はじめに
今世紀の最後にあたる2000年IPSは、カナダの東端に位置する美しい港町Halifaxにおいて9月7日から9日までの3日間の日程で開催された。今回の学会のホスト役は、Dalhousie大学のChauhan先生である。
Nova Scotia州の都Halifaxは、港沿いのダウンタウンに開拓当時の建物がそのまま残り、近代的なビルと美しく融け合った落ち着きのある港町である。日本との時差はちょうど12時間。
日本からはバンクーバーやトロントを経由して優に17時間はかかる長旅となる。私たちが関西国際空港から午後5時のAIR CANADA便にてバンクーバー経由でHalifaxのホテルにチェックインしたのは、すでに出発から19時間を経過した深夜12時であった。
トピックス
今回の学会では、視野のスクリーニング法から始まり、新しい検査方法、新しい閾値測定法、各種検査法の比較、視野進行の評価法、画像解析と視機能、他覚的視野測定法、緑内障、網膜疾患の各論にいたるまで広範囲な視野に関する研究成果が発表された。
早期診断に関しては、Johnson先生が考案されたFrequency doubling technology(FDT)関連の演題が多く発表された。同じく彼らが考案したBlue on yellow perimetryに関しては、その測定時間の長さが問題点の一つであるが、Johnson先生らは、この測定アルゴリズムにSITAのような最尤法を導入して検査時間を50%近く短縮する方法を発表されていた。ただ、進行期の症例数が不足しているので、さらにデータの集積が必要とのことであった。また、視野測定の結果に影響を及ぼす要因は多くあるが、これをコンピュータ・シミュレーションにて評価を試みる演題がいくつか発表された。今後、より効率の良い検査アルゴリズム、診断プログラムを短期間に開発するという点からは、一つの新しいアプローチとなるかもしれない。
今回は、以前から比較的演題数の多かった各種画像解析装置による眼底所見と視野に関する演題が減り、本来の視野としての演題が多かったのが特徴であった。
ちなみに、私の持っていった新しい変視定量用のM-CHARTSも、多くの先生方から資料を送ってほしいと興味をもっていただいた。
特別講演では、カナダのDrance先生が30分間に及び”Is there a future for perimetry?”という演題で、過去から現在にわたる視野研究の歴史的な話題を中心にスライドは一切用いず、私たちに語りかけるように講演された。
Drance先生がほかの演題での質疑応答の際に「この学会の最も良いところは、あるテーマについて研究成果を聞くのみではなく、みんなで十分に時間をとって議論し合えることである」と強調されていたことも印象的であった。IPSでは、たとえポスター発表でも、壇上で2分間のプレゼンテーションを行ない、さらに3分間の会場からの活発な質疑応答を受けなければならないのである。どこかの学会のようにポスターの張り逃げは許されないのである。
ただ、Drance先生が座長をされていたセッションでは、日本人の演題に対しては質問よりコメントを盛んに会場からとっておられた。これは、日本人はとても良い発表をするが、質疑応答で苦慮するのを知っての配慮である。毎回、彼らのアクティブなディスカッションを見聞して、うらやましく思い、IPSから帰る時には、次回こそはもっと英語の勉強をして臨まねばと痛感している。
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会場のWorld Trade & Convention Center
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ポスター会場にて。
左から、村田先生、西田先生、可児先生、澤田先生(滋賀医科大学)
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講演会場で発表している私
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プレゼンテーションあれこれ
今回の学会では、発表中にスライド映写に関するトラブルが多発した。スライドが左右反対だったり、プロジェクターが動かなくなったり、ピントが合わなくなったりと、実に半数以上の日本人の演題でなにがしかの問題が発生した。特に左右の間違いが多く、私の場合にも危うく間違えられるところであった。原因は、スライドの試写室でRight用と言うと、彼らはカルーセルにStage Left(舞台や演老から見て左)と記入するのである。そのスライドを自分で会場に持っていき係員に渡すのであるが、このとき左右が逆になってしまうのである。学会期間中にこのことをSample先生と話す機会があり、彼女から「必ずAudience Right(観客から見て左)としっかり書くと間違いないわよ」と教えていただいた。そこで、最終日の2つ目の発表の時は、私もしっかりとAudience Right、Audience Leftと書いたところ、係員がパーフェクトと言って受け取ってくれた。国際学会ではいろんなことがあるものである。
また、今回の学会でもコンピュータを用いたプレゼンテーションが多くなってきたが、同時にプロジェクターの接続トラブルで発表が止まる場面もしばしば見受けられた。プレゼンテーションに実際の視野の検査視標を組み入れたりすることで表現の幅が広がり、確実に今後の主流となると思われるが、もう少し安定性がほしいものである。
ボードミーティング
今回のIPSには、東京医科大学から鈴村弘隆先生、尾さこ雅博先生、山田国央先生、朝岡亮先生、原澤佳代子視能訓練士、東京慈恵会医科大学から高橋現一郎先生、小池健先生、滝澤寛重先生、日本大学から山崎芳夫先生、オリンピアクリニックの井上洋一先生、井上トヨ子先生、滋賀医科大学から可児一孝先生、西田保裕先生、村田豊隆先生、吉田健一先生、澤田智子先生、そして近畿大学からは私と、奥山幸子先生、岩垣厚志先生、高田園子先生、有村英子先生、橋本茂樹先生など、多くの日本の先生方が参加した。
私はスウェーデンのマルメで開催された第9回IPSから本学会に参加させていただいている。そして、前回のIPSからボードメンバーに入らせていただき、今回が初めてのボードメンバーのパーティーとミーティングヘの出席となった。
学会前日の朝から行なわれたミーティングでは、演題数、学会員の数、予算、Proceedingsのデジタル化、新しいボードメンバーの人選ならびに次期開催地などが、10名ほどのメンバーで約5時聞かけて真剣に議論された。そして次期開催地はIPS会長のWild先生の地元であるイギリスのOxfordshireに決定された。
今回は残念なことに副会長の北澤克明先生と岩瀬愛子先生の急なご欠席で、ボードメンバーのパーティーおよびミーティングに、日本人は私ひとりの参加となり大変緊張したが、Wild先生やWall先生の進行のもとに終始和やかに進行した。そして、日本からは岩瀬愛子先生が準備を進められていた日本語版のIPSホームページを引き続き完成させて、日本人メンバーの拡充に努めるということになった。また、第1回から今回まですべてのIPSに参加されている日本視野研究会会長である可児一孝先生が、今回からボードメンバーとなられた。
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Saint George's Round Churchにて催された
室内コンサート
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砲兵隊の行進と発砲の儀式
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Pier21で催されたディナー
ロブスターを揚げる可児先生ご夫妻
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Halifaxのシンボル、Oid Town Clock
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社交行事
IPSの楽しみは、その専門的な学会内容だけではなく、ホストが心を込めて用意した数々の社交行事にある。
学会前日の6日のWellcome dinnerは港を見下ろすCitadel Hillで行なわれた。
Halifaxは18世紀中頃、その頃LouisbourgとQuebecにいたフランス軍からニューイングランド領を護る軍事基地としての役割を果たしていた。1749年には港を見下ろす絶好の位置に城塞が築かれ、1856年にイギリス軍によって現在の要塞が再建された。星型の城塞で、毎日正午になると砲兵隊に扮した兵士の手で大砲を鳴らす儀式が行なわれる。今回は特別に、われわれのために砲兵隊の行進、鉄砲の発射、大砲の発射の儀式を披露していただいた。そして、Citadel Hillの特設会場でハープやチェロの生演奏を聞きながらの夕食となった。
7日の夕方には、伝統的なSaint George's Round Churchにて室内コンサートが催された。すばらしい演奏と歌声に聴き入るうちに、日ごろの睡眠不足や時差のためか、ふと睡魔がおそってきた。周りを見渡すとすっかり眠り込んでしまっている先生方もたくさんおられた。
8日の午後は学会主催のHalifax City Tourに参加した。まず、港にある大西洋海洋博物館を見学した。この町は映画で有名なタイタニック号が沈没した海域に最も近く、多くの漂流物が展示されていた。中でもデッキチェアーは実物で、船のデッキを再現し展示してあるチェアーには自由に横たわることができ、遠い過去の歴史を肌で感じることができた。次に、氷河によって削られた花崗岩の岩棚が、青く澄んだ海岸線に沿って続くPeggy's Coveを訪れた。白い灯台と海から吹きあげる強い風、入り江を取り囲むカラフルな家並みが印象的であった。
夜は、Pier21と呼ばれるカナダヘの移民者の受け入れ施設を見学した後、民族衣装を着たバグパイプを吹く少年と、それに合わせて踊る少女を見ながら、今回の学会で最も美味であったロブスターのディナーを楽しんだ。
最終日の9日の晩は、IPS恒例の伝統的なバンケットが今年も催された。毎回、参加者が国別に分かれて、おのおのが歌やパフォーマンスを繰り返し、深夜まで歌い合う。
今回の日本勢は、まず『さくらさくら』『上を向いて歩こう』の2曲を全員で合唱した。このとき岩垣厚志先生は、前もってホテルの近くの雑貨屋で見つけた「ピカチュウ」のリュックサックを背負い、カナダ国旗を振っての指揮となった。さすがに日本アニメ界が誇る世界のピカチュウだけあって会場は大爆笑。ピカー、ピカピカー、ピッカチュウーの大声援となった。そして後半は、当教室の橋本茂樹先生と有村英子先生が本格的な空手を披露した。気合の入った型から始まり、手や肘を用いた本格的な板割りなど。そして最後にはChauhan先生に壇上にあがっていただき、板割りにチャレンジしていただいたのである。無事、板が割れて拍手喝采となった。
バンケットの最後はJohnson先生の華麗なピアノを囲んでの大合唱。みんなそれぞれ別れを惜しんで、深夜まで時間を忘れて歌い続けた。
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ピカチュウを背負った岩垣先生の指揮で歌う日本人チーム
左から、可児先生、鈴村先生、河野吉喜先生、
西田先生、私
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ポスターを丸めての特製のホルンを吹くスイスの先生方
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板割りにチャレンジしていただいたChauhan先生
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空手のデモンストレーション
左から有村先生、橋本先生
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おわりに
次回のIPSは、2002年にイギリスのOxfordshireで開催されることが決まっている。まだ2年先であるが、伝統的なイギリスでの開催を今からたいへん楽しみにしている。日本の先生方にも多く参加していただき、みんなでIPSを盛り上げていければ幸いである。
写真の多くは滋賀医科大学の可児−孝教授から提供していただきました。
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