中絶胎児の研究利用問題をほうっておけなかった理由(2002年11月10日)

わたしは、大学の教員でもありますが、自分のアイデンティティのベースは医療の現場にいる臨床心理士、つまり臨床家だと思っているので、目の前にいるクライエントのことがすべてです。個々のクライエントの問題も社会の問題と無関係ではないはずなのに社会全体のことが見えていない、という批判は、少なくとも私に関してはあたっていると思います。わたしのような非力な臨床家は、目の前にいるクライエントのことを考えるだけで、精神的エネルギーのほとんどがなくなってしまうのです。

自分の非力を嘆くのはこのへんにしましょう。そんなわたしが、なぜ中絶胎児の研究利用問題をほうっておけないと思ったのかというと、それはこんなことがあったからです。

出生前診断を受けた女性がいます。Aさんとしましょう。Aさんには遺伝病の子どもが一人います。彼女はその遺伝病の保因者です。二人目を妊娠したAさんは、悩んだ末に出生前診断を受けました。望んだ結果ではありませんでした。Aさんは中絶を選択しました。Aさんの子どもはとても珍しい遺伝病でした。しかも神経がおかされる遺伝病でした。ある医師が、胎児の脳組織をいただいて研究させてもらえないものかと、Aさんに胎児組織の提供を依頼しました。Aさんは頭にメスを入れることで少しためらいがあったようですが、一日考えて承諾しました。それから2年経ちました。Aさんとは今でも時々メールのやりとりをしています。あるときAさんからメールが来ました。インターネット上である学会のプログラムを読んだら、自分が中絶した赤ん坊の組織をつかたっと思われる研究があったと。Aさんのメールには「これってうちの子のことですよね」と書いてありました。Aさんは、「うちの子」の組織がどこでどんな研究に使われているか知りたいと言いました。わたしは、すでに他の研究所に移動していた医師に連絡をとりました。医師は、すぐにAさんに連絡をとってくれ、今の研究のことを電話で詳しく話してくれたそうです。望まない妊娠での中絶ではありません。望んだ妊娠であるにもかかわらず、自分の意思で命を選別して産まない(Aさんは「殺した」と言っていました)選択をした子どもです。でも彼女にとっては「うちの子」なのです。

もうひとつのエピソードがあります。

やはり出生前診断を受けた女性がいます。Tさんとしましょう。Tさんは県外の病院から紹介されて来ました。県外の病院で羊水検査を受け、胎児に染色体異常が見つかったのです。そう多くないタイプの染色体異常でした。Tさん夫妻は、胎児に見つかった染色体異常がどのようなものか、詳しく知りたいということでした。Tさん夫妻は、不妊治療の末にやっと授かった赤ちゃんなのでできれば産みたいと言って帰りました。しかし、結局Tさんは産まない選択をし、県外の病院で中絶の処置を受けることになりました。21週になっていました。わたしは、Tさんが中絶のために入院することになった日に、その病院の主治医に電話をしました。Tさんがどんな様子かを聞きたかったのです。比較的落ち着いていると主治医は教えてくれました。そのあと私は主治医から「必要なら(胎児の)組織をとっておきましょうか」と聞かれました。羊水検査で胎児の染色体異常が見つかったとき、その結果に間違いがないかどうか、胎児の血液(組織?)などで確認するということが、時々行われていることは知っています。珍しい染色体異常の場合はなおさらなのかもしれません。わたしは「こちらの医師と相談して必要ならご連絡します」と答えるのが精一杯でした。おそらくTさんの主治医は、こちらが大学病院なのでもし研究に使いたいなら採っておきますと、気を利かせてくれたのでしょう。あのときこちらが必要だと言っていたら、Tさんの主治医はTさんになんと説明したのでしょうか。それとも説明はしなかったのでしょうか。今でも気になっています。

中絶胎児を使った画期的な研究が脚光を浴びているという話しを聞いたときに、私は二人のことを思い出しました。「研究の有用性」の陰に隠れてしまっていることがたくさんあるのに、と思いました。具体的にそれが何かということを説明しようと思っても、おそらく「それならきちんと同意を得た上で使えばいい」という常套句には太刀打ちできないような、拙い説明にしかならないだろうとも思いました。

そんなわけで、なんだかいてもたってもいられない気持ちになり、一緒に考えてくれる仲間が欲しくて、ほとんど発作的に「中絶胎児の研究利用問題研究会」を呼びかけてしまいました。