも良い、特に味方が要ることに気づけば何よりの励ましになる。
 
 

参考→病院管理者にとってのメディア対応のこつ