本サイトでは、相手に対してネガティブな感情をいだいている(嫌な気持ちになっている/ストレスを感じている)状態を 😠 とあらわします。相手の😠・相手が😠 とは、相手がこちら(自分)に対してネガティブな感情をいだいている(嫌な気持ちになっている/ストレスを感じている)ことを意味します。
わたしたちが 嫌われたり・ため息をつかれたり・にらまれたりすると 嫌な気持ちになりやすい(つまり 相手の😠に対して😠になりやすい)のはなぜでしょうか。相手が😠である時点で嫌な気持ちになっているのは相手だけなのに、自分まで嫌な気持ちになるなんて、不思議ですよね。相手の😠に対して😠になる仕組みを以下で解明しましょう。
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相手の😠に対して😠になるときには、「自分のせいだ」あるいは「自分は悪くないのに!」という思いがありますよね。この真逆のような2つの思いは、実はある共通の感覚から生じています。
ある現象に対して 「それは自分の影響で起きる(それが起きるかは自分しだいだ)」と感じる――この感覚を 自因感 と定義します。
(注) 自因感は あくまでもそのように感じるという感覚なので、「それは自分の影響で起きる」と考えている(言語化できている)とは限りません。
ある現象に対して自因感がなければ、「その現象は自分とは独立して(自分がどうかに関係なく)起きる」と感じます。
例えば、バカにされたときに自因感がなければ、「自分がバカにされたのは、相手がバカにしたいからだな」と感じます(ストレスにはなりませんよね)。
それでは いよいよ 仕組みを解明しましょう。
「自分の影響で相手が😠になったわけではない」と感じたら、「相手は嫌な気持ちになって かわいそう」と思うか 何とも思わないか のどちらかでしょう (嫌な気持ちになる要素はありませんよね)。ゆえに、相手の😠に対して嫌な気持ちになるときには必ず自因感が存在します。では、相手の😠に対する自因感さえあれば 😠になるのでしょうか。「自分の影響で相手が😠になった」と感じても、「まあいいか」とか 「しめしめ」と思ったら😠になりませんよね。ゆえに、相手の😠に対して😠になるときには、「自分は相手を😠にさせたくない」という思いも必ず存在します。
また、相手の😠に対して😠になる、を正確に言い直すと、「相手は😠だ」と思って😠になる、です。相手が実際には😠でないのに 自分が「相手は😠だ」と思うこともありますからね。
以上をまとめると、仕組みとして必ず存在するもの(必要条件)は次の3つです。
A 「相手は😠だ」
B 相手の😠に対する自因感
C 「自分は相手を😠にさせたくない」
一方、A&B&C(A,B,Cがそろう)ならば😠になりますね (すなわち A&B&Cは十分条件です)。
ゆえに、A&B&Cは必要十分条件なので、相手の😠に対して😠になるという現象の実体(仕組み)はA&B&Cです。
① 親切にしたら 相手が😠になった。
② ただ相手が😠になった。
多くの人にとって ストレスが ①>② となるのはなぜか、考えてみましょう。
前章より、相手の😠に対してストレスが生じるためにはA&B&Cが必要です (BかCがなければ ストレスは ①=②=0 であることをご確認ください)。
A&B&Cがあると、②では 「親切にしても 相手を😠にさせてしまうということは、自分の存在自体がよほど悪い影響を及ぼしている」ように感じられます。これは絶望的ですよね。そのためストレスは ①>② となります。したがって、A&B&Cはストレスが ①>② となるための十分条件です。
よって、A&B&Cは必要十分条件なので、ストレスが ①>② になるという現象の実体(仕組み)はA&B&Cです。
①′ 親切にしたら 意地悪された。
②′ ただ意地悪された。
「意地悪してくる相手は😠だ」と感じますので、先ほどと同じく、ストレスが ①′>②′ になる(自分と相手の行動の"利他度"の差が大きいほどストレスになる)仕組みはA&B&Cです。
わたしたちが利他的に行動したがらない(利他的に行動するのがストレスになる)理由がお分かりいただけたかと思います。
互いに相手の😠に対して😠になるという連鎖に人類はさいなまれてきました。
「昔はよく😠になったなぁ。自因感の概念も 相手が😠になる仕組みも 知らなかったから」――そう言える日がみなさんに来ますように。