FDA長官のインタビュー解説

2004年3月
マーク・マクレランFDA長官インタビュー:「FDAが果たすべき役割は増すばかりだ」

 米食品医薬品局(FDA)は現在、増加する一方の研究開発費とそれによる医薬品の
高価格化、安価な輸入品の流入、弊害を指摘され始めたDTC(消費者向け)広告な
ど、多くの課題を抱えている。  就任から1年経った第18代長官のマーク・マクレラ
ン氏に、Pharmaceutical Executive誌のパトリック・クリントン編集長とワシントン
駐在記者のジル・ウェスラー記者がインタビューを行った。

MM = マクレラン長官
PE = Pharmaceutical Executive

PE: 最近あなたは、新薬開発のコストを抑えるためにFDAが果たすべき役割を強調し
ている。もちろんNDA(新薬承認申請)に必要な時間を短縮できるようにすればよい
のだが、それ以外にFDAができることはあるのか。

MM: その点は、新薬申請を審査するというFDAの最も重要な役割に直接、関係してい
る。申請を認めるかどうかは、その内容次第だ。我々が必要とする情報が申請書類に
含まれていなければ、臨床試験に投じたカネは無駄になる。FDAによる審査期間は、
新薬発売までに必要なプロセスの1割に過ぎない。しかし、我々の仕事は残りの9割の
プロセスにも影響を与える。

 それだけではない。FDAは、新薬開発に関するデータをどこよりも多く持ってお
り、何が有用で何が有用でないかを知り尽くしている。そうした経験を、製薬業界の
ために役立てることが可能だ。例えば、マイクロアレイ法による遺伝子解析の結果を
持っていても、それが何を意味するかが分からなければ価値はない。我々と製薬企業
が協力することで、単なるデータを価値ある情報に変えることができる。

(注:個々の申請データを集積して,公の役に立てようという姿勢は注目すべきである.当然,企業の了解を得た上でのデータの公開を前提にしているだろう.何かというと”企業秘密”で,株主総会で報告していることさえ隠したがるどこかの島国の製薬企業とは天地の差があるが,これからはそれでは済まない.承認されなかった薬の審査報告書(どこが問題だったかがよくわかる)や,規制当局と専門家の合同で行われる会議:FDAのAdvisory Comitteeに相当する の公開はもちろんのこと,副作用・有害事象の情報も公開すべきです→副作用データの集積と合成)

PE: 先日あなたは、DTC広告について、製薬企業から聞き取り調査を行った。何か成
果はあったのか。

MM: DTCの功績は、消費者が十分に理解していない疾患について告知し、治療を受け
させる点にある。患者がすべての治療を終える前に、病院に行かなくなってしまうこ
とはよくあるが、DTCのおかげで医療サービスに対する意識も向上しているようだ。

 ただし、医師からは、医薬品がもたらす効能ばかりを強調しているという指摘もあ
る。DTCにおいて、効能と副作用に関するエビデンスをバランス良く表示する方法を
考えるのは、FDAの役割だ。新聞や雑誌の小さなスペースでは、重要事項を伝えきれ
ない。現在、コミュニケーションやマーケティング、リスク管理の専門家が知恵を
絞っているところだ。

(DTC:医療従事者を介さず,企業から消費者に向けて直接医薬品の情報提供をすること.中立的な立場からではないために,有効性ばかりが強調され,副作用を含めて,企業に不利な情報が正しく伝わらないという問題点が指摘されている)

PE: あなたは、新薬の開発に莫大なコストがかかることや、画期的な新薬がなかな
か登場しないことに、強い懸念を表明している。こうした状況を改善するためにいく
つかの策も提案している。あなたは、開発コストを抑えることができれば、薬をもっ
と安くできると考えているようだが。

MM: その通りだ。

PE: しかし、価格は必ずしもコストに左右されないのでは。あなたはエコノミスト
でもあり、この点を理解しているはずだ。

MM: いや、多くの場合、コストは価格を左右するはずだ。競争市場では、より多く
の付加価値を持った製品を販売する必要がある。コストが少ないほど、多くの価値を
付加できる。FDAが開発コストの削減に手を貸すことができれば、それは価格に反映
される。

 確かに、価格を決めるのはFDAではない。しかし、もし私が製薬企業のCEO(最高経
営責任者)なら、できるだけ多くの付加価値を持った、つまりできるだけ安価な製品
を開発しようとするだろう。消費者は、増加する一方の医療費を批判的に見ている。
バイオ創薬もナノテクノロジーも、少ないコストで利用できなければ普及するはずが
ない。
 

PE: 薬の価格を下げる一つの方法は、より多く売ることだ。実際、業界の多くの人
が、治療にもっと薬を使うべきだと考えている。一方で、患者の中には薬漬けにされ
ていると考える人もいる。この点について、あなたの考えは。

MM: 薬の適正使用は、難しい問題だ。医師や患者が適切な薬を選択し、副作用の兆
候に十分な注意を払えば、無駄な投与を防げる。FDAは、医療現場での薬剤選択に直
接かかわることはできないが、無駄を減らすためにもっとできることはあると思う。
反対に、有効な薬がなくて困っている病気もある。現在の薬物療法は、あるべき姿か
らまだ隔たりがあるということだ。

PE: あなたは、米国と他の国の間で、また米国内でも、同じ薬の価格に差があるこ
とを問題視している。この点は解決できそうなのか。

MM: 解決しなければならないと思う。国民は、価格差問題に対して本当に怒ってい
る。米国で医療保険に入っていない人は、世界一高い薬を買わされている。しかし、
同じ薬を、カナダや英国や他の国ではずっと安く買える。この状況が長続きするわけ
がない。

 現在、他国の担当者とこの問題について討議しようとしている。世界中の誰もが良
い薬を使いたいと考えており、それが可能となる仕組みを各国が一緒になって考えな
ければならない。この問題を解決できないとなると、医薬品の進化に大きな影響を与
えることになる。

(注:この内外価格差とは,米国と他国の間に薬価差のことを言っているのか,あるいは6人に1人という大量の米国の無保険者が,保険がないゆえに高い薬を買わなければならないことのどちらを言っているのかは不明.多分前者だと思うのだが,MMが無保険者のことにも言及している点がよくわからない)

PE: しかし、例えばフランスの担当者が、「分かった。我が国でも薬の価格を引き
上げよう」と言い出すとは考えにくい。

MM: 現状のコスト構造のままで、より多くのメリットを引き出す方法を考えてみて
はどうだろう。例えば、さしたる科学的根拠もないのに、各国の認可基準は大きく異
なっている。基準を共通化すれば、開発コストを下げられる。

 また、米国ではジェネリックは確固たる地位を築いているが、フランスでは10%以
下のシェアしかない。今やジェネリックは、先発品と同様の効果と安全性を持ちなが
ら、価格は極めて安い。もっとジェネリックを利用すれば、同じ支出でより大きなメ
リットを得られる。浮いた分だけ、革新的な新薬の価格を高くできる。他の国も、こ
うした仕組みを取り入れるべきだと思う。

(注:このあたりのFDA長官の論理構成は破綻している.ジェネリック:後発品が全体のコストを下げると言っているのに,ジェネリックが幅を利かせる米国で薬価が高いことを認めている.ちなみにフランスは国民皆保険の国である.国民皆保険制度の下では後発品を使おうという動機が働きにくいのは確かである)

PE: FDAが策定した政策の実現には、司法省の査察官もかかわっている。別々の組織
ではなく、一緒になった方がよいのでは。

MM: FDAと司法省の業務は異なっている。司法省は主に、詐欺行為や犯罪行為を担当
している。可能であれば、我々も協力する。一方、FDAの担当は、医薬品や医療サー
ビスの分野で、間違ったカネの使い方がされていないかを監視することだ。医薬品の
宣伝広告や適応外処方に関しては、司法省とFDAが協力することが多い。目的は政策
をスムーズに実現することで一致しており、両者の判断基準に違いが生じないように
注意している。

PE: しかし、適応外処方を規制するのに、刑法を適用することは適切ではないので
は。医師は適応外処方を学ぶ権利を有しているし、適応外処方そのものも認められて
いる。

MM: 司法省が興味を持っているのは、科学的なエビデンスに基づいた適応外処方で
はなく、詐欺的なものだ。薬を処方することで不当な利益を得ているような場合も、
司法省の管轄となる。

(日本では考えられないことだが,米国では,適応外処方について,司法省が関心を持っていることがわかる.これはどんなケースだろうか?ここの医師の判断まで司法省が関心を持つとは考えにくいから,企業が積極的に関与するおおがかりな適応外処方があるのだろうか?)

PE: 適応外処方については、FDAももっと関心を持つべきでは。

MM: もちろん、いろいろな面で検討を行っている。最も有効な処方を医師が選択で
きるようにすることが重要であり、FDAが承認した適応がすべてでないこともよく分
かっている。しかし、十分なエビデンスが無い状況での適応外処方が、多くの副作用
を引き起こしていることも事実だ。

 我々は、副作用の監視にかなりのリソースを費やしている。これまでは、いわゆる
「副作用即時報告システム」に依存してきた。このシステムでは、製薬企業は副作用
をFDAに報告する義務がある。うまく機能していると思うが、将来は副作用の発生を
自動的に監視する電子情報システムのようなものが必要となるかもしれない。

PE: 海外から安価な薬を持ち込む逆輸入問題に関して取材すると、消費者が輸入薬
の品質や安全性をあまり重要視していないことに驚かされる。消費者は、FDAの使命
は終わったと考えているのではないか。

MM: 我々は、国民の健康を守るというミッションを常に自分に問いかけている。
我々がやるべき仕事は、科学の進歩や社会環境に応じて変化する。FDAの存在意義が
無くなったとは、全く思わない。それどころか、FDAの役割は、かつてないほど重要
になっている。思わぬ副作用を起こしかねない複雑な医薬品が増え、食品の安全性を
脅かす要因も増加している。より強力なFDAが求められているはずだ。

 米国民は、世界で最高品質の薬を入手できる環境にある。この環境は、自然にでき
たものではなく、様々な努力の結果だ。薬の違法製造やネット上での違法販売など、
新たな脅威も迫ってきている。こうした違法行為に有効な策を講じるのは、なかなか
難しいのが現状だ。議会もこうした状況に、強い興味を示している。安全性さえ担保
できれば安価な薬の輸入は有益だ、とする意見もあるが、現行法では担保できない。

PE: 国民は、輸入品は危険だとする考えに懐疑的だが。

MM: カナダと同じ値段で、安全で有効な薬を買えるとなれば、もちろん大衆は喜ぶ
だろう。しかし実際には、大衆は輸入品の安全性にそれほど注意を払っていない。輸
入を認めようとしている2、3の州の動向がマスコミの注目を集めているが、輸入に反
対する人は大勢いる。

(注:一部の無謀な市民が,FDAの懸念を無視して勝手に薬を個人輸入し,勝手に副作用を被っている現状から,FDAなんか要らないじゃないかと,PEの挑発的だが,無理な問いかけに対し,だからこそFDAのような組織が必要なのだと,MMは冷静に反論している)

PE: あなたは、相当に保守的な組織に改革を持ち込もうとしている。職員からの抵
抗はないのか。

MM: 特に製薬企業の間では、FDAはブラックボックスのようなものだとの批判がある
が、実際に来てみるといいだろう。専門性を持った多くの優秀な人材が、目標に向
かって一生懸命働いている。批判は、承認を受けられなかったことに対する製薬企業
の言い訳に過ぎない。

改革案は私が考えたのではなく、職員のアイデアから生まれたものだ。職員は改革
が必要だと本気で思っており、ためらう者はほとんどいないはずだ。

PE: FDAの予算は減少している。改革の実行に支障はないのか。

MM: 2004年の予算は、減少ではなく横ばいだ。財政が厳しいことに変わりはない
が。いずれにせよFDAに改革が必要であること、そして今が実行の時であることは間
違いない。

PE: FDAの使命も変わりつつあるのか。

MM: 基本的な使命は、この100年間変わっていない。つまり、米国民を危険な製品か
ら守り、健康を増進させるという使命だ。FDAが発足した当時は、良薬は少なく、非
衛生的で有害な食品も多かった。現在、状況は大きく変わったが、例えば、テロリス
トが大量に流通している製品に毒を混入するなど、新たな脅威も生まれている。

 医薬品に関して言えば、製品の安全性確保や適切な使用方法の遵守のため監視を怠
らないよう注意し、市場に危険な製品が出回らないようしなければならない。それだ
けでなく、新たな研究成果が製品に反映されるよう手助けするのも我々の使命だ。膨
大な数の研究が新たな分野で行われているが、実際に医療現場で利用できるレベルに
まで到達したものは数少ない。例えば、遺伝子学を利用したいわゆる“個の医療”で
も、実用例はほとんどない。

PE: あなたが長官になってから今日でちょうど1年だが、医薬品業界についてこの1
年で新たな発見はあったのか。

MM: 医薬品業界がこれまで成し遂げてきたことのありがたさを、実感することがで
きた。ここ数十年で、米国民の健康度は劇的に改善されたが、それは自然にそうなっ
たわけではない。この業界で働く人とFDAが、共に努力して実現したものだ。今後も
正しい意思決定を続けていけば、現在よりもさらに健康で幸福な社会が到来すること
を確信している。

 マーク・マクレラン長官の略歴

 マクレラン氏はテキサス州出身で、政界関係者を多く輩出してきた家系に生まれ
た。兄のスコット・マクレラン氏はホワイトハウスの副報道官。母のキャロル・キー
トン・ライランダー氏はオースティン市の初の女性市長で、現在は州の会計検査官
だ。祖父のページ・キートン氏は、テキサス大学の法学部長だった。

 マクレラン氏は、ハーバード-MIT健康科学工学部(ハーバード大学とマサチュー
セッツ工科大学の合同学部)で医師資格を、MITで経済学の博士号を取得している。
スタンフォード大学では経済学部と医学部の助教授として勤務し、内科医としての仕
事もこなした。彼の研究テーマは主に、医療コストが経済に与える影響についてであ
り、クリントン政権時代には財務省職員として、ブッシュ政権ではFDA長官就任以前
に主席経済補佐官として、米国の医療政策にかかわってきた。

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