下記は,2005年12月18日の毎日新聞の記事からの転載である.海外療養費制度の運用の難しさを示しているので参考にしてもらいたい.
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<国保>帰国できず資格失い治療不十分 女性死亡
千葉県習志野市からドイツに住む長男宅を訪問中、体調を崩して帰国できなくなり、国民健康保険の受給資格を喪失したまま十分な治療を受けられずに今年死亡した女性(87)の遺族が、同市を相手に損害賠償請求訴訟を検討している。女性は市から転出扱いにされたため、海外渡航中にも国保が適用される「海外療養費制度」の対象外となり、ドイツの医療保険にも加入できない立場だった。社会保障の専門家からは、市の配慮不足に加え、制度の不備を指摘する声も上がっている。
◇習志野市、一方的に「転出」 遺族は提訴検討
長男(58)によると、女性は02年9月に長男宅を訪問。滞在中の翌年3月に転倒し、肩の骨を折った。海外療養費制度で治療を受けていたが、心臓の機能も衰え「飛行機に乗るのは難しい」と診断された。
一方、市は04年7月、女性あての国保料納付書が返送されてきたことから、居住実態がないと判断。同月31日付で転出扱いにし、国保の受給資格を喪失させた。
ドイツでは、長男は母親を公的保険の被扶養者にできず、民間の保険会社も高齢を理由に加入を断った。医師は、医療費が最高約1400万円かかると言ったという。
長男は市に電話し、母親の病状などを説明。受給資格の継続を訴えたが、聞き入れられなかったという。今年9月に帰国して診断書を提出、市が県に相談したところ「人道上の配慮は市の判断で」という回答だったため、市は同月22日、前年8月1日にさかのぼって受給資格を復活させた。
長男によると、女性は資格復活を知ってから痛みや苦しみを訴えるようになり、本格的な治療が始まったが、10月11日に心筋梗塞(こうそく)で死亡した。長男は「母は(高額の医療費負担を気にし)家族に迷惑をかけてはいけないと我慢していたのだろう」と話し、今月13日に荒木勇市長と会って謝罪と慰謝料1000万円を求めた。荒木市長は「事務手続きに問題はあったが、法的な問題はなかった」と答えたという。長男は市側の回答次第で提訴を検討するとしている。【中川紗矢子】
◇海外療養 制度に不備
海外療養費制度は、海外で治療を受けた国保被保険者の医療費自己負担を国内同様、3割相当に抑える制度。海外渡航者の増加などを理由に01年1月に導入された。しかし、習志野市のケースでは、体調不良で帰国できない女性を市が転出扱いにしたため、制度が適用されなくなった。
国保受給資格の喪失について、厚生省(現・厚生労働省)は住民票の変更など適正な手順を経て慎重に行うよう通達しているが、事実上は「地元自治体の裁量」(同省国民健康保険課)。習志野市の転出扱いにも法的根拠はなく、自治体職員向けの実例集を参考にしたという。一方で住民票は変更されず、女性は住民基本台帳に残ったまま国保受給資格を失うという矛盾した状態だった。
金沢大法学部の井上英夫教授(社会保障法)は「(憲法が保障する)国民の生存権を守る視点で運用すべきだ」と自治体に柔軟な対応を求める一方、海外在住者が国内同様に医療保険を適用されるよう、国際条約の締結や国民健康保険法などの改正を提言している。
海外で病気などを患った人を救済するはずの制度が、その病気で帰国できないために適用されなくなるのは、制度自体に不備があると言わざるを得ない。こうしたケースを行政の裁量でしか救えない状況は、一刻も早く改善することが必要だ。【中川紗矢子】
(毎日新聞) - 2005年12月18日3時7分更新
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