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「未受精卵」と「非受精卵」

 

「未受精卵」と「非受精卵」を区別しよう

 

総合科学技術会議生命倫理専門調査会での、昨年以来の主たる論点は、研究目的(生殖目的ではない)で@ヒト受精胚の作成を認めるか、そして、Aヒトクローン胚の作成を認めるか(いわゆるセラピューティック・クローニング)、であった。いずれの場合にも、胚ではなく卵子が必要になる。この場合、注意しなければならないのは、精子をまぜる(専門用語では「媒精」。一般には「精子をかける」などと言われることもある)、あるいは精子を注入する(顕微授精)など、受精させる操作をする前の「未受精卵」なのか、受精させる操作をしても受精に至らなかった「非受精卵」なのかという区別である。

 

平成16年 5月20日(15:30〜17:30)に中央合同庁舎4号館第4特別会議室で開催された総合科学技術会議第33回生命倫理専門調査会[]の席上で参考資料として配布された、「『ヒト精子・卵子・受精卵を取り扱う研究』研究題目、目的・方法、材料、研究期間、登録日」と題する資料[]を読んだ。日本産科婦人科学会から、再三の依頼に応じてようやく提出されたものである。学会としては、「未受精卵」「非受精卵」、どちらの(もしくは、両方の)卵子を研究材料として認めてきたのか。登録された研究の一覧を見る限り、もちろん「非受精卵」であることが明記されている研究もあったが、全体として両者の区別が明確になされているとは言いがたい[]資料であった。

 

卵子を手に入れるには

 

平成14年4月26日(13:30〜16:30、中央合同庁舎4号館第4特別会議室)の総合科学技術会議第16回生命倫理専門調査会で行われた有識者ヒアリングの際に不妊当事者の会であるフィンレージの会の鈴木良子氏が提出した資料によれば、卵子の入手には、次の4経路があるという(原文のまま、ただし疑問符のみ削除)。

@ボランティアの女性に、リスクも負担もある排卵誘発〜採卵行う

A体外受精を受ける女性に、新鮮卵をシェアしてもらう

B手術で摘出された卵巣から採取する

C中絶胎児の卵巣から採取する

 

日本産科婦人科学会から上記の「『ヒト精子・卵子・受精卵を取り扱う研究』研究題目、目的・方法、材料、研究期間、登録日」という資料が提出された33回生命倫理専門調査会(平成16年 5月20日)では、32回に引き続き最終報告素案の作成方針(案)も示された。これには次のようにある(原文通り)。

ア 研究目的のみを目的とした未受精卵の採取

○母体等への侵襲性等を考慮し、認められないものとする。( 議論の余地。)

イ 生殖補助医療目的の採取の際に併せて行う未受精卵の採取

○適切なインフォームド・コンセントを前提として、患者の治療に関連する目的の場

合に限り(生殖補助医療研究への影響及び現在の産科婦人科学会の会告との整合性

を検討する必要。)、認める。( 議論の余地。)

ウ 凍結未受精卵の利用

○今後の凍結技術の進展等を踏まえ、改めて議論。

エ 手術等により摘出された卵巣や卵巣切片からの採取

オ 非受精卵の取得(転用)

 

両者を突き合わせてみると、次のようになる。中絶胎児からの採取と、凍結未受精卵の利用に関しては、いずれか一方のみしか指摘していないが、それ以外は共通である。

16回生命倫理専門調査会、鈴木良子氏資料

33回生命倫理専門調査会、最終報告素案の作成方針(案)

@ボランティアの女性に、リスクも負担もある排卵誘発〜採卵行う

ア 研究目的のみを目的とした未受精卵の採取 ○母体等への侵襲性等を考慮し、認められないものとする。( 議論の余地。)

A体外受精を受ける女性に新鮮卵をシェアしてもらう

イ 生殖補助医療目的の採取の際に併せて行う未受精卵の採取 ○適切なインフォームド・コンセントを前提として、患者の治療に関連する目的の場合に限り(生殖補助医療研究への影響及び現在の産科婦人科学会の会告との整合性を検討する必要。)、認める。( 議論の余地。)

 

オ 非受精卵の取得(転用)

 

ウ 凍結未受精卵の利用 ○今後の凍結技術の進展等を踏まえ、改めて議論。

B手術で摘出された卵巣から採取する

エ 手術等により摘出された卵巣や卵巣切片からの採取

C中絶胎児の卵巣から採取する

 

(表中の下線筆者)

 

「非受精卵」という用語はいつ登場したか

 

32回および33回生命倫理専門調査会で示された最終報告素案の作成方針案(以下「33回調査会案」とする)では、「未受精卵」と「非受精卵」という2つの用語が使用されている。「非受精卵」というのは、(事務局側が準備したものという意味で)公式には、32回生命倫理専門調査会で配布された資料の中に、はじめて登場したものであるが、実は、パブリックコメント後再開された調査会の29回目(平成16年3月15日)の久保晴海東邦大学教授の説明資料のなかにある用語である[]「非受精卵」が何を意味するのかは、32回生命倫理専門調査会での事務局からの説明によれば、「卵子をとって、媒精して、しかしそのときに受精しなかったものである。

 

一方、鈴木良子氏資料(以下、「鈴木氏資料」とする)では、「A体外受精を受ける女性に新鮮卵をシェアしてもらう」と表現されている。「未受精卵」と「非受精卵」のいずれを意味するのかは明示されていないが、「新鮮卵」という用語が使われていることからすれば、おそらく「未受精卵」すなわち、精子をまぜる、あるいは顕微授精によって精子を注入する前の未受精の状態の卵子という意味であろう。

 

さて、ここで考えなければならないのは、「未受精卵」を提供してもらうということはどういうことかという点である。これは鈴木氏資料の中にある「シェア」という言葉が最も適切であると思われる。「非受精卵」の場合は、受精にいたらなかったということで廃棄されるのかもしれないが、「未受精卵」は受精を待っている状態の貴重な卵子である。これを一部分けてもらう(シェア)というわけである。しかし、無作為に「未受精卵」の一部を提供すれば、受精に至る数は当然少なくなる。一定の確率でしか良好胚と言えるものが得られない以上、胚移植できる胚はさらに少なくなる。

 

貴重な卵子を「シェア」する

 

「シェア」という言葉で思い出したことがある。厚生科学審議会生殖補助医療部会(2001716日〜2003410日)で、挙児希望の不妊カップルが第三者から卵子の提供を受けることの是非が議論されていたとき、部会の中で繰り返し話題になっていたのは、第三者に提供できるような卵子すなわち「未受精卵」がいかに存在しえないかということである。結果として第三者からの胚の提供を認めざるを得ないというのが、同部会の出した結論である[]

 

そして、第三者に提供できるような卵子すなわち「未受精卵」がいかに存在しえないかという文脈の中で登場したのが、「卵子シェアリング」という概念である。それは不妊治療を受けているカップルが、体外受精のために採卵してたくさんの卵が採れたときに、その一部(未受精卵)を譲り、別な不妊カップルに利用してもらうというものである。同じように不妊に悩むカップルであれば、いくら貴重な「未受精卵」であっても「シェア」して利用させてもらえるのではないか、同じように不妊に悩むカップルの善意に期待しようではないか。・・・平たく言うと、そういうことである。

 

体外受精のために得た「未受精卵」は、それほどまでに貴重なものである。凍結保存しておいた胚が「余剰」になり「滅失」の運命をたどる場合があることが珍しくないのとは、状況は決定的に異なる。(「非受精卵」ではなく)「未受精卵」とくに成熟した形態良好な「未受精卵」は通常「余剰」にもならないし、「未受精卵」のまま「滅失」の運命をたどることもないと考えられる。そのような「未受精卵」を研究のために「シェア」してもらえるのだろうか。同じ「未受精卵」、しかも(繰り返しになるが)きわめて貴重な「未受精卵」であり、さらにそれを、貴重であることを承知の上で挙児のための「シェア」してほしいと切実に願っている不妊カップルが一方にいる。

 

そのような状況のなかで、「未受精卵」を研究のために「シェア」する道をつくれるのだろうか。それとも、「未受精卵」を他の不妊カップルのために提供するか、研究のために提供するか、カップルの自己決定にまかせればいいのだろうか。

 

学会の責任、国の責任

 

日本産婦人科学会が明らかにしなければならない問題がある。それは、卵子を使った研究とは、果たして「未受精卵」「非受精卵」のどちらを使った研究なのか、それらはどのようにして入手するものなのか、等々の状況をつまびらかにするということである。加えて、学会はいかなる倫理的立場でそれら両方(あるいはいずれか)の研究利用を認めているのか、説明責任を果たすべきであろう。

 

総合科学技術会議生命倫理専門調査会が検討しなければならない問題がある。産婦人科学会の自主規制に任されている生殖補助医療研究の領域で、「未受精卵」「非受精卵」、どちら(あるいは両方)が使われているとしても、その実態は倫理的に許容され得るのかを国の責任において検証することである。そして今後、「未受精卵」「非受精卵」、どちらの(あるいは両方の)研究利用を認めるのか、認めるとすればいかなる目的の研究のために認めるのか、とくに、「未受精卵」を研究のために「シェア」する道をつくれるのか、つくっていいものなのか・・・。国としての当面の(したがって、禁止やモラトリアムという選択も含めた)方針に結論を出すとともに、「未受精卵」「非受精卵」そして胚や精子を用いる研究をこれまでどおり学会の自主規制[]のみに任せておくのかについても方向性を示さなければならない。

 

問題はほかにもある

 

なお、「未受精卵」は、体外受精の過程でとり出されるものだけではない。研究利用のためにわざわざとり出す(鈴木氏資料の@、33回調査会案のア)こともできるし、手術等で摘出した卵巣や卵巣切片からとり出す(鈴木氏資料のB、33回調査会案のエ)ことも可能である。研究利用のためにわざわざ卵子をとり出すことに関しては、32回調査会では「母体等への侵襲性等を考慮し、認められないものとする」、すなわち禁止だったものが33回調査会では「議論の余地」と書き加えられている。もちろん「議論の余地」なく禁止という意味ではなく(冗談を言っている場合ではない!?)、認める余地があるという意味である。

 

また、ここで深く立ち入ることはできないが、手術等で摘出した卵巣や卵巣切片から取り出した卵子は成熟卵として、そして形態良好卵として、すぐに研究に使えるのか、あるいは、成熟卵や形態良好卵でなくても当面の研究利用には十分なのか・・・。卵巣や卵巣切片から取り出した未成熟卵を成熟させる技術があるのであれば、その技術は生殖補助医療そのものにまず使われるべきではないか・・・。疑問はいくつもある。

 

「はじめにタマゴありき」ではなく「はじめにオンナありき」

 

冒頭でも述べたが、総合科学技術会議生命倫理専門調査会での主たる論点は、生殖目的はなく研究目的でのヒト受精胚作成の是非と、研究目的でヒトクローン胚を作り出すこと(いわゆるセラピューティック・クローニング)の是非である。いずれの場合も、ヒトの卵子が必要になる。にもかかわらず、ヒトの卵子はあたかもそこに存在しているかのように、その入手方法についてはなぜかほとんど議論にはならなかった。「はじめにタマゴありき」とでも思っているかのような雰囲気さえあった。遅ればせながら今、パブリックコメント後再開された生命倫理専門調査会では、そのことが話題になっている。

 

遅きに失したという批判は免れないかもしれないが、議論しないで、ヒトの卵子があたかもそこに存在しているかのように扱われるよりはまだマシである。「はじめにタマゴありき」ではなく、「はじめにオンナありき」なのだ。どんな方法でタマゴを体外にとり出すにしても、オンナが血と涙を流すことと引き換えにしかタマゴは手に入らない。32回生命倫理専門調査会において、事務局からの、女性の立場に立った更なる記述が必要という趣旨の発言に対し、薬師寺泰蔵会長は、女性の立場については強調しすぎることはないとの趣旨の発言で、真摯にこれを受け止めたと聞いている。今からでもいいから、きちんと議論して欲しい。拙速は、将来に禍根を残すことになる。

 

2004520

 

【脚注】



[] http://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/life/haihu33/haihu-si33.html

[] http://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/life/haihu33/sankosiryo2-2.pdf

[] 「『ヒト精子・卵子・受精卵を取り扱う研究』研究題目、目的・方法、材料、研究期間、登録日」のなかには、「非受精卵」であることがわかるような記述も見られるし、「未受精卵」とはなっているが「雌雄両前核並びに第2 極体の放出が求められない卵を未受精卵と判定する。未受精卵は患者の同意を得た上で以下の実験に使用する」(65番)や、「未受精(受精不能)卵子」(22番)など、実質的には「非受精卵」を意味しているものもあるが、こうした記述は卵を用いる研究のすべてに見られるものではない。

[] 久保晴海教授の説明資料には「ART の目的で採卵された成熟卵子は形態的異常卵以外は通常媒精によって受精卵とする。したがって余剰卵とは現況では形態的異常卵か、媒精によっても受精にいたらなかった非受精卵(unfertilized eggs)のことである。正常形態成熟卵子を余剰卵として取り扱うことは、その目的に反する行為であると考えられる」とある。

[] 精子だけでもカップル自身のものを利用したいという希望にこたえるため、第三者からの卵子の提供が検討された際も、姉妹からの提供を認めない限り卵子の提供者はいないだろうということで、生殖補助医療部会の前進とも言える厚生科学審議会先端医療技術評価部会生殖補助医療技術に関する専門委員会では、姉妹を排除しないという結論にもなった。この結論は、生殖補助医療部会では覆されたものの、それは卵子の提供者が多数現れるだろうという予測のもとにではなく、おもに出自を知る権利との関係においてである。

[] 「『ヒト精子・卵子・受精卵を取り扱う研究』研究題目、目的・方法、材料、研究期間、登録日」を見る限り、記述内容に差がありすぎ、統一した基準で審査しているとは思えない。少なくとも、次の3点を指摘することができる。

@記載内容がきわめて簡略

 6番の研究は、研究に用いる材料は「受精卵」と明記されているが、研究題目は「受精卵の形態変化観察(予定)」、研究目的及び方法は「受精卵の形態変化観察(予定)」としか記載されていない。しかも「予定」という奇怪な二文字もある。7番は「重症精子無力症精子の電顕による検討、原因解明、電顕」、53番は「ヒトの受精・着床に関する基礎的研究、ヒトの生殖機構を明らかにする」と、きわめて簡略な記載にとどまっている。文字数の少なさで競えば(!?)、69番「不妊症の診断・治療、受精卵に関する基礎的研究」も、なかなかのものである。

A研究期間の記載なし

 6番の研究期間は「未定」のままである。14番、34番、38番は研究期間についての記載そのものがない。68番のように「授精後10日間以内」という、(おそらく)胚の観察期間と研究期間とを混同した記載も見られる。

Bひとつの申請書に複数の研究内容

 ひとつの申請書に複数の研究内容が記載されている場合があり(1ページ目だけでも、1番、3番、7番、10番、13番)、この登録申請が施設ごとなのか、あるいは研究ごとなのか、明確ではない。ひとつの申請書に複数の研究を記載している場合、内容は簡略なものにならざるを得ない。

 以上、審査における統一した基準を云々する前に、仮にも審査と名のつくものが行われているのだとしたら、たとえば研究期間に関して言えば、期間の記載がなければ記載を、観察期間と混同した記載であれば修正を、それぞれ求められてしかるべきである。記載の量および質ともにあまりにバラツキが大きく、加筆・修正等を求めたとも考えられない(加筆・修正等を求めた上で正式な「登録」として認めているなら、これほどまでに記述の精粗にバラツキがあるはずはない)ことから、そもそも審査と呼べるものは行われておらず、申請書類を単に受け取っているに過ぎない実態が推察される。

 日本産婦人科学会の自主規制である、「ヒト精子・卵子・受精卵を取り扱う研究」に関する審査・登録制度が破綻しているのは、この資料を見る限り明らかである。しかし、個々の会員(多くは産婦人科医)の倫理観が欠如しているのかと言えば、決してそうではないだろう。会員からすれば、A4で1枚だけの書式があるだけで、何をどこまで書けばいいのか、どの程度詳しく書けばいいのか、どんな観点で書けばいいのか、わからなくても無理はない。実際に現場で真摯に研究をしている会員に対して、学会として十分な指導をしなければならないはずなのに、それをしていないということではないだろうか。学会という組織の倫理観と会員に対する指導力が問われているように思う。

 

●「未受精卵」にもいろいろあるので、さらに「成熟・形態良好(正常)卵」「未成熟卵」「形態不良(異常)卵」にわけて整理してみました→こちら

●ついでに、素朴な疑問いろいろ→こちら

●混迷をきわめる生命倫理専門調査会に意見FAXをおくる呼びかけ→