神の手ショッピングとEBM

めまいの診断法の秘訣を教えてください。

これとこれをやれば神経疾患を否定できるスクリーニング神経診察法を教えてください。

教授ともなると、「お前は何でも知っているはずだ」、「正解を持っているに違いない」という恐喝犯に出会う確率が高くなります。しかし、教授を恐喝するとはけしからんとばかりに、「そんなもん、知るわけないだろ」と怒鳴り返すような真似は、決してしてはなりません。

自分には才能がない上に、勉強不足なために、正解を知らない。でも、恵まれた才能に満足せずに精進した結果、誰もが憧れる教授になったあの人ならば正解を教えてくれるに違いない。そんな非常に勉強熱心なファン意識からの質問であって、恐喝する気持ちなんて全く無いからです。人は心配するのを止めたいものです。思考停止をしたいものです。

どんな場面でも当てはまる正解なんてあるはずがないのに、そんな幻覚を追い求める気持ちに対して、「そんなうまい話あるわけないだろ」ときっぱり言うだけでは、心からは納得してもらえません。こういう人に限って非常に勉強熱心ですから、隠しているんだろうとか、お前が本当に知らないとしても、誰かきっと知っているはずだと、「専門家ショッピング」「神の手ショッピング」を繰り返すだけです。

そこで大いに役立つのがEBMです。EBMが役に立つのは、実は「エビデンスがある」場合ではありません。圧倒的に多い「エビデンスがない」場合の方が役に立つのです。誰の役に立つかというと、そうです。このような、「山のあなたの空遠くに、きっと光り輝く正解があるに違いない」とさまよい続ける神の手ショッパーに対してです。

下記がその具体的事例です。

質問:めまいの診断法の秘訣を教えてください。→(翻訳)→脳血管障害によるめまいを100%除外する方法を教えろ。あんた、いつも病歴と診察が重要だと言ってるじゃないか。とくに自分の施設では、いつでも緊急でMRIが撮れるような贅沢なことはできないのだから。

回答:まず、病歴と診察によって、脳血管障害によるめまいを100%除外することはできません。(JAMA. 1994;271(5):385-388)。さらに、緊急でMRIが撮れる施設を羨む必要は全くありません。なぜなら、MRIは脳卒中の診断に役立たないからです。病歴と診察が万能の神でないのと全く同様にMRIも万能の神ではありません。めまい診療の神がどこかにいる、誰かが普遍的な正解を知っているに違いないと思うと、めまい診療の神に巡り会えない自分、普遍的な正解を知らない自分が不幸に思えてしまいます。しかし、めまい診療の神などいない、いつでもどこでも誰にでも当てはまるような診断基準などないことが納得できれば、いろいろな現実的な制約の中で、今、この目の前の患者さんに最適な道は何なのかを真剣に考える自分の健気な姿が肯定的に見えてきます。

質問:これとこれをやれば神経疾患を否定できるスクリーニング神経診察法を教えてください。→(翻訳)→あらゆる神経疾患を診察だけで100%除外できる臨床予測規則を、あなたなら知っているはずだ。

回答:かかとの骨折一つ除外するための臨床予測規則さえも、10年以上にわたるバリデーションが必要なのです(BMJ 2003; 326 : 417 )。そもそも、神経疾患以外でも、診断基準の感度と特異度に四苦八苦しているではありませんか。そう考えれば、全ての神経疾患を100%否定できるスクリーニング神経診察法などあるわけがないということはすぐにわかりますよね?

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