奇跡の予知医療物語ー詐欺師と王様と私たちー

放火犯は消防士?
「急変の場面にはいつも守大助がいた.だから守は毒殺魔だ」という主張が,かつて全国のメディアで展開された.それは「火事の現場にはいつも消防士がいた.だから消防士が放火犯人だ」という主張に等しい.守氏は職務として急変した患者の対応のために招集された.つまり守氏が駆けつけた時,患者は既に急変していたのである.

守氏は予言者?
北陵クリニック事件の裁判で、
筋弛緩剤中毒という「やぶ医者には見えない素晴らしい診断」を下した橋本保彦氏(当時東北大学医学部教授)を裸の王様とすれば、王様をだました詐欺師に相当するのがマスメディア・警察・検察です。事件発生から今日まで15年間もの間,王様亡き後も,彼等は我々市民を欺いてきました。その彼らが使った珍妙なほら話が,下記に述べる「奇跡の予知医療物語」です.

 北陵クリニック事件が発生した15年前はもちろん、今日の最新医療をもってしても、患者さんの急変を事前に予知する手段は開発されていません。もしそんなうまい話があれば、とっくの昔に救急車出動は激減し、病院の救急外来は不採算部門として閉鎖されていたはずですが、そんな報道は寡聞にして存じません。

原因より結果の方が先に起こる?
原因と結果では必ず原因の方が先に起こります.インフルエンザにかかった後に熱が出るのであって,熱が出たからインフルエンザになるわけではありません.一方、救急場面での血管確保=点滴は,急変の後に行われます.私の知る限り、地球上では急変を予知して事前に点滴が行われるような,奇跡の予知医療はいまだに実現していないのです。

 北陵クリニック事件では、「急変の守」というキャッチコピーをマスメディア・警察・検察がせっせと垂れ流しました。急変の場面にはいつも守がいた。そしていつも守が点滴した。だから守が犯人だ。というわけですが、このシナリオこそが奇跡の予知医療、つまり守氏が、地球人医師にはない患者急変予知能力を持った宇宙人であることを大前提にして初めて成り立つ空想医学物語です。

もちろん現実は,このような間抜けなほら話を真っ向から否定しています。まず、もし守氏が患者急変予知能力の持ち主ならば、肝心の自分の運命も予知して、無期懲役を回避できていたでしょう。さらに、北陵クリニック事件の裁判は全て,守氏が正真正銘の地球人であることを大前提にして行われました.裏を返せば,守氏が患者急変予知能力を持った宇宙人だというのは真っ赤な嘘であると,確定判決も認定しているのです。

 加えて,北陵クリニックでは、地球上で普遍的な診療が行われていました。それは検察官から嘘つき・やぶ医者呼ばわりされている私が診療録を検証して確認済みです。急変を判断した医師が,その判断の後に、守氏に指示を出して点滴が行われたことが診療録に明確に記載されていました.麻痺した手足を動かす奇跡の治療を行っているとの評判が高かった北陵クリニックですが、守氏が予知能力を発揮して、医師が判断するよりも早く,いや,患者が急変する前に点滴を行うような「奇跡の予知医療」の痕跡すら認められなかったのです。

 以上が、今日まで15年間にわたって、教授先生方,そして我々が本気で信じてきた「筋弛緩剤点滴事件」という名のほら話の正体です。「急変の守」.詐欺師達が垂れ流したこのキャッチコピーのために、15年間以上にわたり,今日も守氏は無期懲役、A子さんは突然死の恐怖に放置されているのです。

 ただし、そこで「随分とひどい話だ」と憤る「正義感」には注意が必要です。なぜなら、この種の正義感は「こんな馬鹿げた話は聞いたことがない。警察や検察の中でもごく一部の人間が仕組んだことだろう」という警察・検察性善説型思考停止か,「警察や検察は組織全体が悪の巣窟である」という性悪説型思考停止のどちらか一方の極端に辿り着いてしまうからです。いずれの思考停止も責任追求と処罰感情を生むだけで,肝心の我々自身の当事者意識=裸の王様の行進を15年間にわたって応援あるいは黙認していた市民としての自覚を消去してしまいます.

 橋本氏を裸の王様と笑うことは簡単です。しかし「司法の無謬性」という「愚か者には見えない素晴らしい衣装」を売りつける詐欺師達にまんまとだまされてきたのは我々自身です.そこで「よくもだましたな!」と怒りに震えて、市民をバカ殿様扱いしてきた犯人捜しに血眼になって一部の警察官や検察官に吊し上げたところで,報道過誤・司法過誤というシステムエラーは解消できません.このことはシステムエラーを隠蔽することによって医療事故再生産してきた医療事故裁判が実証済みです。

 「全ての警察官・検察官は絶対に間違えない。もちろん嘘も言わないし。ましてやマスメディアを使って事件をでっち上げ、市民を冤罪に陥れることなんて絶対にやらない正義のヒーロー」.今日も市中に氾濫する,そんな幼稚園児並みの思考停止に依存して、大の大人の我々は報道や司法サービスに対するユーザーレビューを怠り、報道過誤・司法過誤というシステムエラーを放置してきました。今や、そのツケが我々自身に回ってきているのです。

 我々が報道や司法サービスに対する当事者意識を取り戻すためには,北陵クリニック事件という現代の寓話を,教授・医師達とマスメディア・警察・検察の関係だけではなく,我々とマスメディア・警察・検察の関係で捉え直す必要があります.詐欺師の本当の標的は王様ではなく我々市民です。なぜなら、たとえ王様をだませても、行進する王様が市民の嘲笑の対象になれば、詐欺師達は商売ができなくなるどころか、市民によって断罪されるからです。

 森炎氏によれば、「刑事裁判は全て冤罪」(教養としての冤罪論 岩波書店)なのですから、北陵クリニック事件に限らず、どんな裁判でも多かれ少なかれ、裸の王様の構図が使われてきました。古畑種基が関与した数々の冤罪事件は、彼が裸の皇帝陛下として行進を繰り返した結果です。また、特定の人物が裸の王様に仕立てられるとも限りません。20013月の東京女子医大冤罪事件では、検事出身の弁護士を入れて事故報告書を作った病院の委員会が裁判官と市民をだまそうとしました。北陵クリニック事件の再審請求審では、御用学者が一人も現れなかったので、検察官自らが名医を演じ、公文書で私を嘘つき・やぶ医者呼ばわりすることによって裁判官をまんまとだまし、再審請求を棄却させることに成功しました。

国家公務員である検察官が本当に頼りにしているのは、御用学者でも裁判官でもありません。自分が納税者であることも忘れ、司法の無謬性と科学捜査の科学性を堅く信じて検察官を養い,熱い声援を送る。そんなお人好しの国民の皆様による御支援こそが、正義のヒーロー達の生命線だったのです。

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