第9回 人と動物の共通感染症研究会学術集会 研究会目次

10 マーラ( Dolichotis patagonum )に集団発生した致死性 Salmonella Enteritidis感染症
 
○吉村遥子1)、岩田剛敏2)、中村進一1)、林谷秀樹2)、宇根有美1)
1)国立感染症研究所・細菌第一部、2)宮崎県衛生環境研究所
 
  マーラは、南米原産のげっ歯類テンジクネズミ科に属し、国内展示施設で数多く飼育されている。今回、マーラにチフス様病態を示す致死性 Salmonella Enteritidis (以下 SE )症の集団発生をみたので、概要を報告する。
 
【発生状況】
  マーラ38頭を飼育する施設で、8月に6頭が突然、起立困難や痙攣など、類似の臨床症状を呈し、うち5頭が死亡した。このうち、4頭は異常発見後、数時間以内に死亡するといった甚急性経過をとり、もう1頭は治療により回復傾向がみられたものの、1ヶ月半後に死亡した。残り1頭は抗生物質投与で回復した。その後、全頭に抗生物質を投与したが、10月にさらに1頭死亡した。死亡個体6頭(成獣3頭、1歳未満3頭)を剖検し、うち4頭を微生物学的および病理組織学的に検索した。また、疫学調査として、全頭の直腸スワブ、獣舎内で捕獲したネズミ、マーラの餌(野菜、チモシー等)、同エリア内の動物の餌(鶏頭)を微生物学的に検索した。
 
【結果】
  抗生物質投与後に死亡した2頭を除いて、4頭すべてに顕著な脾腫と高度な全身性出血、血腹症があり、ときに眼球内出血がみられたが、下痢はなかった。組織学的に、症例によって病変に程度の差はあるものの、諸臓器に壊死性炎が観察され、2頭で脳炎がみられた。各所で炎症細胞反応に乏しい細菌塊がみられ、それらはサルモネラO9群免疫血清抗体で陽性となった。また、剖検時に採材した3頭の諸臓器よりSEが分離された。疫学調査として、直腸スワブで34頭中3頭がサルモネラ属O9群陽性、鶏頭からサルモネラ属O7群が分離されたが、ネズミとマーラの餌からは分離されなかった。
 
【まとめ】
    以上の所見より、死亡した6頭を致死性SE症と診断した。生残した1頭も、発症時期や症状から、SE症と推察した。よって、発症率18.4%、死亡率85.7%のSE症の流行が起きたと判断した。今回、観察された病態はいわゆるチフスと表現されるほど激烈なもので、SEによる本病態の報告は、野生動物ではコビトイノシシ、ワシミミズクでの報告があるのみである。マーラと同科のモルモットは、サルモネラ属菌に高感受性とされていることから、この病態は種に関連するものかもしれない。また、感染源の検討したが、SE症流行当時の餌が保管されていないことから特定できなかった。しかし、マーラの餌の調理場では、他の動物に与える鶏頭を扱っており、疫学調査時に採材した鶏頭からサルモネラ属菌が分離されたこと、流行時かなりの猛暑であったことから、調理場を介した食物汚染、経口感染が疑われた。なお、当該施設では、飼育場および調理場の衛生管理を徹底したところ、その後、マーラのSE症は発生していない。
 
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