pigheart.jpegブタ心臓の観察のすすめ(医療従事者対象) 

東京大学医学部附属病院検査部 櫻井 進 技師


<ブタ心臓の観察のすすめ>
心エコー検査は、MRI検査・CT検査・血管造影検査などと同様に、心臓とその周辺の解剖学的知識を高度に要求される検査です。心エコー検査を的確に行うためには、断層心エコー図で得られた画像から心臓各部の位置関係を立体的に正確に構築する能力や心臓の組織構造を正常と異常とに識別できる能力などが必須です。 では、これらの知識を容易に習得するにはどのような手段があるでしょうか。実際のヒトの心臓を使うのはどうでしょうか?術中の開胸心を見る機会があればいいですけど、なかなか見る機会はないと思います。ましてや内部構造を詳細に見る機会は剖検心でもないかぎり不可能です。よく用いられるのは、 市販の心臓模型 です。これは、随時に立体的な心臓各部の位置関係を大ざっぱに構築する能力を養う上では良い選択です。しかし、比較的高価(1個$40〜$1500)で、正常心臓の組織構造の理解にも不向きです。そこで今回は誰でも簡単に手に入れられる安価なブタの心臓を用いて、これらの知識を習得する方法をご案内します。心エコー検査だけでなく、MRI検査・CT検査・血管造影検査などにおいて、より的確な技術習得および結果解釈のために有用であると確信します。

<ブタ心臓の買い方>
 さっそく肉屋に行きましょう。ブタ心臓を買うには、たぶん予約が必要でしょう。ブタは皮、肉、内臓に分けられ解体されますが、心臓の処理のしかたは2種類あります。まず、単品パーツすなわち食用として心臓のみ流通させるためのものと、舌から腸までのひとつながりのものがあります。前者は冷凍品として後者は冷蔵品として主に流通しています。どちらも心臓の前面に斜めの割が入っています。食品としての流通上の理由のようですがよくわかりません。お薦めは後者による心臓およびその付属物をまとめて購入する方法です。なぜなら冷凍された単品パーツでは食用としては不要な組織が除去されているからです。新鮮な冷蔵品であれば、大動脈、肺動脈、下大静脈などがついています。マニアックな買い方として、これらに加えて、心膜、食道などをリクエストすることも可能です。価格は100gで約100円でしょう。1ヶあたり約500円です。ヒト心臓より少し大きいです(ちなみにヒト心臓は350-400g程度です)。なお、購入から使用するまで時間がある場合には、冷凍保存しますが、必ず個別に袋づめしてから冷凍して下さい。でないと解凍に手間取り、鮮度が落ち本来の色が失われます。最悪の場合、組織片を引きちぎったり、異臭の原因になります。

<ブタ心臓の解体と準備>
 ブタ心臓の展示
正式な心臓の解剖のしかたは成書を参考にして下さい。完全な心臓が複数個あれば、心内構造物はどのようにでも呈示できます。しかし、今回使用するブタ心臓では斜めの割が入っているため、傷のない三尖弁、右室の観察には不向きです。ここでは先日心エコー検査実技講習会でブタ心臓を呈示したときの様子を示し、その時の説明を主に書きます。
 5個の新鮮ブタ心臓を購入後、一つづつ包装しなおし、冷凍したものを用意しました。前日から冷蔵庫に移し換え解凍を始めます。
1. まず5個それぞれの損傷度と付着臓器を確認した。
2. 損傷、切除などにより観察しにくいのは、右室、三尖弁、右房、大動脈、肺動脈、上下大静脈などです。これらの部位が損傷なく付着している心臓は、全心臓としてそのまま使用した。
3. 心臓-1(心内構造物観察用):OHP用紙(透明)に各種部位名を小さく印字したものを用い、心内構造物ごとに裁縫道具を用い糸でくくりつけた。代表的な部位としては、左右心室および心房、僧帽前尖、後尖(lateral,middle,medial scallop)、三尖弁、大動脈弁(左右無)、肺動脈弁、大静脈(上下)、心耳(左右)、乳頭筋(前後)などである。左右の心房心室、右心耳および左心耳は内部構造が観察できるように割を入れた。
4. 心臓-2(血流方向の観察用):大動脈、肺動脈、下大静脈などの付着物があり全体構造がわかりやすい心臓を用いた。赤色の紐を左右肺静脈→左房→左室→大動脈→左右冠動脈に通した。青色の紐を下大静脈→右房→右室→肺動脈→左右肺動脈に通した。
5. 心臓-3(大動脈基部観察用):大動脈基部のみ切り出したもの。上端は冠動脈口から1cm上、下端は大動脈弁付着部より下0.5cm位置。
6. 心臓-4(大動脈弁+僧帽弁複合体観察用):左右冠動脈口から前後左室乳頭筋までひとつながりで取りだし、相互の関連がわかりやすいように不要部分を除去した。具体的には、乳頭筋より先端の左室心尖部を切除する。腱索を切らないように乳頭筋を左室壁ごと切り出す。僧帽弁輪を残し左室および左房を除去する。大動脈弁輪部および左右冠動脈口を残し、心室中隔および大動脈上部を切除する。
7. 心臓-5(心内膜床部観察用):左右心房および心室を除去し、心内膜床、弁と弁輪部を残したもの。

<ブタ心臓の観察ポイント>
・それぞれに気に入ったところを観察してみたら良いが、あえて挙げるなら下記でしょうか。
1. 僧帽弁複合体:僧帽弁後尖の lateral,middle,medial scallopの構造、腱索(strut chordae)の配置、乳頭筋の形、前尖〜大動脈のつながりなど。
2. 大動脈〜大動脈弁:冠動脈の走行、弁腹の付着状態、心膜の折り返し点の確認、弁尖両端の開孔( fenestration)、弁の閉鎖縁の確認。
3. 左心耳:左心耳内の pectinate muscle の形態。通常の胸骨左縁左室短軸断面で描出される左心耳断面。
4. 心房中隔、心室中隔:主要な心房中隔欠損および心室中隔欠損部位の確認。特に上大静脈開存型、冠静脈開口型などにおける欠損孔の推測。

<アドバイス>
・丸ごとの心臓のオリエンテーションをみるコツは、左右心耳の付着方向です。両方が手前を向いているときの心臓前面に右室があります。大動脈弁が前面、肺動脈弁が後面にあります。
・心臓の解剖には小型の解剖用ハサミが便利です(刃渡り25mm程度)。
・ウシ心臓は、ブタ心臓より大きく微細な構造の確認や多人数での観察には適しています。ただし、ブタ心臓の3倍の価格になります。

<他の適応例>
・腹部臓器観察用(腹部エコー用):肝胆膵腎とそれぞれの血管・結合組織を一つながりのものとして購入することも可能です。体位変換や肋間走査に伴う各臓器の視認性の違いなどの再現性はブタを丸ごと購入しないと困難であると思われますが、術者自身の通常のプローブ走査における見落とし箇所の認識とその対策を考えるためには有用であると思われます。ぜひ実技講習会での利用を期待します。
・呼吸器循環器観察用:心臓だけでなく、肺・気管支、横隔膜、大血管を一つながりのものとして購入することも可能です。その際に肺組織は腐敗しやすいので、適切な防腐措置(例えばホルマリン注入など)が必要です。また、廃棄上の諸注意(分散廃棄、犯罪と混同されない工夫、異臭防止)に注意して下さい。
・カテーテルアブレーション実習用:ブタ心臓をカテーテルアブレーションの実験台に使用することもできます。その際に水槽に入れる水は必ず食塩水など電解溶液にします。

上記は1998年1月25日都臨技主催心エコー実技講習会に呈示したブタ心臓標本を机上で再現した資料です。なお、ブタ心臓を心エコー検査講習会用に勧めていただいたのは、NECメディカルシステムズの植田勝信本部長(1999.08.14永眠されました。お悔やみ申し上げます)です。情報の提供を感謝いたします。

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