生老病死のエコロジー

何でもかんでもエコロジーの時代です。ですから、四苦八苦に対する感情・思考も、エコロジカルに行きましょう。材料は例によって、寺山修司です。

昭和十年十二月十日に
僕は不完全な死体として生まれ
何十年かかって
完全な死体となるのである
(後略)(「懐かしのわが家」より)

この詩の素晴らしいところは、応用が利くことです。「死体」は「痴呆患者」、「癌患者」といろいろ変えられます。

1.自分が不完全な死体であることに気づく。

2.病や死を呪って苦悩する「無駄」(だって呪ったって、病気が治るわけではないし、死を免れるわけでもない)に気づく。→不完全な死体という資源の無駄使いに気づく。

3.不完全な死体という資源の有効利用ができないかと考える。

4.不完全な死体という資源は、死に行く者との共感・仲間意識を生み出し、哀れみ(自分はああならないでよかった&なりたくない という幻想)を排除する。

5.不完全な死体という資源は、相対的に今の瞬間の大切さを切実に意識させ、今の瞬間、今日という日を大切にすることが、自分の肉体の消失に備えることだと気づかせる。

6.不完全な死体という資源は、自分の死に対する苦悩を和らげる。そうやって、不完全な死体という資源を利用し、より幸せに生きようとする自分の姿を感じて、また幸せになる。

7.不完全な死体という資源を利用すれば、大切な人の肉体が消失しても、その人の影響力を大切にできる。そして、その人の肉体がこの世にあった時以上に、その人の影響力を有効活用できる。そうやって、不完全な死体という資源を利用し、より幸せに生きようとする自分の姿を感じて、また幸せになる。

8.自分や大切な人の病や死までも資源として利用して幸せになる素晴らしい戦略を、いつでも何処でも誰でも無料で利用できるようにする自分の姿に、自分も周囲の人も感動して、自分も周囲の人も幸せになる。

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