第6回 人と動物の共通感染症研究会学術集会 研究会目次


9 ブタにおけるMycobacterium avium complex感染症流行の公衆衛生学的意義
 
○日比谷健司 1),鹿住祐子 2),菅原 勇 2),藤田次郎 1)
1)琉球大学大学院医学研究科感染病態制御学講座分子病態感染症学分野
2)結核予防会結核研究所抗酸菌レファレンスセンター
 
【目的】
  Mycobacterium avium complex(MAC)は環境常在菌であり、AIDS患者においても日和見感染を起こす重要な病原体の一つである。しかし、その感染経路や自然界におけるリザーバーはまだ確定的ではない。MACはヒトと動物に共通な病原体の一つであり、多くの反芻獣、ブタや鳥類が感染している。これまでの分子疫学的研究から、遺伝子学的相同性に基づき、ブタとヒトが共通の感染源を有する可能性が示された(Komijn 1999)。そこで我々は、ブタMAC症の感染経路、伝播機構、病理組織学的特長を明らかにし、ブタ分離株のヒトへの病原性と伝播の可能性を明らかにする目的で一連の研究を行った。
 
【材料と方法】
  2002-2004年の間に沖縄県本島でと畜されたブタ706,763頭の乾酪壊死様病巣の有病率を横断的に調べた。さらにそれらのブタの生産地、生産農家の規模、衛生管理状況、農家密度そしてブタ移動に関する情報を集めた。と畜検査において肉眼的に下顎あるいは腸間膜リンパ節に乾酪壊死様所見を認めた場合を局所感染、肝臓を初めとした諸臓器に同様の所見を認めた場合を全身感染と定義した。病巣におけるMACの存在は抗酸菌培養、染色及び遺伝子学的に確認した。全身感染ブタ(276頭)の感染臓器(3,312組織)は病理組織学的に調べ、病巣から分離されたMAC株は、挿入配列IS1245を用いた制限酵素断片長多型(RFLP)によって遺伝子型を調べた。さらにブタ分離株をモルモットあるいはヒトII 型肺胞上皮(A549)細胞に感染させ、その病原性を調べた。
 
【結果】
  MACの有病率は持続的で有意な上昇を認めた(流行前0.4%、流行期4.7%)。MACのRFLPタイプは3つのクラスターに分類された。2つのクラスターは繰り返し複数の農家のブタから検出された。それらの農家は、市場を介する同一のブタ移動経路を有し、感染率の推移も農家間で同調的であった。流行を示さなかった農家群は、独自のブタ移動経路を有し、3つ目のクラスターであるIS1245(-)株が繰り返し分離された。株の地域集積性は否定された。多重ロジスティック回帰分析により、有意な流行因子は認めなかった。これらのMAC株をモルモットに投与した結果、遺伝子型、組織型に関係なく全ての個体で増殖性肉芽腫性炎を認めた。またA549細胞にヒト分離株同様に感染性を示した。感染病巣は、腸間膜リンパ節(98.2%)、肝臓(98.9%)に有意に認めた。肝臓では病巣は門脈域に限局した。肉芽腫は石灰化を全体の47%以上の組織に認め、好酸球浸潤を特徴的に認めた。
  
【考察】
 今回の分子疫学研究と有病率の推移より、養豚場間の伝播は市場を介した共通したブタ移動経路によって引き起こされ、個々の農家では、非特異的因子によって流行が起きる可能性が考えられた。感染経路は、腸間膜付属リンパ節に有意に病巣を認めることから、ブタはMACに経口感染し(Matlova 2004)、門脈経路で肝臓に病巣を作り、全身播種を免疫正常個体で容易に引き起こすことが考えられた。ブタMAC症の肉芽腫の組織学的特長より、ブタでは短期間で進行した肉芽腫が形成され、結核の初期変化群のように感染臓器の付属リンパ節で対を成す病巣を形成することが考えられた。このようなヒトMAC症との病理学的な差(Fujita 1999)は、免疫応答の種差に起因するのかもしれない。さらに今回の研究で、ブタ分離株がモルモットやヒト肺胞上皮細胞に感染性を示したことは、ヒトへの感染性、病原性を有する可能性が示唆される。今後、詳細な免疫学的な研究が必要である。
 
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