他の4例における誤診の原因

5例のうち、11歳女児例だけが、症例報告に値する診断困難例です。他の4例は、専門性に関わらず、研修医レベルでも、ベクロニウム中毒を否定するのは簡単です。ですから、いずれの診療録でも、筋弛緩剤中毒以外の診断が記載されており、私が検証しても、症状経過、検査結果、治療への反応性、全ての点において、その診断の妥当性には疑いがありません。

橋本氏によれば、マスキュラックスによる症状は、以下の通りです。

「全身の骨格筋の中でも感受性の強いものから順に作用していくものなので、まず、目の周囲の筋肉に作用し、眼瞼下垂や複視などの症状が現れ、次に顔の筋肉に作用して顔の表情を表すことができなくなったり、言葉を発するのが困難になったりし、続いて首の周囲の筋肉に作用して、咽頭や顎などの脱力感が生じたり、嚥下が困難になったりし、更に全身の筋肉に作用して、四肢や背筋などが弛緩し、最後に横隔膜が弛緩するという形で作用していきます」(平成13年2月24日 橋本保彦供述調書)

しかし、このような経過を示した例は一例もありません。それどころか、下記のように、筋弛緩剤中毒と決定的に矛盾する症状が診療録に明確に記載されています。そして、症状以外にも点滴開始から症状出現まで30分以上かかるなど、矛盾だらけで、刑事裁判では必須となる犯罪の立証責任は全く果たされていません。果たしようがなかったのですが。

89歳女性診断は急性心筋梗塞。高血圧症、高脂血症とリスクファクターがあり、突然の胸内苦悶感を訴えた時に心電図モニター上でST上昇が観察されました。急変時の経過も典型的な急性心筋梗塞で、何ら矛盾する点はありません。筋弛緩剤中毒を思わせる眼筋麻痺や構音障害などの症状は一切ありませんでした。急変時、胸が苦しいと明瞭に訴えているぐらいです。亡くなるときの呼吸も、典型的な下顎呼吸、つまり下顎と胸郭が大きく動く呼吸となっており、筋弛緩剤の作用ではあり得ない呼吸です。
事件発生当時、北陵クリニックで院長を務めていた二階堂昇氏は、自らが診療し、心筋梗塞の死亡診断書まで書いた89歳女性例(*)について、「心筋梗塞で特徴的に見られる症状で、筋弛緩剤であればありえない自立呼吸の復活があった。私がそう言っても、警察は、点滴から筋弛緩剤が出たんだ、出たんだ、モノ(物証)があるんだと言って取り合ってくれなかった」と語り、裁判でも同様の証言をしていますが、検察は有罪立証に邪魔者でしかない二階堂氏の証言を一切無視し、裁判官もこれに習っています。この事実を話すと皆さん一様に驚くのですが、北陵クリニック事件に限らず、刑事裁判では日常茶飯事の出来事です。(関連記事

45歳男性:診断はミノサイクリンに対するアナフィラキシー。咳、鼻水などを主訴に外来受診し、ミノサイクリンの点滴を受けた後に呼吸困難、脱力感を訴えましたが、酸素投与のみにて軽快しています。担当医により、「ミノマイシンの点滴静注直後に喉頭浮腫、呼吸困難が認められました。以後この系統の薬の投与は危険であると考えられます」と、患者宛の文書が担当医によって発行されています。この例でも筋弛緩剤中毒を思わせる眼筋麻痺や構音障害などの症状は一切ありませんでした。それどころか、本人が全身の脱力感を訴えているのです。橋本氏は四肢の脱力感は筋弛緩剤のためと主張していますが、橋本氏によれば、四肢筋は咽頭や喉頭などの発声に関与する筋よりもずっと後に麻痺するのですから、筋弛緩剤を投与された本人が脱力を訴えることなどあり得ません。なお、ショック、アナフィラキシー様症状はミノサイクリンの副作用として、添付文書にも明確に記載されています。

4歳男児基礎疾患として脳性麻痺、陳旧性脳梗塞(左中大脳動脈領域)、右片麻痺がありました。2000年11月6日に、実験的治療の被験者として北陵クリニックに入院しました。小児を被験者にすること自体が重大な研究倫理違反です.北陵クリニック事件はこのような研究倫理に違反した事故を隠蔽するためにも大いに役立っているのです.11月13日に全身麻酔下で右上下肢に合計15本の電極を埋め込む手術を受けました。経皮的な電気刺激により麻痺肢を動かすという、未承認の実験的治療目的です。手術同日夜にチアノーゼと呼吸減弱、意識障害が生じましたが、15分の経過で意識が戻りました。担当医は痰詰まりによる一時的な気道閉塞とてんかん発作を疑う旨の紹介状まで書いています、脳波ではてんかん源性の発作波も認められていますし、患児にはてんかんの基礎疾患として脳性麻痺、右片麻痺もありましたし、同年7月にはてんかん発作の既往もあります。急変時の看護記録には「眼瞼ぴくぴくと痙攣あり」と、筋弛緩剤中毒では絶対にありえない症状まで記載されています。

既往にてんかん発作があること、手術後にてんかん発作が起こっていること、全身麻酔はてんかん発作を誘発することがあること等より、本例は介入との因果関係が強く疑われる重大な有害事象例でした。しかし、通常の臨床研究で行われているように、倫理審査委員会やそれに準ずる安全性のモニタリング委員会への報告は行われていませんでした。→FES臨床研究における研究倫理と利益相反問題ー

1歳女児:急変時の呼吸停止はてんかん重積発作で十分説明可能であり、実際にてんかんと診断され、脳波異常もあり、抗てんかん薬も処方されています。筋弛緩剤中毒と決定的に矛盾するのは呼吸状態が悪化して相関していたにもかかわらず、咳嗽反射とジアゼパム静注が必要なほどの四肢の痙攣があった点です。これだけでも筋弛緩剤中毒は否定できます。

かつて、死亡診断書の直接死因の欄に「急性心不全」という病名が乱発されて問題になったことがありました。どんな原因であろうと、死ぬ時は全て心臓が止まりますから、肺癌で死のうと、白血病で死のうと、死亡診断書の病名は全て「急性心不全」で片付けてしまったのです。橋本氏の診断もそれと全く同様でした。、極めて一般的な処置である点滴中にたまたま急変した患者さんに対して、全て「筋弛緩剤中毒」という病名をつけてしまったのです。急変時に呼吸が安定しているわけはありません。必ず呼吸状態は悪くなります。急変の原因がどこにあるのかを全く考えずに呼吸状態にだけ注目して他のことに一切目をつぶれば、あるいは様々な合併症を持ち出して、筋弛緩剤と矛盾することは全てその合併症に原因を求めれば、「筋弛緩剤中毒」と誤診することは、いとも簡単なことでした。参考→橋本氏の悲しい墓標

誤診の本質は正当な診療の否定

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