対人ストレスの実体A&B&C

はじめに

このホームページでは、対人において 危害も損失もない ことを前提とします。

まず、相手に対して次のようであることを ☹ とあらわすことにしましょう。
 怒る・嫌だ・不快・不満・がっかり・悲しむ・傷つく…などなど。

危害も損失もないのに☹になるなんて、ふしぎですよね。
☹の原因とは いったい何でしょうか? 以下で論理的に考えてみましょう。

自因感

自分しだいで天気が変わる、と昔の人はよく感じました。このような感覚、つまり、
そうさせたのは自分だ・そうなるかは自分しだいだ
という感覚を 自因感 と呼ぶことにしましょう。

以下のⅠ,Ⅱ,Ⅲ,Ⅳの思いは いずれも、自因感がなければ生じません。
つまり、Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ,Ⅳのどれか1つでもあれば、必ず自因感が存在します。

= 「私のせいだ」
= 「私の何が!」
= 「私は○○なのに!」
= 「△△される 筋合いはない・理不尽だ」

(補足)

・自因感がなければⅠ,Ⅱ,Ⅲが生じない のは明らかですが、Ⅳはどうでしょうか。
ⅢがなければⅣは生じない(ⅣがあればⅢがある)ので、Ⅳがあれば自因感があると分かります。
天気に対する自因感がなければ 「雨にふられる筋合いはない」なんて思わないですよね。

・ⅣではⅠよりも自因感が弱いのかというと、そうではありません。
「雨にふられる筋合いはない」と思う経験をくりかえすうちに
「どうやら天気は私しだいではなさそうだ」と気づきそうなものですが、
そうならずに 毎度 Ⅳが生じるわけですから、自因感は強固ですよね。

・知識の普及によって 私たちは天気に自因感をいだきにくくなりました。このように、
原因を知らないと自因感をいだきやすく、原因を知ると自因感をいだきにくくなります。

☹な人は自因感をもっている

相手(の言動など)に対してⅠ,Ⅱ,Ⅲ,Ⅳが1つもなければ(自分のせいとも理不尽とも思わなければ) 心おだやかですよね。
ということは、☹になるときには必ず 相手に対する自因感があります。

すると…相手が☹なら(つまり、相手から怒られたときなど)、相手はこちらに自因感をいだいています。
要は、こちらに対して怒っている相手は 「私の何が!」となっているのです。

これを知ると…相手の「私の何が!」に対して 「私の何が!」という気にはなりませんよね。
つまり、☹な相手に自因感をいだかなくなります。
その結果、自分は☹にならなくなります。

~~詳しくは以下をごらんください~~

☹な相手に☹になる原因

☹な相手(つまり、こちらに対して怒っているような相手)に対して自分が☹になる原因は何でしょうか?

相手の☹に対してⅠ,Ⅱ,Ⅲ,Ⅳが1つもなければ(自分のせいとも理不尽とも思わなければ) 心おだやかですよね。
ということは、☹な相手に☹になるときには必ず 相手の☹に対する自因感があります。

しかし、それだけでは ☹になりません。
「私が相手を☹にさせた」と思っても、「ふーん、そうなんだ」とか「しめしめ」と感じたら☹になりませんよね。
☹になるということは、「私は相手を☹にさせたくない」という思いが必ず存在します。

この思いと自因感が合わさると 「私は相手を☹にさせたくないのに私が相手を☹にさせた!」となります。
これは☹になるのに十分ですよね。

ところで、相手の本心は知りようがありませんよね(例えば、笑顔で「怒ってないよ」と言われても…)。
これをふまえると、☹な相手に☹になる、は正確には、「相手は☹だ」と思って☹になる、ですね。

以上をまとめると、☹な相手に☹になる原因は、次のa&b&c(a,b,cがそろうこと)です。
a = 「相手は☹だ」と思う
b = 相手の☹に対する自因感
c = 「私は相手を☹にさせたくない」

より広い ☹の原因

私たちが☹になるのは、☹な相手に対して が多いでしょうが、それだけではありませんよね。
例えば、何かをうまくできない子に対して親が☹になるような場合があります。
このような場合も含めた☹の原因は何でしょうか?

何かをうまくできない子に対して 親は「つらそうだな」とか「つらくなりそうな状況だ」と感じやすいですが、
相手のつらそうな状態(つらくなりそうな状況)を 自分のせいと感じなければ、取り乱すことはないですよね。
ということは、そのような相手に☹になるときには、相手の状態や状況に対する自因感があります。
「何でできないの?何度も言ったのに!」などは自因感のあらわれ(Ⅲ)ですよね。
あとは前章と同様に考えていくと、☹の原因は次のA&B&Cだと分かります。

A = 「相手はつらそうだ(つらくなりそうな状況だ)」と思う
B = 相手の状態や状況に対する自因感
C = 「私は相手をつらく(なりそうな状況に)させたくない」

(補足)

・A&B&Cは a&b&cを含みます。相手の☹(こちらへの嫌悪感など)はつらそうな状態の1つですよね。

・相手に対して自因感がない感覚とは、次のようなものです。
 「うまくできなくて大変そうだな。見守ろう」
 「こちらに対して怒って苦しそうだな。刺激しないようにしよう」
このように 自因感がなければ、相手をかわいそうと思っても、やさしい気持ちでいられます。

・このホームページのタイトルのストレスという語は A&B&Cに対する呼び方の一例に過ぎません。
A&B&Cを葛藤・パニック・苦悩などと呼んでもよいでしょう。

相手の☹の原因を知ると…

相手の☹の原因が相手のA&B&Cだ と知ると、相手の☹に対する自因感(b)が弱まります。
その結果、
・a&b&cが成立しなくなるので、相手の☹に対して☹にならなくなります。
・cに沿って、そっとしておく・やさしくするなど 利他的にふるまいやすくなります。
・怒られても嫌われても、相手の感情を背負わずに、相手の意見を冷静に受け止められます。

(補足) bが弱まるしくみは 以下が考えられます。
・相手の「ワタシがアナタをそうさせてしまった!」を 自分が生じさせたとは感じにくいですよね。
・相手の「私の何が!」に対して 「私の何が!」という気にはなりませんよね。
 互いに相手を鏡だと思ってのぞきこんでいるような奇妙な構図 に気づくわけです。
・相手のBとCは相手の性質なので、「相手の☹は 相手の性質によるところが大きい」と感じます。
 自分がおだやか(つらくない)なら、相手のAさえも相手の性質ですから、なおさらそう感じます。
・原因を知ると 「相手の☹は理にかなっている」と感じ、「理不尽だ」(Ⅳ)とは思えなくなります。

自因感が強いと…

Bの強い人(Cあり)は、Aが加わってA&B&Cになること を恐れて、次のようになります。

☆ 人からどう思われるかを恐れる・人(評価)に依存する・過剰な承認欲求(相手が☹でないこと を求める)。

☆ 完璧主義(絶対に人が☹にならないように)。

☆ 死にたい(人の☹から逃れたい)。

☆ 相手を責める。
自因感(B)を自覚していないと(Ⅱ,Ⅲ,Ⅳ)、「☹になるな!」とか「うまくやれ!」と相手を責めがちです。

☆ 利他的(親切)にふるまえない。
次の3つを比べてみましょう。
 ① 意地悪したら 嫌がられた。
 ② 何もしなくて 嫌がられた。
 ③ 親切にしたら 嫌がられた。
③は いかにも相手の性質に原因がありそうですよね。そして、そう感じられたら気楽なのですが…
bがあると 「親切にしたのに…これ以上どうしようもない。どうやっても私は人を不快にさせてしまうのだ」
と絶望します。そして、自分をそういう気持ちにさせた相手に激しい怒りがわきます。
そうなることは避けたいので、人に親切にできなくなりますよね。
bがあると ②でも 「私は何もしてないのに 何でだ!」と苦しむので、いっそのこと意地悪をしたくもなります。
bがあると 嫌われた場合の傷つきや怒りは ①<②<③の順に大きくなりますからね。

A&B&Cの具体例集

・人に寛容でない・おだやかでない。寛容でない人や おだやかでない人にストレスを感じる。

・怒られて怒る、怒られて傷つく、嫌われておちこむ、悪く言われて腹が立つ、不満げな相手に不満、 ため息や舌打ちされると不快、などなど。

・道ですれ違うときに 険しい表情の人や道をゆずらない人に腹が立つ。自分も道をゆずりたくない(前章[☆ 利他的にふるまえない])。

・「そんな顔されると こっちまで嫌な気持ちになる」。

・「あなたといると 嫌な気持ちになる」と言われて 怒ったり傷つく。

・がっかりされたり怒られるのを恐れて、うまくいっていないことを相談できない。

・何かをうまくできない子に対し、親が悲しむ・嘆く・怒る。

・威圧的・攻撃的な言動、虐待、一部のいじめ
相手の言動に傷つくがゆえに、暴言をはいたり無視をします。

・分かってもらえない・きちんと対応してもらえない・思いどおりにしてもらえないと、怒ったり おちこむ。
この場合のaは、嫌われているように感じることです。

・見下されたり失礼な言動をされるとストレスを感じる。
この場合のaも、嫌われているように感じることです。
なお、見下されたときの☹が強い人の一部が 人を見下すのだと考えられます。

・攻撃的な運転をする(他のドライバーへの怒り)。
この場合のaは、他のドライバーからの不満や怒りを感じることです。

・人の意見に反発したり批判したがる(自分が正しいと主張したがる)。
この場合のaは、人から意見を言われると批判された(嫌われた・怒られた)ように感じることです。

・何もしていないのに にらまれる。
この場合の相手のaは、相手がこちらから嫌われるなどを想定(警戒)していることです。

・嫉妬の一部
この場合のaは、見下されることや第三者からの批判や落胆 を想定することです。
また、相手との差に対する自因感(「相手がすごい」ではなく「自分が至らない」)も一因です。

・ありがとうやごめんを言わない・自分からは挨拶しない・進路をあけてほしい時にすみませんと言わない。
前章の[☆ 利他的にふるまえない]をご参照ください。

・親切にされるのを嫌がる。
この場合のAは、「親切にしてくる相手はつらそうだ」(前章[☆ 利他的にふるまえない])と感じることです。
そして 「私が気を遣わせてしまった。私は頼んでないのに」と嫌がります。

・自分が待ち合わせに遅れて 「相手は怒っている」と感じたとしましょう。
自因感が強いと、「(電車が遅れたからで)私は悪くないから」謝らないか、謝るものの 自分を責め続けてしまいます。
自因感が弱ければ、自分がどうではなく、待ってくれた相手をいたわりたくて謝ります。

・会話で意図がなかなか伝わらないとしましょう。いずれの立場でも、
自因感が強いと、「私はちゃんと 説明している(聞いている) のに!」と相手を責めてしまいます。
自因感が弱ければ、じれずに 伝える(理解する)努力を続けられます。

・「私がもっとがんばっていれば…」と嘆く相手に、「あなたは十分がんばったよ」と伝えても、相手は嘆き続けるとします。
自因感が強いと、「十分がんばったと言ってるのに、いつまで嘆くんだ!」と相手を責めてしまいます。
自因感が弱ければ、「十分がんばったと私は思うけど、もっとがんばっていれば という気持ちなんだね」と寄りそえます。

aが生じやすい要因

自分にaが生じやすい要因には次の2つがあります。

☆ 相手が実際には☹でないのに 「相手は☹だ」と感じやすい。
この性質とbとcによって、相手の状態によらず常にa&b&cになっている人 も少なくありません。
そのような人に「相手が☹とは限らないよ」と助言しても響かないですよね。
自因感が強い限り 相手の☹を恐れて、その可能性を重視してしまうからです。
なお、「相手は☹だ」と感じやすくても自因感が弱ければ、心おだやかです。

☆ 相手のA(ひいては☹)を招きやすい。
具体的には、失礼やミスが多い・☹になりやすい などの性質が挙げられます。
一般に行われている対策と その問題点は以下のとおりです。
・失礼やミスを減らす。
 → こればかりを追求すると、できない自分を責めがちです。
・怒らないで などと相手にお願いする。
 → 火に油になりがちですよね。
・「ミスや失礼や☹は 私の性質なのです」という旨を相手に伝える。
 → 相手の自因感を少し弱められるかもしれません。

☹の原因は他にあるか

前述のように ☹の原因は論理的に一意に定まります。
それでも あえて、☹の原因だと思われがちなものを以下で検討しましょう。

・相手に求める・期待するから? 相手をコントロールしようとするから?
何を期待するかというと、相手がつらそうでないこと(おだやかなこと)です。
なぜ期待するかというと、相手のつらそうな様子(☹など)が嫌だからですよね。
なぜ嫌かというと、A&B&Cです。
つまり、相手に求めたり相手をコントロールしようとするのは A&B&Cの結果ですね。

・真に受けて自尊心が傷つくから?
例えば 「○○するなんて、あなたはダメな人間だ」と怒られたとしましょう。
この発言は、「○○しない方がいいと私は思う」という意見と 怒りが合わさったものですよね。
自因感がなければ、相手の怒りを背負わず 意見だけを受け止めるので、自分が自分をどう思うか には影響しません。
自尊心が傷つくのは、a&b&cの結果ですね。

・過敏だから?
これは、誰だって ☹な相手に☹になるけど その度合いが強いから、と言っているのと同じで、原因には言及していません。

・相手の怒り顔など(☹)自体に、こちらを本能的に嫌な気持ちにさせる性質があるから?
自分が怒ったり嫌がるときには、つらい気持ちになっている状態ですよね。
つまり、私たちは自身の経験から、[怒る] = [その人がつらい気持ちになっている状態] だと知っています。
なので、怒られたときに発生するのは、「相手はこちらに対してつらくなっているぞ」という思いだけです。
相手がつらそうだから 自分が嫌な気持ちになる、というのは筋が通りませんよね(かわいそうと思うならまだしも)。
あらかじめ存在する自分のbとcと合わさり a&b&cになって、初めて嫌な気持ちになるのです。

精神疾患とA&B&C

☆ A&B&Cは 精神疾患の発病や経過に関係します。
 ・[うつ病 ← 過労 ← 仕事を抱え込む ← 怒られるのが怖い] のようにa&b&cに起因するケースはよくみられます。
 ・統合失調症の妄想や幻聴の多くは 人から悪く思われる内容です。
 ・双極性障害では 傷つきをきっかけに うつになったり、怒りをきっかけに躁になる人もいます。
 ・摂食障害・依存症・不安症・強迫症などの症状も a&b&cから派生しているように思われます。
A&B&Cが続いた結果 発病するか否か(あるいは 何を発病するか)には様々な要因(遺伝子や環境)が関係しますが、
そもそもA&B&Cがなければ精神疾患は生じないのかもしれません。

☆ 発達障害と思われがちなケースでも…
・ミスが少なくても、ミスのたびに親がA&B&Cになり(☹)、それに対する本人のa&b&cが強ければ、「不注意で支障や苦痛が大きい」と受診します。
・「あなたは人の気持ちが分からず いつも私を怒らせる」と親から責められて悲しくなり「私は自閉症スペクトラムだ」と受診するケースの本質は、
 親(bとcあり)が 子に察してもらえないと冷たくされたと感じ(a)て ☹になり、それに対して子(bとcあり)が☹になる、という双方のa&b&cです。

☆ A&B&Cを標的にする意義
精神疾患の治療や研究の多くは、症状や診断に基づいて行われてきましたが、それでは もぐらたたきの懸念があります。理由は以下のとおりです。
・時代とともに精神症状は変化する(昔は摂食障害はなかった・依存症で新たな依存対象が出現するなど)。
・精神疾患にかかる人が減っても、ストレスの影響で 癌や虚血性心疾患や脳血管障害にかかる人が増える可能性がある。
・1つの疾患が治った人に別の疾患が生じることもある。

A&B&Cが解明されたことにより、根本的な解決が期待されます。

まとめ
☹ ≒ 「私があなたをつらくさせてしまった!」
これを知れば ☹な相手に☹にならなくなります。

おわりに―知ると知らぬじゃ大違い

私たちは ☹の原因を知らぬがゆえに、互いに☹になることをくりかえしてきました。

☹の原因を知らない限り、「相手の☹は相手の課題だよ」と言われても 自因感の強い人はピンときません。
これは、「天気はあなたしだい ではないのだよ」と言われても昔の人がピンとこない のと同じですよね。

☹の原因を知れば、相手の☹に対する自因感は弱まっていくでしょう。
天気に対して 多くの人が そうなったように。