事故原因究明と補償を分離せよ

裁判外紛争解決の話が遅々として進まない最大の原因は,補償の仕組みができないからです.現行の医賠責はとっくに破綻しています.(→医師賠償責任保険の破綻)保険金支払いが保険料収入を大幅に上回っているため,損害保険会社の大幅な持ち出しになっています.損害保険会社は保険料率を徐々に引き上げていますが,焼け石に水です.日本医師会の賠償責任保険の惨状は目を覆うばかりで,それゆえ,一番の金食い虫の事故リピーター医師の再教育を打ち出していますが,仮にリピーター医師を全員廃業に追い込んだとしても,構造的な赤字は決してなくなりません.

このように医賠責の破綻が明らかな今日,補償の仕組みと事故原因究明システムをワンセットにして話を進めようとすれば,話がいつまでたっても進まないのは当然です.わざわざ話をこじれる方向に持っていくのはやめましょう.事故原因究明の仕組は補償問題と分離すべきです.航空機事故や鉄道事故はそうなっていて,中立機関による事故原因究明ののちに補償問題に移っているのは皆さんよくご存知の通り.一方,補償問題に関しても,現在の損害保険制度を改善する余地があります.→医療事故被害者のための保険

一方で,厚労省が下記のようなモデル事業を始めました.
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「医療死」検証に中立機関――医学会挙げて共同声明
 医療不信を払しょくしようと、日本内科学会、日本外科学会など医療関連の19学会は30日、手術などで患者が死亡した際にミスの有無などを中立的な専門機関で検証する制度を目指す共同声明を発表した。警察に「異状死」を届け出る現制度には問題が多いとして、真相解明と再発防止の新たな仕組みとして提唱している。法改正の必要性も指摘した。
 共同声明は今春、内科学会など4学会が出した声明がベース。賛同した15学会が加わり、加筆した。19学会の会員は延べ29万人と全国の医師の半数以上といい、医療界を挙げたアピールになった。
 中立機関は厚生労働省が来年度、モデル事業として全国数地域でスタートさせる計画。学会側は具体的な制度設計を同省と詰める。記者会見した日本内科学会理事の池田康夫・慶応大教授は「医療側の届け出だけでなく、家族側の申し立てでも検証する」と説明した。[2004年10月1日/日本経済新聞 朝刊]
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役所の方で,こういう流れが出てきたのですから,こういう流れを利用すべきです.裁判外紛争解決のグループもこのような行政の流れと連携して,まず,事故原因究明機関の確立に力を注ぐべきです.

事故原因究明と補償の仕組み分離の利点は下記のように明らかです

1.補償+事故原因究明ワンセット方式が直面している難局の打開.
2.莫大な経済的負担覚悟で法的手段にまで訴えるのは,金が欲しいからではなく,事故原因を究明したいからだという人が圧倒的に多い.そういう要求に応えられる.
3.裁判所としても,審理の最大の障害になっている事故原因究明プロセスを,外部機関が受け持ってくれるのは大助かり.こういうところこそ,法務省・厚労省の縦割り行政の出番です.
4.訴えられる側も,事故原因究明と金の問題が分離できるので,原告側と直接対決する裁判より冷静に事故原因究明に臨めるし,事故原因究明に,より協力しやすい.

たとえば,新薬を世の中に出すプロセスでも,私がやっている新薬審査(治験を終えた化合物がガマの油なのか,夢の新薬なのかを科学的,中立的な立場から判断する)と,保険適応(その薬の値段を決める)は完全に分離されていて,その分離が有効に機能しています.(このあたりは医者でも知らない人がいますが,そういう人がいたら,教えてあげてください)

金と科学の出した結果は,現実世界では密接にリンクしますが,結果までに至る科学的判断のプロセスは,金と切り離せますし,また切り離さなくてはなりません.

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