陰謀史観

内田 樹が「情報リテラシーについて」と題して、「陰謀史観」に飛びつく人々について書いています。

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「情報の良否が判断できないユーザー」の特徴は、話を単純にしたがること、それゆえ最も知的負荷の少ない世界解釈法である「陰謀史観」に飛びつくことである。ネット上には、世の中のすべての不幸は「それによって受益している悪の張本人(マニピュレイター)」のしわざであるという「インサイダー情報」が溢れかえっている。「陰謀史観」は、この解釈を採用する人々に「私は他の人たちが知らない世の中の成り立ちについての“秘密”を知っている」という全能感を与えてしまう。そして、ひとたびこの全能感になじんだ人々はもう以後それ以外の解釈可能性を認めなくなる。
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世の中のすべての不幸はユダヤ人(あるいはアル・カイーダ)の陰謀であるという信仰が、陰謀史観の典型例です。

秦郁彦先生は御年八十になっても、世界中の陰謀史観を叩きまくっていますが(*)、それこそ、世に陰謀史観の種は尽きまじです。みなさん、自分が納得できるわかりやすい物語を作って、それを受け入れて思考停止したいんですよね。いくら大脳が発達したといっても、所詮は動物ですから、何の根拠も無しに、あるいは自分が根拠と考える材料を吟味すること無しに「あいつが悪者だ」と決めつけてしまいたいのです。「考える」「立証する」「検証する」なんて面倒くさい作業はやりたくないんです。

お医者さんの中でも、厚労省の「陰謀史観」で全てを解釈しようとする人の何と多いことか。そういう人に限って、「現場を知らない厚労省の役人達」というラベル付けが大好きです。現場を知らない役人達が、現場を知っている偉いお医者様達を動かす巧妙な「陰謀」を仕組めるという、「信仰」の馬鹿馬鹿しさに気づけないリテラシーの低さよ。

とは言っても、この種の「陰謀史観」・根拠のない強迫観念・被害者意識が実際に戦争を起こしてしまうところが恐ろしい。たとえば、第二次大戦は、ユダヤの陰謀、ボルシェビズムの陰謀、Lebensraumといった言葉に代表される様々な陰謀史観のごった煮から生じたものですし、大東亜戦争だって、ペリーが浦賀に来た時から因縁をつけられてきた日本という被害者意識と黄禍論とが、うまく「マッチング」して生じたものですから(*)

秦郁彦 陰謀史観 (新潮新書)

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