人工呼吸器安全使用のための指針 第2版

平成23年7月27日

はじめに

昨今、呼吸不全の治療と救命が目的である人工呼吸療法において、数々の医療事故が報道されていることは憂慮に堪えない。人工呼吸療法が致死的な合併症を伴う危険性は関係者に十分認識されているにもかかわらず、医療事故が多発する原因として安全対策の不備を一因として挙げざるを得ない。

日本呼吸療法医学会は、人工呼吸療法に関係する医療事故多発の事態を重く受け止め、「無事故」の実現を本学会の急務とし、2001年「人工呼吸器安全使用のための指針」を提示した1)。今回、その後の新たな情報等を参考に改訂し、第2版としてまとめた。なお、この指針は必ずしも現在の標準的な医療水準を反映しているものではないが、人工呼吸使用における目指すべき内容を示している。

一方、近年マスクで行う非侵襲的陽圧換気(non-invasive positive pressure ventilation, NPPV)の施行が拡大している。NPPV施行においても呼吸管理上の安全管理は求められる。しかしNPPVでは、使用する装置・呼吸回路構成などが異なる場合も多く、安全対策上の対応、方法などが異なる事項もある。そのため本指針ではNPPVについては割愛し、新たなガイドラインが作成されるまでは、NPPVでの危険事象についての警告を随時ホームページ上に掲載する予定である。

Ⅰ 医療機関における人工呼吸安全管理体制

人工呼吸療法の安全性を高めるためには、各医療機関で下記3点の実現が望まれる。

1.人工呼吸安全対策委員会の設置

人工呼吸療法に関与する施設管理者、医師、看護師、臨床工学技士などで構成する委員会を設置し、安全対策を講じること。

  1. 1-1)委員長は医療危機管理に精通していること。日本呼吸療法医学会が認定する「呼吸療法専門医」であることが望ましい。
  2. 1-2)委員会は、緊急時に適切に対応できる体制を構築すること。
  3. 1-3)人工呼吸管理に関するマニュアルを作成すること。委員長は院内でマニュアルに沿った人工呼吸管理が行われていることを確認すること。なお、マニュアルは人工呼吸管理体制全体のほかに、人工呼吸器本体、加温加湿器、呼吸回路の取り扱い、保守点検、緊急時対応など、本指針【Ⅰ】から【Ⅷ】の内容を含むものとする。
  4. 1-4)施設内の医療安全管理委員会と、事故、インシデント情報を共有すること。

2.人工呼吸器管理専門技術者の設置

人工呼吸器整備に携わる専門技術者として臨床工学技士を置き、現場における日常の安全管理を計ること。

  1. 2-1)人工呼吸器の管理、保守点検の責任者を決定し、権限と責任を明らかにすること。
  2. 2-2)保守点検はマニュアルに従って実施し、運用状態を監視し、記録を残すこと。
  3. 2-3)安全性情報の入手と不具合の報告に努めること。

3.教育システムの整備

人工呼吸器に直接関わる医師、看護師、臨床工学技士に対する取り扱い教育、安全管理教育を系統的かつ定期的に実施すること。特に医師、看護師は、患者の呼吸のアセスメント能力の向上に努めること。

Ⅱ 人工呼吸療法を施行する部署

人工呼吸器を安全に使用するには、その環境を充実させることが重要である。そのためには下記の諸点の整備が望まれる。

  1. 人工呼吸療法を施行する部署は、看護師等による連続的な患者の生体情報監視が可能で、かつ急変事態に直ちに対処できる集中治療施設あるいはそれに準ずる施設であること。当該部署は安全かつ円滑に呼吸管理を実施できるベッド間隔および床面積を確保すること(集中治療施設基準を満たすことが望ましい)。
  2. 人工呼吸器の電源として、無停電電源が使用できること。
  3. 送電停止時でも空気および酸素が供給できること。
  4. 集中治療施設基準に準じた医療用ガス設備の点検を行うこと。
  5. (一般病室)
    1. (1)状態の比較的安定した慢性呼吸不全や、終末期患者の人工呼吸療法を一般病室で施行する場合には以下の条件を満たすこと。
      1. (ⅰ)適切な警報装置を備えている人工呼吸器を使用すること。
      2. (ⅱ)心電図、呼吸数、パルスオキシメータによる経皮的酸素飽和度が連続的にモニタリングできること。呼気二酸化炭素濃度は連続的にモニタリングできることが望ましい。
        (補足)呼気二酸化炭素濃度(または分圧、PETCO2)は動脈血二酸化炭素分圧(PaCO2)に近似し、PaCO2の推測としてモニタリングされることもある。しかしここでは、PETCO2連続モニターを呼吸回路のはずれ、換気の中断などの早期発見という警報機構として他の換気量アラームなどとともに活用することを意図している。(【Ⅴ】-2-(2)も同様)
      3. (ⅲ)人工呼吸器の警報、モニタリング情報がスタッフステーション等でも監視できること。
      4. (ⅳ)当該病室と担当看護師間に即応できる緊急連絡の手段が講じられていること。
      5. (ⅴ)当該病室には即座に使用できる状態で蘇生用具(用手換気装置、気管挿管用器材、蘇生用薬剤)が常備されていること。複数の人工呼吸患者がいる場合は、用手換気装置についてはそれぞれの病室内に常備すること。気管挿管用器材、蘇生用薬剤については救急カートなどにまとめて病棟内に常備されていればよい。
    2. (2)一般病室で人工呼吸療法が必要な急性呼吸不全患者(慢性呼吸不全の急性増悪を含む)が発生した場合は、可及的速やかに集中治療施設あるいはそれに準ずる施設に収容することが望ましい。

Ⅲ 人工呼吸器および呼吸回路などの管理

  1. 人工呼吸器の種類

    使用上の安全を確保するための基本条件を満たす機種が望ましい。

    1. (1)自発呼吸が減弱または停止した場合、自動的に強制換気ができる人工呼吸器であること。
    2. (2)複数の人工呼吸器を使用する場合には、誤操作を減らす目的と保守管理の見地から、使用目的ごとに機種の統一を計ること。
    3. (3)バッテリー内蔵機であること。使用する人工呼吸器のバッテリー駆動時間を把握し、必要に応じてバッテリー残量が目視できることが望ましい。
  2. 人工呼吸器の操作・点検

    人工呼吸器を使用する医療従事者は、人工呼吸器の機能を理解し正しい操作法を習熟しなければならない。加えて人工呼吸器の点検にも習熟することが望まれる。標準的な点検表を参考資料に挙げた。

    1. (1)使用説明書に従った定期点検および機能点検(参考資料①PDFファイル参考資料②PDFファイル)が行えること。
    2. (2)使用前点検(参考資料③PDFファイル)、使用開始時および施行中の点検(参考資料④PDFファイル)、使用後点検(参考資料⑤PDFファイル)の点検が行えること。
    3. (3)人工呼吸器ごとに点検表を備え、点検のたびに必要事項を記入すること。
  3. 人工呼吸器回路の組み立てと交換

    人工呼吸器回路(以下、呼吸回路)はトラブルが多発する部位であるため、下記の特別な配慮が望まれる。

    1. (1)呼吸回路の組み立ては、使用説明書に従って正確を期すこと。
    2. (2)呼吸回路の組み立ては、構造と機能を理解している者が担当すること。
    3. (3)呼吸回路を組み立てた者は、機能点検表(参考資料②PDFファイル)に従いテスト肺を用いて動作の適正さを確認すること。結果は点検表に記載すること。
    4. (4)使用中の呼吸回路を1週間以内に交換するほうが人工呼吸器関連肺炎のリスクは高い。一方、1週間以上継続使用した場合に人工呼吸器関連肺炎が増加するというデータは得られていない。どの程度の期間使用できるかは明らかではない。したがって現在のところ、使用中の呼吸回路を感染管理目的に、日常的に交換することはしない。ただし、目に見える汚染、機械的損傷などを認めた場合は回路を交換する2)3)。ディスポーザブル呼吸回路の交換時期は、添付文書に示された期間も参考にする。
      なお、人工鼻使用下での呼吸回路の交換間隔については明確な基準はない。加温加湿器使用時に比較して短縮することはない。
    5. (5)呼吸回路交換後にも、迅速呼吸回路交換点検表(参考資料④PDFファイル)に従いテスト肺を用いて動作状態の確認を行うこと。結果は、点検表に記載すること。
    6. (6)呼吸回路接続ミスを防ぐ工夫として、蛇管の色を呼気側、吸気側で区別する、ガスの流れを→で示す、「吸気」「呼気」と明記する、などの方法がとられているが、不慣れなスタッフが行う限り100%安全な方法はない。人工呼吸を施行する施設では、熟練したスタッフや臨床工学技士による管理体制をすみやかに確立すべきである。
    7. (7)呼吸回路はディスポーザブル製品へ移行することが望ましい。
    8. (8)通常型成人用人工呼吸器、小児用人工呼吸器、非侵襲的人工呼吸専用器、在宅人工呼吸専用器など、目的別に異なる回路が施設内に混在する場合は、それぞれの用途ごとに回路を統一し、「○○用」と明記すること。
  4. 人工呼吸器の接続と離脱に関して

    人工呼吸器の装着時には、一定時間にわたって、設定通りの換気が得られることや、患者を観察することを習慣づけることを含め、下記の実施が望ましい。

    1. (1)接続実施者が呼吸回路組み立て実施者と異なる場合には、使用前点検表を確認するとともに、再度、テスト肺を用いて作動状況を確認すること(参考資料③)PDFファイル
    2. (2)看護師が実施する場合は、医師記載の指示簿の指示に従い、実施内容は看護診療録に記載すること。
    3. (3)(検査などによる一時離脱後の)再装着時も開始時と同様の確認作業が必要であり、人工呼吸器の作動状況、患者の呼吸状態を観察すること。
  5. 人工呼吸器の初期条件設定とその変更

    人工呼吸器の換気条件設定は、複数のダイアル、ボタン操作が必要であり、項目によっては他の設定値の影響を受ける機種もある。確認漏れを防ぐため下記の方法で実施することが望ましい。

    1. (1)換気様式、吸入酸素濃度、一回換気量、換気回数、PEEP値、吸気・呼気時間などの初期条件設定およびその変更については、担当医師が設定値を決定し、指示簿に記載し、実行後に確認してその実施内容を診療録に記載すること(参考資料④PDFファイル)。
    2. (2)看護師が人工呼吸器の条件設定およびその変更を実施する場合には指示簿に従い行う。実施者は実施内容を診療録に記載すること。
    3. (3)初期条件の設定および設定条件の変更は、文書化されたClinical Practice Guidelineに従うこと4)。
  6. 人工呼吸施行中の人工呼吸器の点検

    人工呼吸施行中は人工呼吸器の点検を毎日必要に応じて実施することが望ましい(参考資料④PDFファイル)。

    1. (1)電源コード・プラグ、酸素および空気のホースアッセンブリの接続を点検すること。
    2. (2)呼吸回路の水貯留を点検すること。
    3. (3)加温加湿器チャンバーの水量レベルを点検すること。
    4. (4)フィルターの汚染の有無を点検すること。
    5. (5)換気様式、吸入酸素濃度、一回換気量、呼吸数、PEEP値、吸気・呼気時間などが指示通り設定され、作動していることを確認すること。
    6. (6)換気量、気道内圧、換気回数、吸入酸素濃度などの警報装置の設定を確認すること。
    7. (7)装置本体から異常音の有無を点検すること。

Ⅳ 加温加湿器、人工鼻、ネブライザ

  1. 加温加湿器

    加温加湿器は、吸気の加温加湿を目的として使用される。しかし、その使用によって不都合が生じたり、人為的エラーが発生する危険性がある。下記の諸点の点検が望まれる。

    1. (1)チャンバー式加温加湿器は、回路を開放することなく蒸留水の補充を行える器種であることが望ましい。この場合でも、水量レベルの確認を定期的に行うこと。なお、加温加湿器チャンバーの交換は、1週間毎程度とすること5)。
    2. (2)チャンバーの蒸留水補充時の手順、安全チェックは、マニュアルに従い標準化すること。
    3. (3)加温加湿器に給水後は、加温加湿器水交換時の点検表に従い人工呼吸器および患者呼吸状態をチェックすること(参考資料④PDFファイル)。
  2. 人工鼻

    人工鼻は、加温加湿器と同様に、吸気の加温加湿のために使用される。長短所があるので、その特性を良く理解して加温加湿器と使い分ける必要がある。

    1. (1)人工鼻の使用手順、安全チェックは、マニュアルに従い標準化すること。
    2. (2)免疫力低下症例・気道感染症例・空気感染を起こす可能性がある病原体の感染保菌者などでは人工鼻の使用が望ましい。
    3. (3)粘稠な気道分泌物が多量の場合・気道出血・肺水腫・気管支瘻・リーク・死腔換気率が高い場合・高度換気障害患者のウィーニング中・低体温などでは人工鼻を使用しないことが望ましい。
    4. (4)人工鼻によって付加される気流抵抗と解剖学的死腔が許容できない患者には使用しない。
    5. (5)取扱説明書に記載されている気流抵抗と死腔量を参考にして、患者の体格・換気能力に合わせたサイズのものを選択する。
    6. (6)Yコネクタより患者側の正しい位置に装着しなくてはならない。
    7. (7)ネブライザや加温加湿器と併用してはならない。
    8. (8)定量吸入器(MDI)で薬剤を投与する場合は、人工鼻を一時的に取り外さなくてはならない。
    9. (9)加温加湿能力は、製品による差が大きい。常に加湿状況を評価して、不足の場合には適切に対処しなければならない。
    10. (10)時間経過に伴って人工鼻の気流抵抗は徐々に増加するので、換気状況を常に評価しなくてはならない。
    11. (11)メーカーの推奨期間に従って、定期的に交換しなくてはならない。
    12. (12)定期交換時間前であっても、肉眼的に汚染を認めた場合には交換しなくてはならない。
    13. (13)似た形のものに呼吸回路フィルターがあるが、この加温加湿能力は著しく低いので、誤って人工鼻の代用として使用しないよう管理を徹底する必要がある。なお、逆に人工鼻を呼吸回路(呼気)フィルターとして使用すると著しい抵抗上昇を認めるので、誤って使用しないように注意が必要である。
  3. ネブライザ

    一部の人工呼吸器に附属するいわゆるインラインネブライザは、効果が一定でなく、感染予防の観点からもその使用は推奨しない。気管支拡張薬を経気道的に投与する場合はスペーサー付き定量吸入器(MDI)の使用が安全である可能性がある。

Ⅴ 警報装置およびモニター

  1. 警報設定

    人工呼吸器の各警報装置は、下記に示す意義を理解し、それぞれ適正値に設定すべきである。警報の設定値だけでなく、設定値を外れた場合に確実に作動することの確認が必要である。

    1. (1)最低分時換気量、最低気道内圧、無呼吸、低電圧の警報は救命的警報であることを認識し、設定すること。
    2. (2)最高気道内圧、最高分時換気量、頻呼吸の警報は、合併症予防の警報装置であることを認識すること。
    3. (3)呼吸回路への一時的な操作(加温加湿器やネブライザへの蒸留水・薬液の補充、気管内吸引など)によって警報が作動しても警報装置の設定を解除しないこと。
    4. (4)人工呼吸療法の継続中に、人工呼吸器作動の一時的な中止に伴って警報解除を行った場合には、その場で必ず復旧させること。
  2. モニター

    人工呼吸療法中は患者の呼吸に関するモニタリングが不可欠であり、余裕があればその他の生体情報をモニタリングすることが望ましい。モニタリング情報は、一定期間記録・保存できることが望ましい。

    1. (1)パルスオキシメータによる経皮的酸素飽和度を連続的にモニタリングすること。警報装置を作動させること。
    2. (2)呼気二酸化炭素濃度を連続的にモニタリングする。波形も表示すること。警報装置を作動させること。(【Ⅱ】-5-(1)-(ⅱ)参照)
    3. (3)心電図を連続的にモニタリングすること。警報装置を作動させること。
    4. (4)人工呼吸器の分時換気量、気道内圧を連続的にモニタリングすること。

Ⅵ 緊急事態への対応

停電、人工呼吸器の故障、呼吸回路の損傷などの緊急事態に備えて、酸素投与下の用手換気装置一式(蘇生バッグ、ジャクソンリース回路など)、気管挿管用器材一式、蘇生用薬剤をベッドサイドに常備しなければならない。また、担当看護師が異常事態を随時把握できるシステムであること、医師が即応できる体制であることが望まれる。担当医、担当看護師はACLS/BLSに習熟していることが望ましい。

Ⅶ 人工呼吸器の定期点検について

耐用年数を超えた人工呼吸器の定期点検、使用頻度の低い人工呼吸器の定期点検は、頻回にしかも綿密に行うべきである。

  1. 病院管理責任者および医療機器安全管理責任者は、製造あるいは販売会社の使用説明書に従い、定期点検が実施できていることを確認すること。
  2. 定期点検は、業者の専門技術者と病院所属の臨床工学技士が分担すること。6カ月毎の点検が望ましい。
  3. 定期点検者は、点検箇所とその内容を記録に残すこと(参考資料②PDFファイル)。

Ⅷ 使用後の処理について

人工呼吸器使用後は、使用説明書および点検表(参考資料⑤PDFファイル)に従い、人工呼吸器、呼吸回路および加温加湿器を、それぞれの特性に応じて洗浄、滅菌しなければならない。ディスポーザブル製品の再使用は行わないこと。

参考文献

  1. 日本呼吸療法医学会人工呼吸安全管理対策委員会:人工呼吸器安全使用のための指針.人工呼吸.2001;18:39-52.
    http://square.umin.ac.jp/jrcm/contents/guide/page01.html
  2. Kollef MH: Prolonged use of ventilator circuits and ventilator-associated pneumonia: a model for identifying the optimal clinical practice. Chest. 1998;113:267-269.
  3. Han J, Liu Y :Effect of ventilator circuit changes on ventilator-associated pneumonia: a systematic review and meta-analysis. Respir Care. 2010;55:467-474.
  4. 日本呼吸療法医学会・多施設共同研究委員会 :ARDSに対するClinical Practice Guideline第2版.人工呼吸.2004;21:44-61.
    http://square.umin.ac.jp/jrcm/contents/guide/page02.html
  5. Kirton OC, DeHaven B, Morgan J, Morejon O, Civetta J: A prospective randomized comparison of an in-line heat moisture exchange filter and heated wire humidifiers: rates of ventilator associated early-onset (community-acquired) or late-onset(hospital-acquired) pneumonia and incidence of endotracheal tube occlusion. Chest. 1997;112:1055-1059.

補足資料 人工呼吸器に関連した医療事故とその対策

人工呼吸管理中に生じたインシデントおよびアクシデントは多様であるが、頻度の高い発生原因や問題点はそれほど多くない。財団法人日本医療機能評価機構は、2005年以来、機構に寄せられた様々な医療事故およびヒヤリ・ハット事例を公表しているが、本項ではこの中から2009年に報告された人工呼吸器に関連した医療事故事例[1-4]を引用し、人工呼吸器安全使用のための予防対策を提唱する。

  1. 人工呼吸器に関連した医療事故の現状

    2009年1月~12月に報告された人工呼吸器に関連した医療事故は31件であった。発生分類およびその概要を以下に示す。

    発生分類 件数
    電源 2
    酸素供給 2
    回路 16
    加温・加湿器 0
    設定・操作部 2
    呼吸器本体 2
    その他 7
    総計 31
    1. (1)電源
      1. 1)事例1
        人工呼吸器の始業点検時に内蔵バッテリーが駆動しなかった。バッテリーを半日充電しても同じように駆動しなかった。購入時の段階で短寿命のバッテリーが内蔵されていたと考えられ、バッテリーを交換した。
      2. 2)事例2
        患者移送時に誤って人工呼吸器後面のスイッチに触れ、電源が切れた。呼吸器本体の後面に電源スイッチがあることを知らなかった。
    2. (2)酸素供給
      1. 3)事例3 人工呼吸中の患者のCT検査の目的で移送した際、酸素ボンベの残量確認を怠り、ジャクソンリースによる人工換気が移送途中で不能となった。ボンベ交換中に、患者は心肺停止となった。
      2. 4)事例4 ICUで人工呼吸管理中、警報が鳴りSpO2が低下した。配管からの酸素供給の異常と判断し、酸素ボンベ対応に切り替えた。並行して院内非常招集を行い、他の人工呼吸器装着患者にも対応した。液体酸素タンクからの酸素供給配管にある緊急遮断弁の異常により、酸素供給が停止したことが原因であった。
    3. (3)回路
      1. 5)事例5
        人工呼吸器装着中の患者の体位変換時、蛇管が引っ張られて気管カニューレが逸脱した。
      2. 6)事例6
        人工呼吸器装着中、自己抜管の恐れがあったため両上肢を抑制していたが、不完全な抑制であったためチューブに手が届き、自己抜管された。神経疾患の診断途中であり、鎮静薬の投与を控えていた。
      3. 7)事例7
        人工呼吸器のアラームが鳴っていたため廊下にいた医師が訪室すると、呼吸回路が気切カニューレから外れており、SpO2も80台に低下していた。看護師はカンファランス中で、患者対応可能な看護師は1人いたが、別の患者に対応していた。セントラルモニターのアラームも鳴っていたが、音量が下げられていたため気付かなかった。
      4. 8)事例8
        セントラルモニターのアラームに気付きベッドサイドに駆けつけると、気管カニューレと呼吸回路が外れており、患者は心停止状態であった。人工呼吸器のアラーム音量を下げていたため、セントラルモニターの心停止アラームが鳴るまで気付かなかった。
      5. 9)事例9
        人工呼吸器のアラームが鳴ったが、当初はSpO2の低下なく、呼吸回路の接続も異常なかった。次第にチアノーゼが出現したため、吸入酸素濃度を上げて対処したが効果がなかった。心マッサージをしながら状況を確認すると、気管カニューレの固定紐が緩く、カニューレ先端が気管外に逸脱していた。
      6. 10)事例10
        夜勤の休憩時間が重なったため、スタッフステーションに看護師不在の時間が発生し、気管チューブと呼吸回路が外れた患者の発見が遅れ、患者は心停止から蘇生後脳症となった。
      7. 11)事例11
        右肺全摘後の呼吸管理をダブルルーメン気管支内チューブで行っていたが、チューブの構造の理解が足りず、気管吸引の後、呼吸回路を誤って反対側(右側)に接続して一時的に換気不能となった。
      8. 12)事例12
        人工呼吸器の分時換気量低下アラームが頻回に鳴るため、吸引を行ったが改善せず、アラーム設定を変更したが改善しなかった。患者のSpO2は低下しなかったが、発汗が著明だった。回路内に装着したバクテリアフィルターの水滴による目詰まりが原因だった。
      9. 13)事例13
        自己抜管の恐れがある患者の両手にミトンを装着していたが、家族面会中にミトンを外し、席を外すときは伝えるように家族に説明した。その後家族は、患者にミトンを装着し、席を外すことを看護師に伝えたが、40分後、アラーム音で訪室すると、患者は気管チューブと胃管を自己抜去し、呼吸停止状態であった。
      10. 14)事例14
        不穏による体動が著明でプロポフォールによる鎮静を行っていたが、効果が不十分であったため、両上肢抑制、体幹抑制なども併用していた。夜勤帯も2時間ごとの観察を行っていたが、気管チューブが口腔内で抜けかかっている状態で発見された。
      11. 15)事例15
        意識清明で抑制なしで呼吸管理していたが、自己抜管された。
    4. (4)設定・操作部
      1. 16)事例16
        体位変換のため、人工呼吸器を「オン」から「スタンバイ」モードに変更し、呼吸回路内のウォータートラップの水抜きをしてから退室した。40分後に訪室すると患者はすでに心停止していた。人工呼吸器には40分間の作動停止が記録されていた。
      2. 17)事例17
        術後ICUで人工呼吸器を装着されたが、血圧低下と心電図異常を認めたため、用手換気に切り替えて確認したところ、呼気時間の設定が短か過ぎて、換気が不十分であることが分かった。
    5. (5)呼吸器本体
      1. 18)事例18
        一時的に患者から人工呼吸器を外してスタンバイモードにしたが、再装着した看護師はスタンバイモードの解除の仕方が分からず、換気再開が遅れた。
      2. 19)事例19
        人工呼吸器を交換したが、使用前点検で異常がなかったにもかかわらず、交換後20分で作動が停止した。
  2. インシデントおよびアクシデントの原因と対策
    1. 1)人工呼吸器そのものの整備点検
      1. (1)問題点
        1. (ⅰ)不十分な人工呼吸器の保守・管理
        2. (ⅱ)非常電源の不備
      2. (2)対策
        1. (ⅰ)病院管理責任者は、人工呼吸器の保守・管理責任者を置き、責任の所在を明確にする。
        2. (ⅱ)医療機器安全管理責任者は、人工呼吸器の取り扱い説明書に基づき定期的に保守点検を行い、点検内容を記録する。
        3. (ⅲ)病院管理責任者は、瞬時特別非常電源(無停電コンセント)または一般非常電源コンセントを設置するか、人工呼吸器にバッテリーを常備する。
        4. (ⅳ)医療機器安全管理責任者は、非常用電源あるいは人工呼吸器のバッテリーの定期点検を行う。
        5. (ⅴ)電源が遮断された場合を想定し、用手換気装置一式をベッドサイドに常備する。
    2. 2)呼吸回路やアラームなど人工呼吸器全般についての知識不足と誤認識
      1. (1)問題点
        1. (ⅰ)人工呼吸器を取り扱う医療従事者の知識不足。
        2. (ⅱ)人工呼吸器の警報に対する不適切な処置。
      2. (2)対策
        1. (ⅰ)病院管理責任者は、その施設の人工呼吸器を取り扱う医療従事者が講習会に参加できるようにするとともに、その施設内で勉強会を開いて知識の向上を計り、その記録を保管する。
        2. (ⅱ)呼吸回路の交換は、人工呼吸療法に熟練した医師、看護師あるいは臨床工学技士の立会いのもとに施行する。
        3. (ⅲ)呼吸回路の交換が終了すれば、ただちにテストバッグを用いて人工呼吸器の作動状態をチェックし、設定された人工呼吸条件通りに作動することを確認する。この確認の後に患者に呼吸回路を接続する。
        4. (ⅳ)患者への人工呼吸器接続は、人工呼吸療法に熟練した者の立会いのもとで施行する。
        5. (ⅴ)呼吸回路接続後、ただちに呼吸音の聴取、換気量のチェック、パルスオキシメータや呼気二酸化炭素モニターの確認、人工呼吸器の作動状態の点検および患者の全身状態の観察を、人工呼吸「開始時の点検」に従って実施する。
        6. (ⅵ)呼吸回路交換時の点検、再接続装着後の人工呼吸器の点検および患者観察は、診療録あるいは看護記録に記載する。
        7. (ⅶ)使用前に全ての警報装置の機能を点検し、それぞれ適切な警報値を設定する。
        8. (ⅷ)警報値の設定変更は、医師が指示し、記録に残す。
        9. (ⅸ)人工呼吸療法中は、警報解除スイッチを操作してはならない。
        10. (x)警報音が発せられれば、警報内容をチェックして適切に対応する。対応できない場合は患者の安全を確保した上で、熟練者の支援を仰ぐ。
        11. (xi)警報音が届くところに看護師あるいは患者介護者が常駐し、担当看護師や医師が常時警報発生の原因に対応できるよう配慮する。
    3. 3)人工呼吸器の使用状況に対する確認と患者観察の不足
      1. (1)問題点
        1. (ⅰ)人工呼吸器に設定された人工呼吸条件の通りに、患者が人工呼吸されていない事態が観察できない。
      2. (2)対策
        1. (ⅰ)人工呼吸療法中は定期的に、また人工呼吸に関する処置が行われるたびに、患者のバイタルサインと一回換気量や呼吸回数などの人工呼吸器の設定と作動状況を記録に残す。
        2. (ⅱ)人工呼吸条件の設定は、担当医が指示し、診療録および人工呼吸点検表に記録する。
        3. (ⅲ)担当医は、設定条件を変更すれば、診療録および点検表に記録し、担当看護師に報告する。
        4. (ⅳ)患者の全身状態を即座に把握できるように学習させる。
        5. (ⅴ)患者の全身状態の観察と各種モニター値との関連が理解でき、チェックができるよう学習させる。
        6. (ⅵ)人工呼吸器の作動モニター(一回換気量、換気回数、気道内圧)が観察できるよう学習させる。
        7. (ⅶ)上記の3項目の観察が習慣となるよう訓練し、観察事項を記録に残すことを義務付ける。
    4. 4)その他
      1. (1)問題点
        1. (ⅰ)加温加湿器の構造が理解できておらず、蒸留水補給操作が不適切である。
        2. (ⅱ)人工呼吸器に使用する蒸留水の容器が他の薬物の容器と似ている。
        3. (ⅲ)不必要に、蒸留水の容器移し替えが行われている。
      2. (2)対策
        1. (ⅰ)蒸留水補給は蒸留水ボトルから直接に点滴注入できるシステムが望ましい。
        2. (ⅱ)短期間の人工呼吸療法であれば適切なサイズの人工鼻を採用するのが望ましい。
        3. (ⅲ)加温加湿器用の蒸留水は専用容器に入った物を使用する。
        4. (ⅳ)加温加湿器の蒸留水の保管場所を一ヵ所にする。
        5. (ⅴ)容器を変更せざるを得ない場合は、ラベル等で他の薬物と区別できるようにする。

出典

  1. 医療事故情報収集等事業,第17回報告書.財団法人日本医療機能評価機構医療事故防止事業部 平成21年6月24日
  2. 医療事故情報収集等事業,第18回報告書.財団法人日本医療機能評価機構医療事故防止事業部 平成21年9月29日
  3. 医療事故情報収集等事業,第19回報告書.財団法人日本医療機能評価機構医療事故防止事業部 平成21年12月16日
  4. 医療事故情報収集等事業,第20回報告書.財団法人日本医療機能評価機構医療事故防止事業部 平成22年3月24日

日本呼吸療法医学会 人工呼吸管理安全対策委員会

第1版 ※所属等は第1版発行当時のもの

篠崎正博(委員長)
和歌山県立医科大学救急集中治療部
多治見公高
帝京大学救命救急センター
磨田 裕
横浜市立大学集中治療部
岡元和文
熊本大学麻酔科
松川 周
東北大学集中治療部
星 邦彦
東北大学集中治療部
杦本 保
大阪暁明館病院臨床工学科
中村郁香
川崎医科大学ME部
渡辺美佐子
名古屋第一(日赤)救命救急センター
丸川征四郎(担当理事)
兵庫医科大学救急災害医学

第2版

布宮 伸(委員長)
自治医科大学医学部麻酔科学・集中治療医学講座集中治療医学部門
井上博満
日産厚生会玉川病院臨床工学科
大塚将秀
公立大学法人横浜市立大学附属市民総合医療センター集中治療部
尾崎孝平
神戸百年記念病院麻酔集中治療部
小谷 透
東京女子医科大学麻酔科学教室
瀬戸利昌
日本医科大学附属病院看護部
多賀直行
自治医科大学とちぎ子ども医療センター小児手術・集中治療部
深澤伸慈
帝京平成大学健康メディカル学部医療科学科
磨田 裕(担当理事)
埼玉医科大学国際医療センター麻酔科
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