前回説明した“検査万能教”による悲劇は、医療現場ばかりでなく、医事裁判の場でも発生します。医師でさえしばしば“検査万能教”の罠にはまってしまう のですから、ましてや裁判官に感度・特異度、さらには陽性・陰性的中率の意味を理解せよといっても不可能です。しかし、感度・特異度の意味すらわからなけ れば、検査結果を正しく理解し、正しい診断に至ることはできません。医事裁判における診断の誤りは、誤判・えん罪に直結します。

 今回は、私自身が診療録を直接検証した、北陵クリニック事件(いわゆる仙台筋弛緩剤事件)で、頭部CTの結果を過信した“検査万能教”のために、ミトコンドリア病を筋弛緩剤中毒と誤診するに至った例1)を検証してみましょう。

  症例は当時小学校6年生の女児です。腹痛、嘔吐の後、急激な経過で脳幹部の局所症状に続いて、けいれん、意識障害が出現しました。高乳酸血症、聴覚神経障 害、肥大型心筋症を合併しており、ミトコンドリア病だったことが明らかになっています。症例の詳細については、peer reviewを受けた症例報告が、open accessで誰でも読めるようになっていますので御覧ください2)

 一方、本症例を筋弛緩剤中毒と認定した判決文には以下のようなくだりがあります。

  「10月31日(注:発症当日)午後8時過ぎ(注:急変から1時間余り)に撮影された頭部CT検査の結果にはA子には明らかな出血を思わせる所見や腫瘤は 認められず、脳症などの発症の早い時期に出現することのある異常な低吸収を示す部分もなく、またはっきりした脳浮腫の所見が認められなかったこと、脳症に おいては、高熱、意識障害、けいれんが三主徴とされているが、A子の症状経過においては、当初、高熱や意識障害がなかったことが認められ、併せて、11月 6日のA子のCT写真に脳浮腫が現れた原因は10月31日の低酸素性脳症による結果であると考えられる」(第一審判決文P140)

急性脳症に対する頭部CTの感度は100%?

  日本医大教授(当時、現名誉教授)の小川龍先生は、一審でA子さんの症状は筋弛緩剤では説明できず、何らかの急性脳症(この中にはもちろんミトコンドリア 病が含まれます)の可能性を主張したのですが、判決は小川先生の主張を全面的に否定しています。ところが、その否定の根拠は「急性脳症に対するX線CTの 感度は、発症後1時間余りの時点であっても100%である」という、医学的事実認定の誤りであることは、上記判決文からも明白です。なお、この判決文に は、「急性脳症では、高熱、意識障害、けいれんの三主徴が必ずそろう」、「低酸素性脳症は急性脳症とは全く異なる病態である」といった二重三重の誤認も含 まれていますが、今回は、ページの関係上、「急性脳症に対するX線CTの感度」に焦点を絞ってお話します。

 急性脳症といっても様々な種類がありますが、典型的な急性脳症である急性脳虚血(脳梗塞)に対するX線CTの感度は、発症後3時間以内でもわずか12%3)、 つまり9割近くは見逃してしまうのです。ましてや、急性脳梗塞よりも、病変の完成に時間がかかる代謝性脳症や脳炎では、さらに陽性所見が得られる可能性が 低くなります。つまり、事実は判決文とは全く逆で、急性脳症では、発症から1時間余りのX線CTに異常が見られることは、ほとんど期待できないのです。

第三者の医師による医学検証の必要性

  裁判官は医学教育を受けていませんから、病歴、診察所見をふまえて検査結果を検討することもなく、どんな検査も常に感度、特異度共に100%であるかのよ うな幻想にとらわれたまま検査結果に飛びついて判断を誤り、その結果、誤判・えん罪が発生します。このような悲劇は、本来ならば第三者の立場にある複数の 医師が一次資料である診療録を検証すれば回避できるはずですが、ごく一部の民事医療訴訟を除いて1)、そのような制度は実現していません。

  北陵クリニック事件に関して言えば、診療録を検討して、診断に至る過程を文書として残した医師は私が初めてで、それも2008年に判決が確定してから2年 以上も経ってからでした。これでは、医事裁判で“検査万能教”による誤判・えん罪が繰り返され、放置され続けるのも無理はありません。さらに本症例では、 決定的な物的証拠と当時は思われていた筋弛緩剤検出検査においても、重大な誤りが明白となっています。この点については、稿を改めて説明します。

<参考文献>
1)医事裁判における天動説−トンデモ判決が生まれる構造
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/massie/201110/522185.html
2) Ikeda M. Fulminant form of mitochondrial myopathy, encephalopathy,lactic acidosis, and stroke-like episodes: A diagnostic challenge.Journal of Medical Cases 2011;2:87-90.
http://www.journalmc.org/index.php/JMC/article/view/149/128
3) Chalela JA, Kidwell CS, Nentwich LM, et al. Magnetic resonance imaging and computed tomography in emergency assessment of patients with suspected acute stroke: a prospective comparison:Lancet 2007;369(9558):293-8.