医療機関からみた救急ヘリコプターの活用

救急医療ジャーナル 1998年10月号12-17ページ

県立広島病院 救命救急センター 石原 晋、土井正男、唐川真二、金子高太郎
       周産期センター  山崎武美
       院長       魚住 徹

はじめに

 欧米、オーストラリアなどでは、日常の救急医療において広く航空機が活用されており、陸上手段による搬送時間が35分を超える場合には、ヘリコプターを活用する方が救命率や予後がよいこと、経費対効果比もリーズナブルであることが実証されている。また、先の阪神淡路大震災の教訓から「ヘリコプターは、平時の救急医療において日常的に活用されていなければ、大規模災害時に役に立たない」ことが、広く知られるところとなった。
 このようなことを背景に、遅ればせながらわが国においても、すべての都道府県に防災ヘリコプターを配備し、日常の救急搬送にも活用できる体制の整備が全国的に推進されている。この体制整備にあたっての課題を、医療機関の立場から考察した。

県立広島病院における救急ヘリの活用の現状

 県立広島病院は広島市南区に位置し、屋上にはヘリポートを有する。1996年9月に、この屋上ヘリポートを利用したヘリコプター救急業務を開始した。その後、’98年6月までの22カ月間で23件の搬送事例があった。これらの搬送事例は、別表の通りである。

表 ヘリコプター搬送事例(県立広島病院:1996年9月1日〜’98年6/60日)
年齢 傷病名 分類 緊急度 転帰
1 60 洞機能不全 他院→当院 1 軽快
2 28 CO中毒 当院→他院 1 軽快
3 60 リチウム中毒 他院→当院 1 軽快
4 53 心筋梗塞 他院→当院 1 軽快
5 74 大動脈解離 他院→当院 1 高度障害
6 62 間質性肺炎 他院→当院 1 死亡
7 44 心筋梗塞 他院→当院 3 軽快
8 49 心筋梗塞 他院→当院 1 軽快
9 58 交通外傷 当院→医療帰省 2 軽快
10 57 転落(山岳) 現場→当院 1 高度障害
11 30 不安定狭心症 他院→当院 1 軽快
12 61 敗血症ショック 他院→当院 1 軽快
13 21 交通外傷 他院→当院 1 軽快
14 50 転落(山岳) 現場→当院 1 軽快
15 56 心筋梗塞 他院→当院 1 軽快
16 0 病的新生児 他院→当院 1 軽快
17 0 病的新生児 他院→当院 1 軽快
18 0 病的新生児 他院→当院 1 軽快
19 0 病的新生児 他院→当院 1 軽快
20 0 病的新生児 他院→当院 1 軽快
21 0 病的新生児 他院→当院 1 軽快
22 0 病的新生児 他院→当院 1 軽快
23 0 病的新生児 他院→当院 1 軽快

*緊急度1:生命の危機、2:機能の危機、3:危険ではないが要高次医療(小濱啓次ら)

 一次・二次医療機関からの転送事例が18件で、そのうち12件については当院の医師、看護婦が付き添い、6件については搬送元医療機関の医師が同乗した。2件は当院から専門病院(高圧酸素治療、脊髄損傷リハビリ)への転送であった。現場からの直接搬入は2件で、いずれも山岳での転落事故であった。また、医療帰省(傷病者を居住地近隣の医療機関に移送すること)の事例が1件あった。
 当県は北海道に次いで、わが国で2番目に多く医療へき地を抱えている。約290万人の県人口のほとんどは瀬戸内沿岸部に集中しており、高次救急医療機関もこの地域に偏在している。島しょ部や島根県境にかけての中山間部において救命救急医療を確保する手段としてはヘリコプターの活用が最も現実的な方法であり、本県における救急ヘリコプターの潜在需要はきわめて大きいと考えられる。
 しかしながら、県内で最多の救急ヘリコプター搬送を行っている当院ですら、月間わずか1件程度にすぎない。しかも、当院への転送事例18件のうち12件は特定の2病院からのもので、依頼元医療機関に大きな偏りが見られた。このことは、とりもなおさず医療者の意識の偏りを意味している。多くの医師たちはヘリコプター搬送を「おおげさだ、高価だ」と考えており、ヘリコプターの出動を依頼することに抵抗のない少数の医師たちが活用しているにすぎないのである。
 救急隊員の依頼による事故現場からの直接搬入も、2件ときわめて少なかった。いずれも救急車では現場へアクセスできない山岳での事故であり、究極の条件を満たさなければヘリコプター出動を要請しないという救急隊員の心情を垣間見ることができる。事故現場からの直接搬入を普及させるためには、医師同様、救急隊員に対しても意識改革のための啓発が必要である。また、高速道路上などへの離発着を含め、ヘリコプター運航に関わる規制の見直しが急がれなければならない。
 医療帰省をおこなった事例9は、大きな課題を残した。傷病者は58歳男性。深夜、トラック運転中に正面衝突し、当院救命救急センターに搬入された。診断名は(1)左多発肋骨骨折、(2)右大腿骨骨折、(3)左脛・腓骨骨折であった。(3)はサイドブレーキのシャフトが下腿部を串刺しにしたもので、脛骨、腓骨ともに複雑粉砕骨折であり、周囲軟部組織の挫滅も高度であった。
 修復手術に成功し切断術を免れたとしても、その後、きわめて長期に渡り紆余曲折の経過をたどるであろうと予測された。したがって手術は長年に渡って責任を取ることのできる医師団が行うべきであり、また、その間の家族の支援が不可欠であると考えられた。
 このようなことから、患者の居住地である隣県のA市(当市から約170Km)への医療帰省を行うこととした。肋骨骨折は血胸、気胸、胸廓動揺を伴わなかったから、搬送可能と判断し、未手術のままA市内のB赤十字病院へ紹介転院となった。搬送には消防ヘリコプターを依頼し、当院救命救急センターの医師および看護婦が同乗、A市のヘリポートでB赤十字病院のドクターカーに引き継ぎ、帰院した。
 この事例につき、某新聞社の記者から、「緊急性があること、当院よりB赤十字病院の方が、当該患者の診療上、格段に優れていることの両者が満たされていない限り、一般市民感情として容認できない」とのクレームがあった。立ち遅れたわが国のエアレスキュー体制の中でも、とくに医療帰省の問題は認知が遅れていることを実感した事例であった。医療帰省の問題については、後に詳しく述べる。
 このほか、1997年の暮れから、県北のスキー場がシーズン中、民間のヘリコプターを常駐させることになり、当救命救急センターも受け入れ協力の協定を結んだが、現在まで搬入事例はなかった。
 ここで、他県から当県へのヘリコプター搬送についても、少し触れておきたい。当県北隣の島根県は東西に細長く、高次医療機関は東部の松江市と出雲市に偏在している。県西部はむしろ広島市に近く、県西部の中心都市である浜田市から松江市までは車で3時間かかるが、広島市へは高速道路で1時間である。
 このため、島根県西部の住民にとって、広島市は生活圏であり、高次医療を要する患者は広島市北部の広島市立安佐市民病院などを受診するものが多い。
 筆者がこの病院に在任中に島根県西部からのヘリコプター搬送が2件あった。1995年に3件目の事例が発生した。依頼元医療機関と協議し、ヘリコプター搬送することにした。ところが、島根県防災の判断で、患者は生活圏を超えて出雲市に搬送された。島根県に防災ヘリコプターが導入されたので、県境に、それまでなかった壁ができたようである。これは、いわゆる「お役所仕事」ではないだろうか。阪神・淡路大震災以降、都府県の壁を超えた広域防災体制の構築が叫ばれる中、平時の救急医療においてもフレキシブルな運用を望みたい。
 われわれが経験した救急ヘリコプター搬送の全事例につき、要請から離陸までの時間は15分前後ときわめて迅速であった。これは次に述べる当県の消防・防災ヘリコプターの運用システムが優れたものであることを物語っている。

広島県の消防・防災ヘリコプターの理想的な運用システム

 1989年、広島市消防局に消防ヘリコプター1機(アエロスパシャルAS365N1型「ひろしま」)が導入された。「ひろしま」は市の所属であるが、その運営は県下全市町村が経費を案分負担する共同利用方式を取った。そして、県下のどの医療機関からでも、地元の消防を通じて「ひろしま」の出動を要請することができることとした。
 さらに、1995年には、広島県に防災ヘリコプター1機(ベル412EP型「メイプル」)が導入された。先に導入された「ひろしま」の、県下全域を対象とした運用がすでに軌道に乗っていたので、後から導入された「メイプル」も、同じ広島市消防局の指令系統の下に置かれた。パイロットなどの運航スタッフも市から県に出向する形で、市消防航空隊から派遣された。
 こうして「ひろしま」は広島市の広島西飛行場に、「メイプル」は県中央部の広島空港に配備され、県下全域をにらんだ一元的指令系統を有する2機体制が整った。次に医療機関がヘリコプター搬送を依頼する場合のシステムを述べる。
 救急搬送を要する事例が生じた場合、まず搬送元の医師と受け入れ側の医師が協議し、ヘリコプター搬送の依頼を決定する。同時に、同乗スタッフをどちらから出すかも決める。引き続き、搬送元の医師は地元の消防本部・局にヘリコプター搬送を要請する。地元消防本部は広島市消防局にその旨を連絡する。市消防局は地域性、同乗スタッフ、ヘリコプターの整備状況などを勘案し、どちらのヘリコプターを使うかを決めて、市消防航空隊または県防災航空センターのいずれかに出動指令を出す。
 また、搬送元および搬送先のそれぞれの消防本部・局は最寄りの臨時離発着場に出向き、地上支援をおこなう。臨時離発着場と医療機関の間の傷病者と医師の地上搬送も、地元救急隊が行う。臨時離発着場は県内で230箇所に指定されており、当院の屋上ヘリポートもその一つである。
 このシステムはきわめて簡略で、かつ市・県と所属の異なる2機のヘリコプターの指令系統が一元化された理想的な運用形態である。これにり、他の多くの自治体ヘリコプターと比較して、非常に速やかなレスポンスが達成されている。要請の翌日に飛んでもらえる自治体もあるようであるが、当県の場合、依頼から離陸までの時間は15分程度である。
 わが国でエアレスキューの普及が遅れていることについて、西川渉氏(地域航空総合研究所所長)は、日本航空新聞(1997年11月27日付け)の中で「医師や病院から防災ヘリコプターの出動を要請してもなかなか応じてもらえないらしい。(中略)出動の最終判断が現場ではなく本庁や本部のデスクでなされているからに違いない。(中略)消防車や救急車の出動判断と同様に現場の判断で出動できるようにしなければならない」というような意見を述べているが、当県のシステムは、建て前はともかくとして、事実上はすでにこれに近い。
 現在、すべての都道府県で消防・防災ヘリコプターの導入が推進されており、これに伴って、全国的に統一された運用システムや搬送基準の策定作業が行われている。願わくばこのシステムの統一化により、わが県の理想的運用システムが後退しないことを祈るばかりである。

医療機関からみた救急ヘリの今後の課題

出動指令システムの簡略化

 先に述べた通り、当県では非常にスムーズな出動体制が取られているが、多くの地域で、医療機関からの要請に対する消防・防災ヘリの出動に、かなりの時間を要している。欧米なみの体制とするためには、救急車と同等の簡単なシステムにしなければならない。

医師・救急隊員・一般市民の啓発

 救急ヘリコプター搬送を普及させるためには、医師や救急隊員の意識改革が必須である。当方からヘリコプターでの転送を提案しても「いやあ、そこまでしなくても」という先方医師の反応は実に多い。医師・救急隊員のみならず、一般市民をも含め、救急ヘリコプターの普及を阻んでいる最大の要因が「おおげさだ、もったいない」という感覚であると考えている。
 ヘリコプターは事例や災害がなくても、訓練などのために毎日飛んでいるのである。使わない方がよほどもったいない。

同乗人員の教育研修の実施

 ヘリコプター搬送に参加する可能性のある医師や看護婦などに対して、出動の仕組み、安全運航のための遵守事項(スリッパ、長い白衣、ナースキャップの禁止など)、高度や騒音などの飛行環境が患者に及ぼす医学的影響などについての教育研修を、地域ごとに、また組織的に実施する必要がある。
 現状では、このような予備知識のない医師が添乗して搬入されることも多く、ひやりとすることがある。

ヘリコプターの装備

 消防・防災ヘリコプターは救急専用でないため、傷病者搬送を行う上でいくつかの問題点がある。われわれの経験では、医師が同乗しても、医療行為らしいことを行なうのはほとんど不可能である。また、搬送先医療機関などと直接交信する設備がないのも大変不便である。救急搬送を目的にレイアウトされた専用機種の導入が望まれる。
 また、現在、消防・防災ヘリコプターは日中しか出動しない。島しょ部や山間部の救急医療を確保するためには、荒天時はともかく、少なくとも夜間は出動できるように、ヘリコプターの装備の改良や離発着場の整備が進められなければならない。

大規模災害対応の準備

 消防・防災ヘリコプターを大規模災害時に有効利用するためには、平時の救急医療において、日常的に広域活動を行っていることが前提となる。このため、県境などは無視した運用規約の策定を希望する。

 また、大規模災害時には、ヘリポートを有する病院の上空はヘリコプターが錯綜することが考えられ、航空管制が必要となるだろう。このことを想定した準備と訓練が必要である。


医療帰省

 傷病者を居住地近隣の医療機関に移送することを医療帰省(リパトリエーション)という。国外からの移送の場合、国際医療帰省という。医療帰省は、ヨーロッパでは広く提供されているサービスであるが、わが国では「緊急性に乏しい」「必ずしも、より高度の医療機関への移送ではない」などの理由から、いまだに認知度が低く、先に述べた新聞社のクレームも、むべなるかなというところがある。
 しかし医療に正否は「患者のそれまでの生活を取り巻いてきた個人的生活社会(過程、地域、職場など)」の支援の有無によるところがきわめて大きい。このため、がん治療のため広島の人が東京のがん専門病院に入院したり、外国へ心臓移植手術を受けにいくというのは、医療現場の目から見ると非常にデメリットが大きい。毎日家族の支援がある、家族の負担もあまり大きくない、仕事のことで悩みが生じれば相談できる職場の仲間がそばにいる、友人も近くにいる、窓から見えるのは住み慣れたわが町、という環境が大切なのである。
 医療機関の設備やスタッフの技能はもちろん療養成功の要因の一つだが、成否を握るもう一つの大きな要素は、目に見える、見えないにかかわらず「個人的生活社会」の支援を得ることができるかどうかである。患者が、家族、友人、知己に囲まれているのだと思えることが重要なのである。それがなければ、患者の気分は容易に荒廃する。気分の荒廃ほど治療の妨げになるものはない。その意味で、医療は基本的に、患者の生活圏で自己完結できるものでなければならない。そして、倒れた場所のいかんにかかわらず、傷病者の生活圏において医療を受けることのできる体制が必要である。
 このようなことから、救命救急センター業務に医療帰省はつきものであるが、わが国にはそのシステムが存在していない。病院が無償サービスしたり、患者家族が莫大な出費を負担したりしているのが現状である。われわれは、長距離ドライバーの事故などは、生命の危機が無くなれば、できるだけ傷病者の生活圏の医療機関へ紹介転院とするが、公共輸送機関を利用できる全身状態ではなく、病院のドクターカーで熊本まで転送したこともある。この場合、医師と運転手の1泊2日の人件費を含め、経費は病院の無償サービスである。
 長時間の搬送に耐えられない時は航空機での移送が必要であるが、わが国にはそのシステムもない。これまでどうしても必要と思われたときには、無理を承知で救急ヘリコプターをお願いした。関係者にはフレキシブルな対応をしていただいたが、消防・防災ヘリコプターの運用に関する全国統一基準が導入されれば、このような柔軟な人情味のある対応は期待できなくなるだろう。なぜなら、現在進められている作業のなかで、医療帰省の問題は重要視されていないからである。
 療養生活は、患者の生活圏において行うことがもっとも望ましい。したがって、傷病者の医療帰省は本来医療に包含されるものであり、公的サービスや保険などでカバーされるべきものである。

おわりに

 以上、われわれのヘリコプター搬送の経験に基づき、現状と問題点を述べた。消防・防災ヘリ運用の全国統一基準が、これらの問題点につきすこしでも前向きの解決を与えてくれることを期待するものである。


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