対人ストレスの実体A&B&C

はじめに

● このホームページでは、危害も損失もない対人の場面だけをあつかいます。

● 相手に対してネガティブな感情をいだいていることを ☹ とあらわします。
☹の例) 怒る・嫌だ・不快・不満・がっかり・悲しむ・傷つく…

危害も損失もないのに☹になるなんて、ふしぎですよね。
どんな現象にも必ず原因がありますが、☹になる原因は未解明でした。
以下で ☹の原因を論理的に考えていきましょう。

自因感

● ある現象に対していだく、「その原因は自分だ (そうさせたのは自分だ・自分が招いた結果だ・自分を反映している・自分しだいだ)」という感覚を 自因感 と呼ぶことにしましょう。
例) 昔の人は 「お供えをしたから嵐がやんだ」などと考えましたが、これは天気に対する自因感のあらわれですね。

自因感がない とは、「(その現象が生じるのは)自分がどうであるかに関係ない・自分によらない独立した現象だ」という感覚です。

● 原因は自分だという前提に立っているのに それを自覚していない場合も、[自因感がある]に含めることにしましょう。
例) 相手から怒られて 「納得いかない。自分は悪くないのに 何でだ! 相手はバカだ」と思ったときには、相手の怒りに対する自因感があります。
(解説) 自因感がなければ 「自分は○○なのに」という発想は生まれません。自因感に対抗するために、相手はバカだと自分に言い聞かせているのでしょう。

・自覚していないものを (自因感という)感覚と呼ぶことに 違和感のある方は、以降の文章で[自因感]を[自因前提]に置き換えてお読みいただけますと幸いです。

● 次のⅠ,Ⅱ,Ⅲ,Ⅳの思いは いずれも、自因感がなければ生じません。ゆえに、Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ,Ⅳのうち1つでもあれば 必ず自因感が存在します。
Ⅰ 「自分のせいだ」
 Ⅱ 「自分の何が!」
 Ⅲ 「自分は○○なのに!」
 Ⅳ 「△△される 筋合いはない・理不尽だ」

・自因感がなければⅠ,Ⅱ,Ⅲが生じない のは明らかですが、Ⅳはどうでしょうか。ⅢがなければⅣは生じない(ⅣがあればⅢがある)ので、Ⅳがあれば自因感があると分かります。天気に対する自因感がなければ 「雨にふられる筋合いはない」なんて思わないですよね。

・Ⅱ,Ⅲ,Ⅳでは 「自分が原因にしては おかしい」と思っているのに 「自分によらない独立した現象だ」とは思わないわけですから、自因感は根深いですね。

● 現象の正確な原因を知ると しだいに自因感をいだきにくくなります。
例) 原因の解明と知識の普及によって わたしたちは天気に自因感をいだきにくくなりました。

☹な人は自因感をいだいている

相手の状態や状況に対してⅠ,Ⅱ,Ⅲ,Ⅳが1つもなければ(自分のせいとも理不尽とも思わなければ) 心おだやかですよね。
ということは、☹になるときには必ず 相手の状態や状況に対する自因感があります。

すると…
相手が☹なら(つまり、相手から怒られたときなど)、相手はこちらの状態や状況に自因感をいだいています。
要は、相手は 「私の何が!」と怒っているのです。

これを知ると
相手の「私の何が!」に対して 「自分の何が!」という気にはなれない(自因感がなくなる)ので、☹にならなくなります。

~~以上が簡易版です。くわしくは以下をごらんください~~

☹な相手に対して☹になる原因

わたしたちが☹になるのは、☹な相手(つまり、こちらを嫌っているような相手)に対して が多いと思われますが、
☹な相手に対して☹になる原因は何でしょうか?

原因は 相手の☹そのもの? これまで わたしたちは漠然と 「相手の☹自体に、こちらを怒らせたり嫌な気持ちにさせる性質があるのだ」と思っていました。
本当に 相手の☹にはそのような性質があるのでしょうか。以下で検討してみましょう。
自分が☹なときは、嫌な(つらい)気持ちですよね。
つまり、わたしたちは自身の経験から、☹な人は嫌な(つらい)気持ちになっている、と理解しています。
なので、相手の☹に対しては 「相手はこちらに対して嫌な(つらい)気持ちになっているぞ」と認識しています。
嫌な(つらい)気持ちになっている相手に対して 「かわいそう」とか「何とかしてあげたい」と思うならまだしも、
嫌な(つらい)気持ちになっている相手に対して 怒ったり嫌な気持ちになるというのは、とんちんかんですよね。
以上より、相手の☹自体には こちらを怒らせたり嫌な気持ちにさせる性質はない ことが分かります。

あらためて 論理的に考えてみましょう。

相手の☹に対してⅠ,Ⅱ,Ⅲ,Ⅳが1つもなければ(自分のせいとも理不尽とも思わなければ) 心おだやかですよね。
ということは、☹な相手に☹になるときには必ず 相手の☹に対する自因感があります。

しかし、それだけでは ☹の原因になりません。
「自分が相手を☹にさせたのだ」と思っても、「それでいい」とか「しめしめ」と思ったら、☹になりませんからね。

☹になるからには、「自分が相手を☹にさせるなんて 嫌だ」という思いも必ず存在します。
この思いと自因感が合わさると、☹になる原因として十分ですね。

ところで、相手の本心は知りようがありませんよね(例えば、笑顔で「怒ってないよ」と言われても…)。
これをふまえると、☹な相手に☹になる、は正確には、「相手は☹だ」と思って☹になる、ですね。

以上をまとめると、(☹な相手に)☹になる原因は、次のa&b&c(a,b,cがそろうこと)です。
a = 「相手は☹だ」
b = 相手の☹に対する自因感
c = 「自分が相手を☹にさせるなんて 嫌だ」

より広い ☹の原因

わたしたちが☹になるのは、☹な相手に対して だけではありませんよね。他にも、
・元気なさそうな人や不機嫌そうな人に対して☹になる。
・何かをうまくできない子に対して 親が☹になる。
などがあります。これらの場合も含めた ☹の原因は何でしょうか?

上に挙げた場面の共通点は、相手のことを「つらそうだ」とか「つらくなりそうな状況だ」と感じることです。
相手のつらそうな状態や つらくなりそうな状況に対してⅠ,Ⅱ,Ⅲ,Ⅳが1つもなければ、心おだやかですよね。
ということは、☹になるときには必ず 相手の状態や状況に対する自因感があります。
「何でそんな顔をするの?やさしく声をかけたのに」や「何でできないの?何度も言ったのに」は自因感の証(Ⅲ)ですね。
あとは前章と同様に考えていくと、☹の原因は次のA&B&Cだと分かります。

A = 「相手はつらそうだ(つらくなりそうな状況だ)」
B = 相手の状態や状況に対する自因感
C = 「自分が相手をつらく(なりそうな状況に)させるなんて 嫌だ」

(補足)

・a&b&cはA&B&Cに含まれます。相手の☹はつらそうな状態の1つですよね。

・Bがなければ、相手をかわいそうと思っても 取り乱さずに やさしい気持ちでいられます。
 例) 「うまくできなくて大変そうだな。見守るか助言しよう」、「こちらに対して怒って苦しそうだな。刺激しないようにしよう」

・このホームページのタイトルのストレスという語は A&B&Cに対する呼び方の一例に過ぎません。
 A&B&Cを葛藤・パニック・苦悩・モヤモヤなどと呼んでもよいでしょう。

相手の☹の原因を知ると…

相手の☹の原因が相手のA&B&Cだ と知ると、相手の☹に対する自因感(b)が弱まります。

bが弱まるのは なぜ

☆ 「相手にA&B&Cがある以上、相手が☹になるのは当然だ(理にかなっている)」と感じ、「理不尽だ」(Ⅳ)とは思えなくなります。

☆ 相手の「私があなたをそうさせてしまった!」を 自分が生じさせたとは感じられないですよね。
相手のBとCは相手の性質なので、「相手の☹は相手の性質によるところが大きい」と感じます。
自分がおだやか(つらくない)なら、相手のAにすら自分は関与していないので、相手の☹の原因は100%相手の中にありますね。

☆ 相手の「私の何が!」に対して 「自分の何が!」という気にはなれません。これは次のようなイメージです。
・こちらを審査員だと思って「私はどう?」と尋ねてくる相手を 審査員だとは思えません。
・こちらを背負っている相手を 背負えるとは思えません。

bが弱まると、
☆ a&b&cが成立しなくなるので、相手の☹に対して☹にならなくなります。
☆ cに沿って、そっとしておく・やさしくするなど利他的にふるまいやすくなります。
☆ 怒られたり嫌われても、相手の感情を背負うことなく、相手の意見だけを冷静に受け止められます。

自因感が強いと…

Bの強い人(Cあり)は、Aが生じること(A&B&Cになること)を恐れて 以下のようになりがちです。

☆ 人からどう思われるかを恐れる(不安・緊張)・人(評価)に依存する・過剰な承認欲求(相手が☹でないこと を求める)。

☆ 完璧主義(絶対に人が☹にならないように)。

☆ 死にたい(人の☹から逃れたい)。

☆ 人を責める。
Bを自覚していないと(Ⅱ,Ⅲ,Ⅳ)、「☹になるな!」とか「うまくやれ!」と相手を責めがちです。

☆ 利他的(親切)にふるまえない。
次の3つを比べてみましょう。
 ① 意地悪したら 嫌がられた。
 ② 何もしなくて 嫌がられた。
 ③ 親切にしたら 嫌がられた。
③は いかにも相手の性質に原因がありそうですよね。そう感じられたら(bがなければ)気楽なのですが…
bがあると、「自分は親切にしたのに(Ⅲ) 何でだ!」と激怒したり、
「親切にしたのに嫌がられるということは、どうやっても自分は(自分が)人を不快にさせてしまうのだ」と絶望します。
そのため、③の可能性を考えると 怖くて 親切にふるまえないですよね。
また、bがあると ②でも 「自分は何もしてないのに 何でだ!」と苦しむので、いっそのこと意地悪をしたくなります。
bがあると 嫌がられた場合の傷つきや怒りは ①<②<③の順に大きくなるからです。

(補足) 利他の精神(C)があるのに 人を責めたり意地悪をする―この残念な逆転現象は、自因感がなければ起こりませんよね。

A&B&Cの具体例集

~自因感(B)がなければそうならないことを確認しながらお読みください~

・怒られて怒る、怒られて傷つく、嫌われておちこむ、悪く言われて腹が立つ、ため息や舌打ちされると不快、不機嫌な相手に不満、 などなど。

・人におだやかでない・人に寛容でない。/ おだやかでない人や寛容でない人 に対して嫌な気持ちになる。

・道ですれ違うときに 険しい表情の人や道をゆずらない人に腹が立つ。/ 自分も道をゆずりたくない(前章[☆ 利他的にふるまえない])。

・「あなたといると つまらない」と言われて 怒ったり傷つく。

・何かをうまくできない子に対し、親が悲しむ・嘆く・怒る。/ それに対して子が心を痛める。失望されたり怒られるのを恐れて 相談できない。

・威圧的・攻撃的な言動、虐待、一部のいじめ
相手の言動に傷つくがゆえに、暴言をはいたり無視をします。

・分かってもらえない・きちんと対応してもらえない・思いどおりにしてもらえないと、怒ったり おちこむ。
この場合のAは、相手から大事にされていない(嫌われている)などと感じることです。

・見下されたり失礼な言動をされると腹が立つ。
この場合のaは、嫌われているなどと感じることです。
なお、見下されたときの怒りが強い人の一部が 人を見下すのだと考えられます。

・攻撃的な運転をする(他のドライバーへの怒り)。
この場合のaは、他のドライバーから向けられた怒りを感じることです。

・人の意見に反発したり批判したがる(自分が正しいと主張したがる)。
この場合のaは、人から意見を言われると批判された(嫌われた・怒られた)ように感じることです。

・何もしていないのに にらまれる。
この場合の相手のaは、相手がこちらから嫌われるなどを想定(警戒)していることです。

・一部の嫉妬
この場合のaは、見下されることや第三者からの批判や落胆 を想定することです。
また、相手との差に対する自因感(「相手がすごい」ではなく「自分が至らない」)も一因です。

・「あなたはバカだ」と言われて 「自分はバカだ」と思ってしまう。
「バカだ」という相手の発言は嫌悪感や怒りのあらわれですよね。
「自分がバカだから相手を怒らせてしまった」と心を痛めること(a&b&c)が、[真に受けて自己肯定感が下がる]ことの原因です。

・ありがとうやごめんを言わない・自分からは挨拶しない・進路をあけてほしい時にすみませんと言わない。
前章の[☆ 利他的にふるまえない]をご参照ください。

・親切にされるのを嫌がる。
この場合のAは、「親切にしてくる相手はつらそうだ」(前章[☆ 利他的にふるまえない])と感じることです。
Bは、「自分が気を遣わせてしまった」(Ⅰ)や 「自分は頼んでないのに」(Ⅲ)です。

・自分が待ち合わせに遅れて 「相手は怒っている」と感じたときに、
相手の怒りに対する自因感があると、「(電車が遅れたからで)自分は悪くないのに!」(Ⅲ)と反発するか、自分を責め続けてしまいます。
自因感がなければ、つらい思いをしている相手をいたわりたくて謝ります。

・会話で意図がなかなか伝わらず 「相手がピリピリしている」と感じたときに、
相手のピリピリに対する自因感があると、「自分はちゃんと 説明している(聞いている) のに!」(Ⅲ)と責めてしまいます。
自因感がなければ、じれずに 伝える(理解する)努力を続けられます。

・「私がもっとがんばっていれば…」と嘆く相手に、「あなたは十分がんばったよ」と伝えても、相手は嘆き続けるとします。
相手の嘆きに対する自因感があると、「十分がんばったと言ってるのに、いつまで嘆くんだ!」(Ⅲ)と責めてしまいます。
自因感がなければ、「十分がんばったと私は思うけど、もっとがんばっていれば という気持ちなんだね」と寄りそえます。

aが生じやすい要因2つ

1. 相手が実際には☹でないのに 「相手は☹だ」と感じやすい。

この性質とbとcによって、相手の状態によらず常にa&b&cになっている人 も少なくありません。
そのような人に「相手が☹とは限らないよ」と助言しても響かないですよね。
自因感がある限り、相手の☹を恐れて その可能性を重視してしまうからです。

なお、「相手は☹だ」と感じやすくても、bがなければ心おだやかです。

2. 相手のA(ひいては☹)を招きやすい。

具体的には、失礼やミスが多い・☹になりやすい などの性質が挙げられます。
一般に行われている対策とその問題点は以下のとおりです。

・失礼やミスを減らそうとする。
これ一辺倒だと、完璧にできない自分を責めてしまいます。

・怒らないでと相手にお願いする。
相手はつらくて(傷ついて)怒っているので、火に油になりがちです。

・「ミスや失礼や☹は 私の性質なのです」という旨を相手に伝える。
相手の自因感を弱められるかもしれません。

なお、相手のA(ひいては☹)を招きやすくても、bがなければ心おだやかです。

☹の原因は他にある?

☹の原因が一意に定まることはすでにご理解いただけたかと思いますが、
☹の原因だと誤解されがちなものを以下で検討しておきましょう。

・相手に求める・期待するから? 相手をコントロールしようとするから?
何を期待するのかというと、相手がつらそうでないこと(おだやかなこと)です。
なぜそれを期待するのかというと、相手のつらそうな様子(☹など)が嫌だからですよね。
なぜ嫌なのかというと、A&B&Cです。
つまり、相手に求めたり相手をコントロールしようとするのは A&B&Cの結果ですね。

・過敏だから?
これが、[誰だって☹になるけど、より なりやすいから]という意味なら、原因には言及していません。
あるいは、[Aが生じやすいから]という意味なら、Aだけでは☹になりませんよね。

精神疾患とA&B&C

☆ A&B&Cは 精神疾患の発病や経過に関係します。
・怒られるのが怖くて上司に相談できずに仕事を抱え込んだ結果、過労になり うつ病に―このようにa&b&cに起因するケースは多々あります。
・統合失調症の妄想や幻聴の内容は、人から悪く思われる(相手が☹である)ものがほとんどです。
・双極性障害では 傷つきをきっかけに うつになったり、怒りをきっかけに躁になる人もいます。
・強迫症の「自分が念じ続けないと人に不幸が起きてしまう」などの観念は自因感そのものですね。
・摂食障害・依存症・不安症などの症状も a&b&cから派生しているように思われます。

A&B&Cが続いた結果 発病するかしないか(何を発病するか)には 遺伝や環境が関係しますが、
そもそもA&B&Cがなければ精神疾患を発病することはほとんどないのかもしれません。

☆ 発達障害と思われがちなケースでも…
・ミスが多くなくても、ミスのたびに親がA&B&Cになり(☹)、それに対する本人のa&b&cが強ければ、「不注意で支障や苦痛が大きい」と受診します。
・「あなたは人の気持ちが分からず いつも私を怒らせる」と親から責められるのがつらくて受診するも、自閉症傾向はみられず、というケースの本質は、
親(bとcあり)が 子に察してもらえないと嫌われたように感じ(a)て ☹になり、それに対して子(bとcあり)が☹になる、という双方のa&b&cです。

☆ A&B&Cを標的にする意義
精神疾患の治療や研究の多くは、症状や診断に基づいて行われてきましたが、それでは もぐらたたきの懸念があります。理由は以下のとおりです。
・時代とともに精神症状は変化する(昔は摂食障害はなかった・依存症で新たな依存対象が出現するなど)。
・精神疾患にかかる人が減っても、ストレスの影響で 癌や虚血性心疾患や脳血管障害にかかる人が増える可能性がある。
・1つの疾患が治った人に別の疾患が生じることもある。

A&B&Cが解明されたことにより、根本的な解決が期待されます。

まとめ

相手の☹の原因がA&B&Cだと知ると、相手の☹に対して☹にならなくなっていきます(年月をかけて)。

おわりに―知ると知らぬじゃ別世界

わたしたちは ☹の原因を知らずに、互いに☹になることをくりかえしてきました。

☹の原因を知らない限り、「相手の☹は相手の課題だよ」と言われてもピンときませんよね。これは、
天気の原因を知らない昔の人が 「天気はあなたしだいじゃないよ」と言われてもピンとこないのと同じです。

わたしたちが天気に自因感をいだかなくなったのは、天気の原因を知ったからですよね。
同じように、☹の原因を知ることによって、いずれは 「自分によらずに相手が☹になるのは あたりまえ」という感覚になり、相手の☹に対して☹にならなくなるでしょう。