「臨床」の定義

私の師匠は,沖中重雄の高弟である.私には他愛ない自慢が二つあって、一つは神田駿河台生まれということ、もう一つは沖中重雄の孫弟子だということだ。

新入医局員になってから、症例検討会や回診で、病理・組織材料もない症例で、彼がしばしば「臨床的に診断できる」と、言うのを耳にした。私は、「病理・組織診断を考えなくてもいい症例なのだから、ただ”診断できる”と言えばいいのに、わざわざ、”臨床的に診断できる”って、言うのはなぜだろう?」と不思議に思っていた。

しかし、ある日、ふと気付いたことがあって、おそるおそる尋ねてみた。

「あのう、先生が”臨床的に診断できる”っておっしゃるのは、”CTなどの検査がなくても”ってことでしょうか?」
「何か他に別の意味でもあるのか?」
「いっ、いいえ、たっ、ただ、念のためお聞きしたかっただけです」

そう、彼にとって、「臨床」とは、文字通り、床に臨んで患者さんの話を聞き、診察をすることであって、検査は臨床の範疇に入っていなかったのだった。

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