事故調に商機を見るメディア

自然災害は実在しない(報道の世界では)
報 道の世界には純然たる自然災害というのものは実在しない。災害が起これば、すべからく「人災」に変換されてメディアの商品に化ける。その時に被害のうちの 一体何パーセントがヒューマンエラーによるものかなどという議論は全く行われずに、決まってあたかも全てが人災であるかのような商品内容に仕立てる。そし て被害者及びその家族の感情を行政や関連インフラ構築を担当するセクターの攻撃に向かわせ、その攻撃の様子も商品にする。そして裁判沙汰になれば、それも また商品にする。こういった一連の商品の内容について、その商品を作成した当のメディアは全く責任を持たない。裁判の結果が自分たちの思惑通りになれば、 「真相究明」のために被害者の怒りと悲しみを代弁した自分たちの大手柄であると自画自賛する。そうでならなかった場合には自分たちの作った記事や番組につ いて、お得意の記銘力障害を発揮するか、完全黙秘を貫くか、どちらの選択肢を取ってもいい自由を謳歌する。実はこれが彼らの最も得意とする「言論の自由」 =「何をどう報道しようとしまいと俺たちの勝手だ」である。

メディアは事後検証しない
北陵クリニック事件は、医療事故報道についても全く同じ事が当てはまることを 示している。調査報道という言葉が死語になってから久しいが、報道の事後検証という言葉はいまだに実在さえしていない。そう断言するのは、もし日本のメ ディアが本気で事後検証していたのだとしたら、一社だけが自社の報道を自己批判するような子供だましでお茶を濁すようなことはしないからだ。日本のメディ アにとって最優先の事後検証対象

おくやみ欄の変遷は何を意味しているのか?

そ の昔は経済界、芸能界、政界等で地位のある人や、知名度の高い人が亡くなれば、全国紙にも社会面の下の方に「おくやみ欄」があったものだ。ただ、この「地 位」とか「知名度」の基準がどこにあるかは一切不明で、中学生の私はもちろん、両親も祖父母も一度も聞いたことのないような元最高裁判所長官とか元日銀理 事とかの名前がしょっちゅう載っていたと記憶している。そもそも新聞を購読していない私には断定的なことは言えないのだが、この、おくやみ欄は、どうも今 は地方紙にしか残っていないようだ。このおくやみ欄の威力地方紙のシェアが全国紙をはるかに凌ぐ原 動力の一つになっているという。おくやみ欄は人の死が人の行動に及ぼす影響の大きさを象徴すると同時に、メディアの存在意義について我々に問いかける。全 国紙でのおくやみ欄の消失と医療事故報道の関係は、絶好のメディア研究テーマになると思っているのだが、独創的な研究テーマほど誰もやらないという逆説は ここにも当てはまるだろうから、私がじっくり腰を据えてやることになるだろう。まずはその研究背景から。

病死では「お話にならない」商売
新 聞社の使命は読者に興味を持ってもらうことだから、全国紙のおくやみ欄が亡くなったのは、偉い人が病気で亡くなっても読者の興味を惹かないと判断したから だろう。しかしその全国紙も、業務上過失致死を含めた犯罪で偉い人が殺されれば大々的に報道する。犬が人を噛んでもニュースにはならないが人が犬を噛めば ニュースになるのと全く同じノリである。小学校6年生の女の子が急性脳症になってもニュースにはならないので、筋弛緩剤による殺人未遂事件に仕立てあげた 記事を売りまくったり、少年事件で実名報道するのと全く同じく会社の収益を考え、より効率的に売れる記事を作る。人が病気で死んだだけでは商売にはならな い。それをどう料理して飯の種にするか?それがメディアの本質であり、多くのジャーナリスト達はそこに自分の存在意義を見い出す。

無知・無視・無恥の三種の神器
ジャー ナリスト達の中でも、医療者の主張に耳を傾けない人々は、医療に対して無知のまま、医療者の主張を無視してでたらめな自説を主張しても、何ら恥じることは ない。この無知・無視・無恥の三無の神器を振り回し、脈の取り方一つ知らない警察官や検察官が垂れ流す報道発表を鵜呑みにした記事ができあがる。一方,医療リテラシーの獲得によって,亡くなった患者さんから死亡例から学ぶ態度が見えてくる.

副 作用で患者が死んでも構わないとは誰も思っていない。もともと医療者、企業、行政は協力して医療の安全性向上に腐心してきた。さらに上述のように医学の進 歩の重点目標は、有効性のみではなく、リスクベネフィットバランスに移ってきている。そして、承認前はもちろん、市販後も協力して医薬品の安全性を高める 努力を続けている。下記の記事はそのような努力のほんの一部でしかない。

それだけ安全性を重視する時代になっているのに、一般大手メディ アはかつて薬の副作用は全て企業と厚労省の癒着の結果であるかのようなデマを撒き散らしてきた.イレッサでの裁判結果を踏まえて,そのあたりは大分おとな しくなったが.医療事故については全てをヒューマンエラーに帰結できるかのようなデマ報道を継続している。それというのも、「薬害」で企業が訴えられた り、医療事故で医療者が業務上過失致死で身柄を拘束、起訴されたりする報道で、大きな収益を上げられるとの夢を今でも捨てきれていないからだ。そんな報道 の根底を成していた裁判が、真相究明の場ではない事実に、今や誰もが自由にアクセスできる時代になっているにもかかわらず。

下記の記事で は6人もの死亡例が報告されている。一般大手メディアはそれをどう考えるのだろうか?医薬品の副作用については,その6例を静観するのだとしたら、腹腔鏡 手術や生体肝移植での死亡例を全てが過失であるかの如く大々的に報道するのはなぜなのだろうか?その報道と、ミトコンドリア病による急性脳症の患者が筋弛 緩剤による殺人未遂事件の犠牲者だとの報道と、どこが違うというのだろうか?
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死亡の全6例でガイドライン不適合投与  トファシチニブの市販後全例調査( 日刊薬業 2015年4月30日 )
  抗リウマチ薬トファシチニブ(製品名「ゼルヤンツ」)の市販後全例調査(PMS)でこれまでに6例の死亡が確認され、全てで日本リウマチ学会(JCR)の 定めたガイドライン(GL)に適合しない投与が行われていたことが分かった。25日まで名古屋市で開催していた第59回日本リウマチ学会総会・学術集会 で、北海道大大学院医学研究科免疫・代謝内科学分野の渥美達也氏が報告した。渥美氏は、トファシチニブを投与し全例調査に登録された1629例について、 2015年2月27日までの副作用発現状況などを解説した。(中略)
 渥美氏によると、死亡例はいずれもGL非適合例で、死因は感染症が3例、心 血管系障害が3例だった。感染症例のうち2例が70歳以上で、糖尿病の合併もしくは10mg/日以上のステロイド使用を確認した。心血管系障害例の2例で は、高血圧、糖尿病または脂質異常症を合併していたという。さらに6例中2例は関節リウマチ以外の疾患で使用するなど、添付文書の記載を逸脱していた。渥 美氏は、投与の際に添付文書の記載事項を確認するよう強く推奨。「JCRガイドラインを十分に考慮していただきたい」と訴えた。(後略)
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(続く予定)

一般市民としての医師と法