最新医学に対する強迫症状

よく、最新の医学・最新の診療という謳い文句にお目にかかる。何を寝ぼけたことをといつも思っているが、あるメーリングリストで、最新の医学の進歩に遅れないようにするには、どうしたらいいかという真面目な議論を受けて書き込んだ。

○”最新の医学”は進歩を提供できない
たとえば、ノーベル賞を取ったプリオン病の研究はどうでしょうか?数年前はプリオン病治療の候補物質がいろいろ取りざたされましたが、今はすっかり音沙汰無しです。アルツハイマー病のアミロイドの分離・同定ができてから、デユシェンヌ型筋ジストロフィーの遺伝子異常が見つかってから20年たちました。多くの人が、当時の”最新の医学”を必死に勉強したものです。こいつら、偉そうな顔をして、金だけどんどん食って、一体いつになったら,患者さんに成果を還元できるのか?いや,20年たっても話題にしてもらえるのは、まだ恵まれている方です.一部の研究者の予算獲得のみに貢献した後,うたたかのように消えていく”最新の医学”の何と多いことか.最新医学が現実的な成果をもたらすことがごく希ならば,最新医学を知る意義がどこにあるのでしょうか?

○何も今、急いでゴミ拾いしなくても
三共製薬の遠藤章氏がスタチンを発見したのが1973年。メバロチンが世に出たのが1989年です.最も強運な最新医学が現世に御利益をもたすにしても,これだけの時間がかかります.その間に、その他大勢の最新医学は、何ら足跡を残すことなく、どんどん消えていきます.どうせ消えていくような最新医学を躍起になって追う必要があるのでしょうか?

○それでも強迫症状が止まない人は、まずは他人に頼る
ランセットは商業誌,NEJMに載るのは企業主導治験ばかり,そんな世の中で,何を信用したらいいのかというのが,多くの方のお気持ちでしょうか?でも,悩む必要はありません.最新医学の多くがごみならば,その最新医学を掲載しているNEJMやランセットの記事の多くもごみということになります.ごみならば,まともに相手にしないのが最も簡単なやり方です.Trust nobodyならぬ,Trust no paperです.

さて、それでも全く勉強しないというのも気持ちが悪い。特に自分の知らない分野で、常識がどうなっているのか知りたいという方は、他人に頼ることです。自分がよく知らない分野での、最新医学、臨床のトレンドの批判的吟味は、他人に助けてもらえばいいのです。各自が自分のできる範囲で相互に吟味する。そのルートをふだんからなるべく多く確保しておく。大学の同級生、診療所に出入りする学生さん、学会上でのおしゃべり、そしてこのML・・・そう考えると、どれも、みなさんやっていることではありませんか。そうです、今のままでいいのです。

○如何にして勉強をサボるかが大切
今のままでいいと言われても、どうしても納得できない勉強熱心な方でこのMLは構成されています。しかし、何もかも自分でまかなうスーパーマンになる必要性は一切ありません。だってもうみなさん、十分スーパーマンなんですから、それ以上一生懸命やっても、うつ病のリスクが高まるだけです。このMLのメンバーのほとんどにとって必要なのは、如何に勉強するか よりも、如何に無駄な勉強を避けるか という助言です。

私が最近実行しているのは、簡単なことです。勉強しようかなどうしようかなと迷った時は、やらないと決めることです。そうすると、どうしてもやらなければならないことに集中できる上に、やらなかった項目を思い出す度に(別に思い出さなくても、忘れてしまうようなものは勉強する価値がなかったのだと考えらればいいだけですが)、ああ、あれをサボっても、全く何の影響もなかったと、随分と得をした気分になれるので、一挙両得です。

うつ病の発症リスクの一つに、優先順位をつけられない性格があります。あれもこれも勉強しなくてはと思い、結局どれもできなくて、自責の念→自己攻撃性が高まるのです。こういう場合、あれもこれも検査しておけという節操のない指導医を自分の心の中に飼っているようなものだと、外在化して、私の真似をしてみることをお勧めします。

○薬の開発よりも有望なことにあなたの情熱を注ごう
1980年以降に出現したブロックバスターはスタチンぐらいのもので,病気の自然経過を劇的に改善する薬は,ごく一部の疾患の治療薬に限られている.薬の開発の歴史を振り返ると,真の意味での新薬の出現は20世紀半ばから後半がピークだったのではないか.一方,試験の規模はどんどん大きくなっていく.つまり開発リスクは高くなっていく.もはや臨床開発は夢のある商売ではない.これからの製薬会社はバイオ産業の輝ける星ではなく,(石炭産業とまではいかなくても),鉄鋼業のような成熟産業の運命を辿るのではないか.
分子生物学は,20世紀の遺物である.そんな効率の悪い妄想に血道を上げるよりも,行動科学や心理学にあなたの情熱を投入すれば,もっと多くの人を救うことができる.

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